第2章 マウンツ編
第27話 デート
「沢山のポケモンが出てきて誰が誰だか分かりませんでした」
「そっかぁ……いま見てきた映画はアベンジャーズだけどね」
俺と映画館から出てきた彼女はクラスのマドンナ、西野晴香である。会話が噛み合わないのは、彼女が学習中だからだ。
彼女に限ったことではなく、大抵の女子と話が合わないので気にはならない。
新都心の繁華街をカップルのように歩きながらご覧のように無駄な時間を過ごしている。
わざわざタピオカミルクティーの売店に並ぶことで、彼女と二人きりで過ごす日常を世界にアピールしているのだ。
彼女の家は、小綺麗な軽食屋なので外食することはめったに無い。そういう所も彼女が家庭的だと認められるポイントなのだろう。
クラスのマドンナというフレーズには語弊がある。何故なら西野さんは学年のマドンナでもあり高校のマドンナでもあり、近隣地区の若い男子は知らないものがないほどのアイドル的存在だからだ。
以前、修学旅行で好きな女子の話題になったとき、クラスの男子は全員一致で西野さんの名前をあげた。聞かれなかった俺と河本を除いて。
隣のクラスも全員で西野さんの名前をあげるとは思わなかった、と言えば嘘になる。
校内の九十九パーセントが淡い初恋を、たった一人の女子へと向けているのは調査するまでもない明らかな事実だ。
彼女を知っている男子は異世界に転生しても、好きな女子を聞かれたら西野さんと答えるだろう。
それほど誰もが彼女を好きになるのには様々な理由があげられる。
第一に、可愛い。 潤んだ大きな瞳にさらさらの髪、 身長は大きすぎず小さすぎず 160cmってところ。 スタイルは抜群で、特に胸が大きい。
洋服はいつも清楚で綺麗な格好である。今日はノースリーブの黒いブラウスにアンクルブーツ、白いプリーツスカートという姿だ。センスが非常に良いと言わざるをえない。
そして誰よりも優しいと評価されている。何よりも暖かい心の持ち主だと。
校内に迷い混んだ野良犬をはじめに保護したのも彼女だし、介護老人ホームのボランティアもするし、母親の代わりに美味い味噌汁もつくるという噂だ。
校外学習で保育園に行けば、義務教育を受けるより先に彼女にプロポーズしようとするガキが集まってくるそうだ。
父親は居ない。幼い頃に離婚したらしいが、生活に困ってはいない。
軽食屋兼喫茶店が繁盛している他に、土地やら何やら財産が随分とあるなんて噂もある。
かといってチャラチャラしたイメージはまったく無く、慎ましくおっとりとして明るい生活を送っている様子だ。
誰とでも気さくに会話を楽しみ、天使のような笑顔と幸せを振り撒いていく。念のため言うが、俺と河本以外にだ。
理由をあげればきりがないが、とにかく西野晴香はマドンナである。道行く人々は彼女とすれ違うたびに好意に満ちた視線を送る。同時に敵意に満ちた視線を俺に向ける。
「このタピオカミルクティーって、中に入ってる黒い粒々が苦手かもしれません」
「ははは……なら、次から粒抜きを注文するといい」
そんな彼女を崇拝する輩は生徒だけにとどまらない。担任教師の上条はクラスで揉め事があったとき、確かにこう言った。
「みんな、これ以上揉めると西野に嫌われるぞ。それでもいいのか!」
教室は沈黙に包まれ、誰もが冷静に自分を見た。そして世界平和と西野さんへの愛のため争いは終わった。
※
「予定より一時間はやく家に着いてしまいます。もう一回公園でも歩きましょうか?」
「勘弁してくれ。いくら崇士の頼みでも割りに合わない」
「……常連さまが見えました」
「あ、ああ、やっとか。録画よろしく」
俺達は人目のない路地裏に入り、しばらく身を潜めた。常連さんというのは、俺が考えた『つけられている』という意味の暗号である。
換気扇からうなぎの香ばしい匂いがする。甘いポップコーンとミルクティーのせいで胸焼けしそうだったが、この香りにはそそられる。
「たまらないなぁ、この匂い」
「裏口から入れますよ。うなぎ屋さん」
「いや、腹は減ってない」
「でも三人に尾行されています。こちらに来るようですけど」
「ウソだろ? 先に言って欲しかったなぁ、三人っての。録画だけで済むかなぁ」
「本当です。もう、そこに来ています」
「まじかよ」
路地裏に入ってきたのは大学生位の三人組だった。筋肉質な刈り上げ野郎が、分かりやすくガンをつけてくる。
にやついた痩せたメガネ野郎、銀のネックレスをしたイケメン風のちび野郎が両脇に立っている。
ちび野郎が言った。
「こんなとこに女の子を連れ込んで、悪いことしようとしてるのか?」
俺は覚悟を決めて声をはった。どうせくくるなら首をくくるより腹のほうがましだからだ。
「だったら何だよ、あんたら誰だ」
「お前にゃ興味ない。そっちの彼女に用がある。てめえみたいなアホ面には勿体ないと思ってね。さっさと消えろよ」
「心配で見にきたってことは彼女が誰だか知っているのか」
「知るわけねぇだろ。これから自己紹介タイムだから、てめえはさっさと行けよ」
部外者扱いにはなれている。俺の言葉には興味が無いといったそぶり。
西野さんは無表情で、俺を見ている。無視されるとは心外だが、確認する方法は他にもある。しつこく聞くという方法だ。
「ちゃんと答えろ。彼女が誰か分かってるんだろうな?」
メガネ野郎は冷静に聞く耳を持っていた。
「はん、お前こそ誰なんだよ。知ったことじゃねぇけど」
「知らないで尾行していたのか? ご新規さまには用がない。帰ってくれ」
俺たちは西野晴香に執拗な嫌がらせをするストーカーを探している。笛が無くなったり上履きが盗まれたりするのは仕方ない。
どこの学校にも一度や二度はある行事みたいなものだ。
彼女を受け持つ教師はクラス全員に目をつぶらせては、言ったものだ。
『犯人は怒らないから手をあげてください』
手なんか上がる訳がない。
『怒らないっつってんだろ!』
『先生、怒ってますよ』
『俺は……俺は、怒ってない! 今度俺が怒っているなんて言ったら、停学にして内申書にバカって書いてやるからな』
教師までも、このざまとは。
だが自宅から靴や下着が消え、怪しい脅迫文が届くとなると、ただの行事ではすまない。れっきとした事件だ。
脅迫文には、こんなことが書いてあった。
『愛する晴香へ。君の父親が避妊に失敗したおかげで、君が産まれたのだから感謝したほうがいい。僕も君と交わるときは避妊しないつもりだ。これは現実だから受け入れて欲しい』
そんな卑劣な内容が何通か届いても、手紙だけじゃ警察は動かない。西野晴香は、ほとほと困り果てたあげく、校内で最も優秀な男である俺……ではなく俺の弟に話を持ちかけた。
可愛い弟の頼みとあっては、手を差し伸べねばならないだろう。
実際は、可愛いのは西野晴香のほうで、協力したいのも彼女のほうだが。
そのために繁華街を彷徨いていたのだから、余計な争い事に付き合う必要はない。更に新たな敵やストーカーを作るような事態は絶対に避けなければならない。
「痛い目にあいてぇらしいな」
筋肉質が詰め寄る。この狭い路地裏で攻撃されたら避け専の俺に勝ち目はない。
一呼吸おいて、俺は言った。
「いくぞターミー、西野さんの変装機能を解いて変装してくれ」
《かしこまりました》
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