第28話 新生ルシエル・ターミー
「いくぞ、ターミー! 河本ターミーにスリィーディー変装だっ」
俺のイカれた、もといイカした掛け声に反応し、西野晴香の顔面は細かい菱形に割れて再構築されていく。
わずかな機械音が路地裏に鳴り響くと、少しずつ不細工なデブメガネの男が浮き出してくる。引き締まっていたウエストが風船のように膨らみ、重力に引っ張られるように垂れ落ちていく。
格闘向きのルシエル・ターミーに変装させて三人組を打ちのめすことは簡単だ。
だが、目の前の悪に暴力で対抗してしまえば、その単純な行為が複雑な結果を招く可能性は否めない。
事態を完結に導くため、俺達は美しくパズルを紐解いていくことが必要なのだ。泥臭い揉め事や殴りあいなど意味はない。
サラサラの髪がバサリと地面に落ちるのを見ると三人組は、ホラー映画でも見ているように叫んだ。
「ぎぃやあぁー、気持ち悪い!」
「ば、化け物だ。カバ人間だ」
《本人の河本さまに言ってください》
「……言わないであげて。カバ人間も気を悪くするから」
《繁華街でのスカウト行為は違法です。強引な軟派が目的でしたら、軽犯罪法と東京都の迷惑禁止条例に当てはまります》
「き、気持ち悪いっ、おえっおえっおおおえっ」
筋肉質の男は黄色い胃液の混じった昼飯をぶちまけた。
吐瀉物は麺類、黒ずんだ色をしていてゴマより小さな丸い粒が大量に混じっている。
いったい何を食ったのかは謎だが考えたくもない。一番体格がいいくせに、神経は弱いらしい。たかが女装した河本ではないか。
美しくプロの探偵のように事件を解決する予定が、アベンジャーズを見たのがいけなかったのだろうか。ポケモン探偵にしとけばよかったかもしれない。
「いや、俺は多少のアクシデントでは折れたりしない。謎は解けた、この汚物は元ジャージャー麺だ」
《解析結果がでました。これは……元オクラスパゲティーです》
河本ターミーは仕事が早い。河本自身も見かけはふくよかだが学年成績も上位に入る優秀な男である。俺に次いで。
「分かるわけないだろ。何だ、その食い物。ああ、結構有名か……ってうか解析しなくていいわ!」
たしかに目の玉を抉り取りたくなるほど気持ち悪いな、こいつ。ふくよかとかいう問題じゃない。
新型になったルシエルの変装シーンが気持ち悪すぎるのが問題だな。普通の変身ヒーローみたいに光とかでごまかせればいいのだけれど。
さっきまで、うなぎの香ばしい匂いがしていた路地裏は酸っぱいゲロの匂いに包まれた。男達はバケツを蹴飛ばして勢いよく逃げて行った。恐るべしはターミーの変装機能。
一緒に走り去ったと思ったが、にやついた痩せメガネだけはこの場に居すわっていた。ベルトからジャンプ型の警棒を抜き出し、身構えている。
《武器を捨ててください》
「お願いします」
痩せメガネは警棒を確認してスイッチを入れた。ただの警棒ではなくスタンガン、電流を撃ち込むつもりだ。
だが目線を外した瞬間に俺は足元で塊になったオクラスパゲティーをそいつに向けて蹴り飛ばした。気分は修哲小学校の点取り屋、キスギ君である。
キャプテンつ○さの一巻以来、点を取ったところは見たことがない自称点取り屋の優しい顔のあいつである。
主人公のお母さんと同じ顔をしているところが良い。初登場の自己紹介が、俺は点取り屋だって言っちゃうあたりもいい。
そのくらいのキャラ付けをしておいて点が取れないのもいい……俺だけは彼のことを忘れないって、もういいか。他に情報もないし。そこがまたいいんだけど。
痩せメガネが慌てて警棒を振り抜いた瞬間、ゲロと電流が飛び散った。
バチンという短い衝撃音だけだった。
痩せた男は一瞬飛び上がったかと思うと、しなだれて女のように地面に倒れた。現場の惨状は伝えがたいが、余りにもあっけない終わりかたである。
「まさか……死んでないよな」
《気絶していますが、死んでいません》
「では、この危険な武器はあずかっておこう。河本ターミーの変装機能を解いてルシエル・ターミーに変装してくれ」
《かしこまりました。ところで今、私を見て……うっ…うっ! て顔しましたね》
「俺は女装した河本で嘔吐したりしないが、もらいゲロをしないとは限らない」
《理解不能です。もう一度、詳しくお願いします》
「いいから、はやく変装しろよぉ」
河本が地面に落ちたカツラを拾い頭に乗せるとその容姿は変わっていた。
透き通るような白い肌の少女は、桐畑製アンドロイド、ルシエル・ターミー。
西野さんより背は低く胸もないが、負けず劣らずの完璧な造形をしたアニメ顔をした美少女である。失礼、美少女キャラのアンドロイドである。
細部の表情をフォログラムに頼っていた以前のバージョンからは、大分進化して見える。軽量プラスチックにメディカルファンデーションをコーティングすることで、より人間らしい質感を得ることにも成功した。一目ではアンドロイドと認知するのは難しいだろう。
ターミーを作った父、桐畑恭介はエネルギー工学の権威であり母はバイオテクノロジーの専門である。三人兄弟のお目付け役として造られた自律型二足歩行のポーター・アンドロイドである。
スリーディー変装と防衛プログラム、数発の麻酔弾を装備。両手首にはワイヤーが仕込んであり、移動や人命救助などに撃ちだすことも可能だ。
独自に発達した人工知能は、河本のネットゲーム・アバターであるルシエルがインストールされたことや、共に五百キロ歩いてジャンキーと殺し屋に追いかけられエージェントと戦い、スワットに襲われる過程で生まれたものである。
もともと二対のアンドロイドは、現在は一体しかない。だが、新理論によってニュートラルネットワークはきちんと二つ搭載されている。新型だから……実はこの辺のAIについては、ちゃんと話がついていない。
このことについて俺たちと親父の意見は食い違った。俺たちは偶然とはいえルシエルは人間に近いAIを持って成長を続けていると信じている。
そこで、またもう一台のターミーを造り、相互で交信、更新をするようなシステムは危険ではないかと思ったのだ。
不確定な要素が多すぎる現段階で、もうひとつの生命を世に出してしまうような考えは、道徳的にも道義的にもあって良いのだろうか……というわけである。
新章なので説明の回があっても仕方が無いのである。
多忙な両親とは京都で別れて以来あっていないが、何か問題があればターミーがネットを介して俺や兄弟の進捗状況を報告するようになっている。
俺達はうなぎ屋に怒られる前に、そうそうと路地裏を去って西野さんの家に向かった。
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