2-4 水蛇討伐作戦
エルフたちが斥候へ出向き、砦からの増援が合流するまでの間、俺たちは作戦会議を行っていた。
「セスはんは、水蛇についてどれくらい知ってるんや?」
「そうですね。文献で見たことしか知りませんが……頭に鶏のような青いトサカがあり、全長は2~3m。分厚い鱗とぬめりの多い体で刃を滑らせる。水属性であるため、土属性の魔法に弱い、ということくらいです」
「概ね知ってるやん!」
「そうですかね。えへへ」
自分でも分かっているのだが、あまり褒められない人生を送って来たせいで、褒められると簡単に嬉しくなってしまう。つけ入られないように気を付けねばならない。
しかし、本を読んでいる時間が多かったので、子供時代は絵のついているものを好んだ結果なのだが、それが役に立つことは、俺の人生が無駄では無かったことの証明に感じられ、素直に嬉しい。
「まぁこっちはエルフや。ほぼ全員が四属性の初級魔法くらいなら使える。中級は半数。上級は10人おらんくらいやな」
「10人もいれば十分ですよ」
初級魔法は一体。
中級魔法は五体。
上級魔法は十体。
その上に位置する魔法もあるが、世界で数人しか使えない最上位魔法なので、主にこの三区分となっている。
現在、上級魔法を使えるエルフは10人。戦争であれば、初動で100人を殺せるということだ。
戦力を理解し、なるべく安全確実にと、自分の考えた策を述べることにした。
「では、作戦を――」
大した策では無い。少し考えれば、誰かは思いつくようなものだ。
しかし、だからこそだろう。特に反対する者はおらず、いくつかの点を修正はしたが、俺の作戦は可決された。
集落の畑地帯。その中央に、水蛇の好物である食料品を置き、後は現れるのを待っていた。
畑の上で戦うのは気が進まないが、ここを通った形跡がある以上、もっとも誘き出しやすい場所で備えるのは当然のことだろう。
オリアス砦から兵50を引き連れて現れたシヤは、頼んでおいたことの報告を始める。
「セス司令に申し付けられた通りに調べましたが、この辺りで水蛇の発見報告はありません」
「この十年以上の間、まともに調査は行っていない。水蛇以外にも魔物が増えているのか、もしくは誰かが意図的に放ったのか……」
前者の場合、頭が痛い。後者の場合、頭が痛い。
どちらにしろ頭が痛い結果でしかなく落ち込んでいると、妙な音が聞こえ始めた。
「来ましたな」
エルペルトの言葉に頷く。土砂崩れにも似た音に思えるのは、木々や柵などを崩しながら進んでいるからだろう。
僅かに身を乗り出し、水蛇の姿を確認する。……大きな縄が動いているようなものを想像していたが、とんでもない。巨大な水蛇は、低く分厚い壁がうねりながら向かって来ているような、そんな恐ろしいものに見えた。
身を戻し、両手で口を押さえる。心臓がバクバクと音を立て、今すぐにでも叫び出しいのを耐えるのに必死だった。
水蛇は食料の前で止まるかと思われたが、食料を取り囲むようにグルグルと回り出す。そして食料を守るようにとぐろを巻いた後、ようやく動きを止めた。
今だ、と誰もが思ったであろう瞬間、作戦通りにリックが叫んだ。
「今や!」
隠れていたエルフたちが姿を現し、五人が上級魔法を放つ。
土をボコボコと隆起させながら水蛇へ向かい……接触する直前で消える。
異変に気付いた水蛇が顔を上げるのと同時に、突如として現れた巨大な穴に水蛇の体が落下した。
「かかれ!」
シヤの合図で兵たちも穴へ向かって行く。
人を殺せる程度の威力しか無い穴だ。数mほどの深さしかない。
しかし、それを五人で行うことによって、穴の広さは大きくなっている。人間五十人を落として殺せる広さと深さだ。
戦闘は上が有利で、下が不利。そんな基本通りの戦況を作るために、俺は上級魔法を使用する作戦を立てた。
穴の縁からはエルフたちが土の初級魔法を降り注がせて頭を叩き、シヤたちは木々と火矢を打ち込む。
穴の中は恐らく地獄の窯さながらの光景だろう。見えないから予想だけど、たぶんそのはずだ。
最初から最大の火力で勝負を着ける。
俺たちの考えは間違っていなかったらしく、余剰とも思える火力での圧殺は成功しそうだった。
「勝った……?」
「いいえ、セス殿下。まだ戦闘中です。その言葉を紡いでも良いのは、勝利した
軽口を叩いたことをエルペルトに窘められる。まだ戦闘中だ、気を抜くなと、その目は強く告げていた。
自分の胸を強く叩き、迂闊なことを口にしたと反省する。
俺には実力も無く、経験も無い。だからこそ、常に先を想像しなければならない。勝利の妄想をするなど、何が起きても対応できる歴戦の強者がすることだ。
気を入れ直し、必死に考える。
「周囲の警戒も忘れないでくれ。仲間がいたら厄介だ」
「はっ」
「口元には気を付けろ。水を放ってくるぞ」
「はっ」
思いつく限りのことを口にしながら、ひたすらに頭を回す。
考えろ、考えろ。
目を見開き、脳を焼き付かせ、記載されていた内容を何度も思い出せ。
薄っすらと姿が見えている水蛇は、とぐろを巻いていない。こう、うねうねと波打っており、串を刺して焼く前のような……ふと、水蛇ではなく蛇の記述について思い出す。
確か、蛇があぁいった体勢をとるときは――。
「エルペルト、走れ! あいつは
普通に考えれば、こいつなに言っているんだ? 蛇が飛ぶわけないだろ。と思われてもおかしくない言動だ。
しかし、エルペルトは笑うようなことも無く、真っ直ぐに走り出した。その信頼に胸が熱くなる。
視線を穴へと戻す。何事も起きなければ、俺が笑われるだけで終わる。それならそれでいい。……だが、そうはならなかった。
なにかが破裂したような音が聞こえ、砂埃が巻き起こる。思わず目を覆いかけたが、どうにか上を見た。
巨大な影だ。砂埃の上に、水蛇の頭が見えている。飛び上がった勢いで、穴の中にあった火も消えてしまっていた。
しかし、なにかが妙だ。影は真っ直ぐに伸びている。……そうか、地面に尾を突き刺しているのか、と気付いた。飛んだのではなく、体を伸ばしたのだ、と。
地上に上がるのか、逃げるための行動だと思っていたが、なにかが違う。
水蛇は尾を地面へ突き刺し、柱のような状態のまま、カパッと口を開いた。
使わせずに終わらせる予定だったのだが、残念ながら失敗だ。放たれた水が、線のように伸びていく。
「
リックの声で、上級魔法の使い手である五人のエルフが、仲間たちの前に巨大な土壁を出現させる。水蛇は尻尾を軸にぐるりと一回転し、周囲を薙ぎ払おうとした。
もっと深く、広い穴に落とすべきではとも話し合ったが、備えておいて良かったとしか言えない。そんなことをしていれば、俺たちは全滅していた。
水蛇は口を閉じ、体を震わせる。二発目の準備を始めているようだ。
しかし、それは間に合わないだろう。なんせ、俺たちの最強戦力は、すでに水蛇の元へ辿り着いている。
作戦は第二段階へ移行された。エルペルトを主軸に戦い、他が援護へ回るというものだ。
「いけえええええええええええええええ!」
自分をか、仲間をか。もしくは、その両方を鼓舞したいと思ったのかもしれない。
頑張れ、という想いを籠めて叫んだのだが……水蛇の体は、ボトリボトリといくつかの大きな塊になって落下していった。
「……ほわぁん?」
なにが起きたのか分からず、変な声を出す。穴の周囲も騒ぎとなっており、トボトボ向かうと、こちらに気付いたエルペルトが深く頭を下げた。
「皆さまが隙を作ってくださったこともあり、楽に討ち取ることに成功いたしました。さすがにあれだけ体が伸びきっていれば、斬ることも容易いというものです。しかし、これも全てセス殿下の作戦あってのことでしょう。さすがはセス殿下です」
前半は分かるのだが、後半はどうなんだろう。俺を褒める必要はあったのだろうか? 正直、エルペルトの力が五割で、残り四割はエルフ、一割がシヤたちだと思っている。
しかし、エルペルトが俺を立てようとしていることは分かっており、笑顔で答えた。
「俺は大したことをしていない。全て、ここにいる皆の力が合わさってこその結果だ! 勝鬨を上げろぉ!」
「「「「「おおおおおおおおおおお!」」」」」
釈然とはしないが、これも俺の仕事なのだろうと理解する日になった。
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