2-5 油断
――その日の夜、オリアス砦では宴が行われた。
大量にある水蛇の肉を腐らせるくらいならば、という意味合いもある。
水蛇の骨や鱗は大量に手に入っており、六割をエルフ、四割をこちらがもらい受ける運びとなった。
特に人気のあった部位である、眼、牙、舌などについては、ドワーフに依頼を出して加工してもらいたいということで、一旦保留になった。……金が無いからね。
そして、皆が盛り上がっているのを見ながら、俺たちは和気藹々と話し合いを行っていた。
「これ、うまいな!」
「せやろ? 昔食ったことあるんやけど、結構いけんねん!」
うまいものを食っていれば話も早いというもので、着々と話は進んでいった。
具体的には、エルフたちにはこの辺りの調査を行ってもらう。水蛇の一件があるため、これを理由に人手を割いていることにして、視察を誤魔化す予定だ。
後は、俺があまり手柄などに興味が無いという話もエルフに信じてもらえ、それならば自分たちのことを報告することもなく、王位を狙う戦力にしないということも分かってもらえた。
「……ちくしょう、オレも戦いたかったのによぉ」
「次の機会には、自分が砦に残りますよ」
今回、出番が無かったジェイはへこんでおり、シヤが慰めている。あいつは話し合いへ参加しに来たはずなのに、ただ端で飲んだくれているダメ男になっていた。後で、お前が砦を守ってくれたお陰だ、と労っておこう。
だがこれで、第三王子の視察にも対応できそうだ。ホッとしていたのだが、長の一人が言った。
「残る大きな問題は、あの水蛇は誰が仕向けたものか、ってとこやな」
「……なにか証拠が?」
確かにその可能性は残っていたが、ここで話を出して来た以上は、なにか確信があるのだろう。
全員が見る中、長は静かに頷いた。
「――勘や」
自信満々に言われ、全員が唖然とする。
あぁ、そうか。ここで言うしかない。俺はやろうと思っていたことを思い出し、高らかに叫んだ。
「なんでやねーん!」
俺はノルマを果たした充足感で満たされ、室内も笑いに包まれる。
調査の結果が出るまではなんとも言えないが、そこはエルフたちの働きに期待しよう。
とりあえずは、これにて一件落着。……じゃない。視察に備えようと、僅かな落ち着きに感謝した。
それからの数日間、この砦に来てから一番穏やかな日々が続いていた。
司令室を訪れる者は作業の報告や確認を行うだけで、たまに見に行くこともあったが、ほとんどやることはない。強いていうなら、エルペルトの剣術修行と、お茶を飲むことが仕事だった。
「……平和だな」
「はい、セス殿下」
後は金と視察だけなんとかなれば、本当にこの砦で平穏な人生を送れるかもしれない。いや、送ってみせる!
決意を新たにしていると、扉がノックされた。
「セス司令とエルペルト様に会わせろと、妙な少女が来ております。しかし、身元が分からないものでして……」
「そうか、分かった。直接会って話を聞くとしよう。エルペルトは……少し外すと言っていたな。じゃあ、俺だけで行こう」
「はっ」
門まで赴き、話を聞くだけだ。砦から出るわけではないので、書置きを残して兵と向かうことにした。
欠伸混じりに外の景色を見ながら歩く。曇天で、雨が降らなければいいのにと思った。
門へ向かうためには、一度外へ出なければならない。兵たちと談笑しながら歩いていたのだが、突然豪雨が降り注いだ。
バケツの水を引っ繰り返したよう、とはよく言ったもので、体が痛いほどである。
「こりゃダメだ。一度戻ろう!」
門まで走ることも考えたが、戻るほうが近い。そう思っての提案だったのだが、返事は一行に返って来なかった。……というより、周囲が良く見えない。
探すのも厳しいため、仕方なく一人で引き返すことにしたのだが、なにかに躓いて派手に転んだ。
「いてて……。そこにいたのか。一度、砦に戻ろう」
「――セス=カルトフェルン」
先ほどまで一緒にいた兵だと思っていたのだが違う。そのあまりにも冷たい声に、体が大きく震えた。
歯をガチガチと鳴らしながら、声の主に応える。
「い、いえ、人違いです。ではこれで」
この雨では姿を確認するのは難しいはずだ。
立ち上がり逃げ出そうとしたのだが、なにかが煌めいた。理解するよりも先に体が動き、僅かに下がる。
右頬が熱い。斬られたのだと気付く。エルペルトの剣術訓練に付き合っていなければ、今の一撃で死んでいた。
勝てる相手ではないと分かっていたが、剣を抜いて構え、届くと信じて叫んだ。
「エルペルト=アルマーニ! 敵だ!」
「……愚かな。この豪雨では声など届きはしない」
「っ!?」
エルペルトほどの速度は無いが、俺には十分速くて重い剣を、豪雨の中で防ぐ。
だがそんなことはすぐ限界となり、三度も防げば、ぬかるみに足を取られて尻もちを着いてしまう。
相手が隙を逃すはずもない。男は前に立ち、剣を振りかぶり……空いた手で妙な指の動きを見せる。続いて、男は決定的な一言を、その名を口にした。
「――
ホライアス王国の奉る神の名で、この刺客がどこから訪れたかを理解する。
……しかし、知ってどうなるというのか。死人に口なしとはこのことだろう。
男は今度こそ躊躇わず、剣を振り下ろした。
「――あぁもう、なんだってのよ!」
ガギンッ、と鈍い音。愚痴りながら現れた何者かは攻撃を弾き飛ばし、俺の前に立つ。
謎の存在は、雨でぐしゃぐしゃになった黄色混じりの赤い髪を、雑に後ろへ流した。
「で、あたしを呼んだのはあんた?」
「えっ」
呼んではいないよな? と思いつつ立ち上がる。
「危ない!」
「ふげっ!?」
だがすぐに蹴り飛ばされ、顔から泥にダイブした。
顔を上げると、雨の中で二つの影が斬り合っている。剣は煌めき、雨を斬り裂いてぶつかり合い、弾けて輝く。
しかし、それも長くは続かなかった。
刺客が距離を取り、動きを止めたのだ。
「……時間切れ、か」
「そっちの事情は知らないけど、逃がすと思ってんの?」
「
言い切った直後、なにかが雨を裂きながら向かって来る。だが、速過ぎて避けられない。できたことは、ほんの僅かに体を動かすことくらいだ。
ダンッと強い音が聞こえ、金属音が響く。見知った背中が俺の前に立っている。投擲されたナイフを弾き落としてくれたようだ。
黒い物が前を通り過ぎて駆け抜け、それを目で追っていると声が聞こえた。
「そこね!」
豪雨の中、また斬り合いが始まる。
「違う! 待て! やめるんだ!」
慌てて止めようとしたが、二人は斬り合いながら移動しており、声も届かない。
それが収まったのは数分後。謎の豪雨が晴れたときだった。
「やるじゃない! ……って、あれ?」
「ようやく気付きましたか、この大馬鹿者」
「あ、あはは」
エルペルトに窘められた少女は、剣を納めて苦笑いを浮かべる。
少女は頭の後ろに両手を回しながら俺に近づき、太陽のような笑顔で言った。
「あたしの名前はスカーレット=アルマーニ! 呼んだのは、あなたで間違ってないかしら?」
あぁ、そういうことか、とようやく理解する。アルマーニと叫んだ部分に反応し、彼女は助けに来てくれたのだ。
まず礼を言うべきだと、彼女に頭を下げる。
「ありが――」
「いたぞ! 確保おおおおおおおおおお!」
「むぎゃあああああああああああああ!?」
兵たちは盾で彼女を囲み、そのまま地面に押し倒す。想像だが、強引に門を抜けて砦内へ入り込んだに違いない。
オロオロしながら兵たち止めていると、エルペルトは小さく頷きながら言った。
「ご紹介いたします、セス殿下。我が娘のスカーレット=アルマーニです」
「いや、その前に助けてやろうよ!?」
「いや、その前に助けてよ!?」
初対面ながら、俺と彼女の意見は完全に一致していた。
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