第45話 モニタールーム
典子さんはボンという鈍い音を上げて粉々に飛び散った。黒煙が舞い熱風がひりひりと肌を焦がす。
「きゃああっ!」
とっさに俺は西野先輩の頭を抱きしめ、爆破から庇った。「大丈夫、あれは典子さんに似せたアンドロイドだ」
埃の舞う壁には僅かな隙間が出来ていた。だが破砕した壁を容易に修復出来るのもスリーディー変装の利点である。穴は生き物のように少しずつ塞がれていく。
《くそっ……ババアのほうはダミーだったか。だが孫娘はどうだ? 佐竹》
何かが、修復する寸前の穴をすり抜けるようにホールへ飛び込んでくる。それはゴムボールのように真っ直ぐに高橋に向かい飛び跳ねた。
顔面に直線的に向けた彼女の右足が刺さるように抉り込んだまま、宙に静止して見えた。
「あのキックは!」
ゆらりと高橋の巨体が崩れ落ち、ドスンと音がする。いくら剛健な肉体だろうが顔面まではカバー出来ない。まして両腕に一人ずつを掴んだ無防備な状態であれば。
「……!!」
ルシエルは片膝をついて着地し、ゆっくりと立ち上がり俺を見上げた。懐かしい姿、いや、見慣れない、ごついタクティカルベストを着ている。
下には……またレオタードと固そうなブーツだった。この一昔前の時代を感じさせるセンスは長男の選びそうな物だが。
「ご無事ですか? 崇士様」
「ああ、ああ、ルシエルターミー。来てくれて、むちゃくちゃ嬉しいけど……隔離されてる状況なんだ」
爆破による穴は完全に閉じていた。ルシエルは西野晴香と清田を確認するように見ると答えた。
「大丈夫です」
「でっ、出られるのか?」
「脱出は不可能です」
「ええー……」
共に閉じ込められたとしても、こうやって目の前に助けが来たことは有り難かった。異彩を放つ洋服センスには頭が痛くなるが。
清田は初めて見る美少女アンドロイドに間の抜けた顔を見せている。彼女の着ているレオタードが厚いベストの下から見えている。
清田は目のやり場というより、自分の感覚の在り方に困っていた。何者かも解らない彼女に恐る恐る質問した。
「他にも仲間がいるんだよな? まさか、ひとりで来たわけじゃないんだろ」
「はい。崇士様のご兄弟も来ています。外部から操作しない限り脱出は不可能です」
清田は胸を撫で下ろして言った。
「ほっ……良かった。これで安心だな」
「二人とも格闘中です」
「……って、おい! まじか。外はどうなってるんだ」
清田が両手をあげて情けない声を出した瞬間、ルシエルの左肩が弾けた。弾丸が軽量プラスチックの腕を貫通し、内部の人工筋肉がむき出しになる。
「はははっ」
ゆっくりと立ち上がる高橋の顔は、歪んでいた。両手を頭と顎にあて、顔の歪みを調整しながら、笑っている。
たった今撃たれたハンドガンが捨てられていた。銃身は高橋の驚異的な握力により曲げられている。
「面白い。いいぜ、格闘なら大歓迎だ」
気を失ったままの工藤と小倉を、雑にホールの端へ蹴り飛ばすと、指を鳴らして顎を上げた。
「さあ、かかってきな」
※
モニターだらけの地下監視室で冨岡は歯噛みしていた。西野晴香以外の男達はとっくに排除されているはずだった。思わぬ伏兵が紛れていただけではない。
「ふーっ……ふーっ……」
招待状を見て素直にやってきた母親にまで騙されるとは。ホテル内部の旧式なサーモグラフィが反応しなかったのが悔やまれる。
「ふーっ……」
モニターに映る美しい少女を見つめ癒しを求める。もう少女とは言えない。初めて彼女に出会ったのは中学で教師をしていた時期だ。上条と名乗り、数学を教えていた頃。
「ふっ……」
部屋中に彼女の写真を張り付け、ストーカー行為に明け暮れた美しき青春の日々。彼女の貴重な学生時代を共に過ごすことに生き甲斐を感じていた。
笛や体操着が無くなる度に彼女の相談に乗っていたが、当時の被害は全て自作自演によるものだった。なんという充実感、幸福。何も焦る必要はない。
「ふっ、ふははっ」
清田正樹をマウンツに引き込んだのも、すべて彼女を手に入れるための口実に過ぎなかった。もっとも昨晩のような殺し屋に狙われる場合のスケープゴートでもあるのだが。
モニターにその清田が追われている姿が写し出されている。必死の形相でホテルの中庭からホールに駆け込んでくる。あの最低野郎を追い込み、西野晴香を慰めるタイミングをずっと待っていた。
捨てた父親に対する怒りがマックスになったとき、この僕が清田を刑務所送りにする。晴香は中学時代の恩師である僕に運命的な再開を果たすのだ。
そして僕には君を立派な成人に育てる義務があるとかなんとか言って、一緒に暮らす。共に生活していると彼女の方から、私を立派な大人の女にしてください……と言ってくる計画だ。
ついでに佐竹ルートを手にしていれば、犯罪歴を消すのも経歴を変えるのも思いのままだ。
彼女が食い付きそうな経歴にしよう。国連の平和維持軍で飢えた子供達を守った英雄とかボランティアで捨てられた子供を援助している足長おじさんとか。
あるいは……このまま監禁して洗脳することになるかもしれないが、それは仕方ない。
驚いたことに、自力でこのホテルへ逃げてきた清田を追っているのは、カマキリに乗った変態フルフェイスではなかった。
ガウリイルで車に押し込んだ同級生とその仲間のようだ。どこで入れ替わったのか知らないが、何を動揺する必要がある?
プロのスポーツマンなら、あんな若造が何人かかってこようが殴り倒せるはずだ。余程ミシエルが恐ろしかったのだろう。
あんな頭のいかれた変態は初めてだった。電動殺戮マシーンと自分から名乗るとは、何て恥知らずなやつだ。黒歴史が怖く無いというのか。
それだけに恐ろしい相手とも言えるが、いつまでも逃げ回るとは情けない。清田を追っている若造に再度、目を向ける。
「こいつは、確か坂本……過去に彼女と付き合おうとしてやがった男か?」
何年か前に我が西野晴香にちょっかいを出してきた間抜けだ。向こうから始末されに来るとは、バカなやつ。
「ふははははっ」
まだまだ清田は利用価値があると見える。だが、こちらも暇なわけじゃない。坂本を殺るのは清田に任せるしかない。
冨岡は変装プログラムを操り清田正樹の向かってくる通路を迷路のように動かした。助けを求めて、この地下室まで来られてはかなわない。
「さあて、問題はこいつをどうするかだ」
そいつは突然現れた。変態フルフェイスの男はゆうゆうとバイクに乗ったまま、ホテルの敷地へと侵入してきた。
窓ガラスを突き破り、ドアを蹴破って隔離したホールへ進み、爆発に紛れて一体の少女型のアンドロイドを突入させた。
こいつは、計画的にここへ来た。あの母親に変装させたアンドロイドを爆破させ、通路を開いた。だが、そこまでだ。
ひとまず中央ホールは高橋が制圧するまで完全に隔離する。あんなか細いアンドロイドや諜報員に奴を止める力はない。
通常、擬人ロボットには“不気味の谷現象”と呼ばれる人を不快にさせる要素が垣間見れる。
我がガウリイルにも言えることだが、人ならざる者のちょっとした違和感は、薄気味悪い恐怖心をもたらすのだ。
この特異点を容易にクリアしているとは面白い。
清田には目を冷まして貰う。まともに考えてたかだか四人の高校生相手に負けるはずがない。
そして玄関ホールにいるバイク野郎は、無数の殺戮アンドロイドを差し向ける。
「このホテルに入ったのが、運のつきだ。誰一人として、脱出は不可能だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます