幕間 先代剣聖は考える

 ……カルトフェルン王国の王族はおかしい。これは、私の経験から導き出した答えだ。

 国王は必ず12人以上の子を成し、その妻は必ず一芸に秀でた人物で、種族すら問わない。王族がより良い血を残そうとするのは当然だが、彼らのそれは異常だとしか言えない。

 たった一人、国王となる者以外は捨て駒でしかなく、生き残った王族は王位継承権を剥奪される。そして、国王の直系だけが王位継承権を得ることが許され、また同じように争うのだ。


 この異常性には、娘のスカーレットを授かったときに気付いた。

 なんせ次の日には、次期国王の妻として迎え入れたいと、頭がおかしい使者を送ってきたのだから。

 このことから分かる通りに、私はカルトフェルンの王族が嫌いだ。

 それはセス殿下に救われた後も変わらず、むしろあの方への待遇を考えれば、より深まったと言えよう。

 だからこそ、とある一件で陛下へのお目通りが叶った際に聞いてしまった。


「カルトフェルンの王族は、一体どこを目指しているのですか? この国で王族が最強になろうとしているのであれば、すでに十二分な成果を出しているように思われます」


 上が強いからこそ、下を従えられる。その考えで行っているのだとすれば、最早必要があるようには思えなかった。

 私の問いに、陛下は静かに上を指差す。

 眉根を寄せると、真剣な声色で言った。


「――神へ至る」


 なるほど、と納得する。他国でもそういった考えの王族はおり、何度か会ったこともある。不老不死、世界最強、全知全能。自らが神へ成ろうとする者たちだ。

 顔に出してはいないつもりだったが、どこかに残っていたのだろう。陛下は薄く笑いながら言った。


「冗談では無い。我々カルトフェルンの一族は、ここへ国を築いたときから、神へ勝利しようとしている」

「……勝利? 神に成ろうとしているわけではなく、神殺しが目的だと?」

「残念ながら、あれ・・は殺せるようなものではないらしい。同等の場所へ至り、勝利することすら人の限界を超えている。普通ならば成し得ぬ所業だ」


 相手は神なのだから、と陛下は自嘲気味に笑う。

 私は、ただ困惑を隠せなかった。

 叶わぬ願いだが叶えねばならぬと、陛下は言っているように思われる。しかし、なぜ叶えねばならないのか? それが分からない。

 そんな思いが隠せなかったのか、ポツリと口から零れ出してしまった。


「なぜ?」


 陛下は、乾いた笑いを上げた。


「暇つぶし、らしい。神たちの暇つぶしから抜けるために、神へ勝利せねばならない。笑える話だと思わないか? ハハッ、ハハハハハハハッ」


 笑い続ける陛下を呆然と見ていると、ダンッと強く机が叩かれる。先ほどまで笑っていた顔は、とても歪んでいた。

 しかし、首を一度横に振ると、陛下は冷静さを取り戻し、椅子へ体を預けた。


「当事者のときは気付かず、ただ王位を目指し勝利し続けたが……あれは間違いだった。我が子が可愛くない親はいない。次の世代を全員生き残らせ、誰かを至らせて勝利する。それこそが、私の願いだ」

「……」

「下がれ。セスのことに関しては力を貸すことはできない。父として、全員に平等であらねばならん。……しかし、都合よく事が進む可能性もある。諦めず行動することだ」


 裏で手を回してやる、と言わんばかりの言葉を聞け、一礼して部屋を後にする。

 だが、帰り道に少し冷静に考えれば、やはり王族の異常性を再認識したように思えた。


 なぜなら、この世界に神と呼ばれる偶像はあろうとも、本物の神を見た者もいなければ、神に勝利した者もいない。

 神などというものは、存在しないのだから。



 ……当時はそう思っていた。

 しかし、今は少し違う。

 私が唯一心より敬愛している王族の青年は、信じられない速さで腕を上げていた。


 引き篭もり、部屋で自主鍛錬を続けていただけのセス殿下が、多少動けなくなる程度の筋肉痛だけで、日々の鍛錬を乗り越えられている。

 確かに手加減はしていたが、二、三日は動けないかもしれないと思ったことは数えきれないほどにあった。

 幼少期より剣だけに邁進していれば、ティグリス殿下に並ぶ強さを手に入れたのではないか? そんな期待を持ってしまうのは、贔屓目で見ているからかもしれない。


 もし、血で能力が決まるのであれば、セス殿下はカルトフェルン王族内で最弱だろう。なんせ、陛下が戯れで手を出したメイドの子だ。王族の血は半分しか流れていない。

 仮にその考えが正しいのであれば、王族とは最低でもこれほどの潜在能力を秘めているということになる。セス殿下が一番下で、他はこれ以上ということだ。


「どうした?」


 難しい顔をしてしまっていたのか、心配そうにセス殿下が覗き込んでくる。

 そもそも、セス殿下は王位に就こうとしていない。他の王族に害されることなく、自分が生き延びることが主な目的だ。


 で、あれば、戦力差については正しく認識しておくべきだろうと、正直に打ち明けることにした。

 それに対し、セス殿下は吹き出した。


「なにを悩んでいるのかと思えば……。あのなぁ、他の王族たちは十歳まで厳しい鍛錬や教育を受け、十歳からは学園でエリートたちと切磋琢磨する。俺みたいな引き篭もりより弱いやつなんて、現れるはずがないだろ」


 自分はそういったものを避けて生きてきた、学園にも通っておらず同世代の人脈なども持っていない。将来的に、最も弱い立場になることは決まっている、と。セス殿下は気に舌様子も見せずに笑っていた。


 ……本当にそうなのだろうか? 本格的に動き出したのが十五歳からだったとはいえ、その差は決

して埋めることはできないものなのか?

 口に出さず自問自答していると、セス殿下が剣を構えた。


「他から無視されたまま、呪いだけどうにかして、ここで静かに生きていければいいんだって。後はできれば、ティグリス殿下が王位に就くといいなぁ。あの人なら、本気で頼んだら放っておいてくれそうじゃないか?」


 確かに、もしかしたらそうなるかもしれない。第一から第三の王族は名も知れており、その誰かが王位に就くだろうというのは、専らの評判だ。

 今のところ、セス殿下の望みは叶う可能性が高い。……そうは思っているのだが、老婆心だろうか。一抹の不安を拭えぬまま、自分にできることをするのだった。

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