第46話 アスリート
サンビセンテホテル一階、ロビーでは大がかりな戦闘が始まっていた。バイクは流れるようにカマキリの姿に変形したかと思うとマシンガンを撃ちまくったのだ。躊躇なく。
駆けつけた何体ものポーターに扮した軍事用アンドロイドが破壊されていく。二十四時間労働に文句ひとつ言わない従順なしもべたちが次々と天に召されていく。
的になるように列をなして、マシンガンの餌食になっていく。少しは自分で考えろ……と怒鳴りたくなる。
アンドロイド同士の間抜けな戦闘だった。あそこまで従順だと、むしろ呆れる。
硝煙の匂いがたち込め、壊れたレゴブロックのようにバラバラに散っていくアンドロイド。内臓された武器を出す間もなく、美しくも儚いゴミ屑と化していく。
やっと弾を撃ち終えると、ゴトンとマガジンを床に捨てた。ホテルの入口には大理石で出来た神々の像がただ黙って立っていた。
フロントまで真っ直ぐ伸びた赤い絨毯の道を見守るような大きな像が左右に二体ずつ。
追撃部隊の作戦行動が開始された。隙間からマシンガンを持ったコンシェルジュ型アンドロイドが現れると一瞬のうちに電動カッターで切り裂かれた。
「……!」
確かに強い。この電動無効化殺戮マシーンと変態狂人ライダーはミシエルと名乗った。つまり、スティグマ側の殺し屋だ。
マウンツの表看板である清田を始末させれば、大人しく消えるかもしれないが、少し位遊んでやってもいい。
危険を犯してまで昨晩のツケを払わせる必要などないのは承知のうえだが、今後ガウリイルがミシエルに負けたなどという史実が語られては、堪らない。
腹をたてると人間はバカな行動を起こすものだ。ここは冷静に対処しよう。そう、自分は世界で一番クールな
絶対零度はマイナス二百七十三度だから、クールさの世界最高位は、はっきりしている。物質の温度が絶対零度より低くなることはあり得ないからだ。
ただし、気体中の分子エネルギーの条件を整え、マイナスのケルビン温度を持つ原子ガスを使うのは反則とする。
などと我が知性に酔いしれている間にも、ストックしてあった軍事用アンドロイドが、次々とあのバカげた電動殺戮カッターの餌食になっていく。
さすがの僕も耐え難い憤りを感じるが、弾丸やカッターがいつまで持つかと言えば知れている。
武器を使い果たしたころ、最後には最強、最悪の殺戮マシーン、ガウリイル、フルダイブバージョンで仕留めてやる。
プライドの高いゴミ野郎が這いつくばった姿は想像するだけでゾクゾクする。もう少しだけ晴香を見つめ、癒されていよう。冨岡は隔離ホールのモニターに目を移した。
十八箇所に取り付けてあった監視カメラが破壊され、映し出されているモニターは三つだけになっていた。
「はあっ!? 何してやがる」
西野晴香は残骸になったアンドロイドの部品を掴み監視カメラに向かって投げつけていた。野球少女だったのは何年も前だというのに。
「や、やめろぉ! 晴香」
隣にいる茶髪のガキも残骸を投げるフォームが映っている。二つの画面が、同時にプツりと消えた。
残ったモニターは最上部の可動式メインカメラだけになってしまった。冨岡はあわててモニターをリモート操作した。
ホールの最も高い位置にあるカメラを投球で破壊するのは容易ではない。それをジグザグに動かせば少なくとも人間が命中させることは不可能な確率になる。
最後のカメラが破壊されずに済んだのは不幸中の幸いだった。気を落ちつかせてモニターを見ると、清田の息子が投球フォームをとっている。
「……ふん、バカが。プロ野球の選手だろうが、そんなコントロールはよくないぞ」
清田晃は、まっすぐカメラを見ている。モニターごしに目を合わせると、本気で遠投するつもりなのが伝わってくる。
「面白い。そんなに晴香の前で格好をつけたいのか。せいぜい大恥をかくんだな」
清田の息子は晴香と目を合わせて合図を待っているようだ。ゆっくりとうなずくとニッコリと笑いながら残骸を投げ飛ばした。
晴香を見ながら、中途半端なフォームで投げた残骸が当たってたまるか。だが、冨岡の見つめるメインカメラに向かって残骸は真っ直ぐに飛んできた。
プツン……と画面が真っ暗になった。
「ぬおおおおおおっ!」
冨岡はヘッドフォンを真っ暗なモニターに投げつけて雄叫びをあげた。配線だらけの地下室をつまずきながら中央に設置されている操縦席に走り、座席に体を押し込む。
「くおおおっ、殺す、殺す、殺すっ!」
かつて冨岡が学生だったころ、バトルアクション系のオンラインゲームにはまったことがあった。だが運動神経のあるアスリートにはゲームの中でもかなわなかった。
「あの時も、対戦相手はアスリートだった。リトルリーグのガキどもだった。大人を馬鹿にした報いを受けさせてやる」
フルフェイスのヘッドギアを被る彼のくちもとに、狂喜の笑いが浮かんだ。
ホテル・サンビセンテは見晴らしのいい海岸線の岸壁にある。中庭から入る場合は、そこが本館の二階になり、坂道を下った駐車場のある玄関ホールは一階にあたる。
潮位より少しだけ高い場所にある部屋を冨岡は地下監視室と呼んでいた。中央の吹き抜けにある螺旋階段、筒上に伸びた空間を地下監視室から一気に二階へ飛ぶ、黒塗りのアンドロイド、〝ガウリイル〟。
「いくぞ! 僕が自ら、怒りの鉄槌を打ち降ろしてやるわ。首を洗って待っていろ、リトルリーグ!!」
※
駐車場で出くわした河本を見て、清田正樹は一目散にホテルへ逃げていった。
「桐畑悟士、追え!」
「お……おう」
坂本がフルネームで俺に命令したのが腑に落ちない。返事だけは元気よく言ったが、何故に貴様に命令されなければならんのか。
もちろん坂本に先頭をきって追って貰うと決めた。何なら坂本は清田のおっさんに殴られて貰ったほうがよい。
バットを持った中田と河本も後を追う。ホテル内部は赤い絨毯の同じような廊下が迷路のように続いていた。狂犬がオタクに何か言っているようだ。
「ビビってましたね、清田のおっさん」
「はあ、はあ……そうかなあ」
「やっぱ、すげぇす。河本さん迫力ありますよ。こっち見て、慌ててましたもん」
おおかた、清田は河本ターミーに酷い目にあわされたのだろう。中田の偶像崇拝がいつまでも続けばよいが、すぐに河本はウーキー族特有の嗚咽に似た鳴き声を発しだした。
「ハァ……ハァ、ダメ、もう走れない」
脱落した族長と距離が開くと、清田は踵を返したように振り返り先頭にいた坂本を殴りつけた。
俺は空中に浮いた坂本をしゃがんでかわさなければならなかった。やはり本物のアスリートが体重を乗せたパンチには破壊力がある。
「ああっ! 坂本がやられたああぁ」
内心はザマアと思っていたが相手は元プロ野球選手である。タイマンで勝てる気はまったくしない。せめてバットを持った中田が来るまで時間を稼がなくては。
「ひっひっひ! 清田ァ、謝れば許してやるぞぉ」我ながらどんなキャラなのか手探りである。
「……何でボクがお前に謝る必要がある?」
話の全貌は見えていないが、世の中なんてそんなものだ。映画やアニメの主人公なら明確な敵がいて、そいつの目的や悪行を全て知ったうえで正当な暴力行為や罰がくだされる。強力な正義の使者によって……。
だが現実は、何も知らないし考えもしないモブキャラがただ生きるために決断をくだす。一兵卒が勝敗を分けたり、ただの平社員が業績をあげたりするように。
だから河本を見て逃げ出した清田に対し、流れで謝れということに俺が疑問を感じる必要はないし、罪悪感を持つ意味もない。
むしろ、これこそが正義だと言うべきだ。更に流れで追い込む。
「お前の企み通りにはならないぞ!」
「くそっ、貴様らも佐竹の遺産が目当てか」
何か重大なヒントが聞けそうな場面。一拍遅れて中田が駆け寄る。これで避け専の俺が隙を作り、バットで仕留めることが出来る。あとは、清田に俺を攻撃してもらうだけだ。
「いいから謝れ! 野球バカ。びびってんじゃねぇぞ、クズ清田。さあ、来いよ」
俺が言い終わる前に、中田はバットを振りかぶったまま後ろに三メートル蹴り飛ばされた。
「…………」
まったく計算外だ。三百メートル以上走ったばかりなのに、凄まじい威力だった。
「は、はやい」
「ふ、ふははは。怖いか? 怖いだろ! 怖いはずだ」
「しつこいな。悪いが怖くはない」
体重差は倍に近かったが、俺のほうが冷静なようだ。生きるか死ぬかの切迫した場面。こんな時に恐怖心が本当に必要だと思うのか。それとも俺にとっては頑張ったご褒美が、恐怖心だとでもいうのか。
清田はタイマンになって遠慮なく、向かってきた。俺は胸ぐらを掴もうとした指先を捻りあげ、鼻柱に肘鉄をいれた。
「お前に感情はないのか!?」
「……感情は利用するものだ」
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