第4話 声紋認証

 桐畑の長男は軽く会釈と咳払いをして語りだした。年長者らしい威厳のある演説をぶろうとしているようだ。


「愚か者ども、このアンドロイドは俺が預かる。部外者はさっさと帰れ! さもなくば不法侵入と見なし……」 


 そう言い終わる前に警告音が鳴り響き兄貴の威厳の欠片もない演説は遮られた。


《未成年の喫煙は法令で禁止されています。未成年の飲酒は法令により、禁止されています》


 助手席の中田雅彦が、ゆっくりと軽トラックから降りた。タバコは口にくわえたまま、左手に木製のバットを握っている。


《……違法行為をやめなければ、すぐに通報します》


「うるせぇ」


 運転席の男は、軽トラックのエンジンを切った。やかましかった音楽はやみ、静寂がこの場を包み込む。薄暗い照明に映る中田。


 頬がこけ、ブチ切れた眼光が〝ターミー〟をじっと見つめている。たかしは何かを察して中田の前に立ち、両手を振った。


「お、おい。中田さん、乱暴はやめてよ。それ、大事な金ヅルなんだから」


「うっせんじゃあい! 誰に命令しとんじゃい」


 バットを振り回し、大股でこちらへ向かってくる。アンドロイドにバットが振り上げられた瞬間、中田は手を止めた。


 背中を向けた桐畑の長男が、ターミーと中田の間に割ってはいり、電源パネルを押していた。


「な、何してやがる? 頭かち割られてぇのか」


「……おい、たかし」中田を無視して兄貴は言う。


「こいつに取扱説明書とか付いてなかったか?」


「はっ、はは、何いってんだよ。自律型だぜ、そいつ。電源入れて説明させればいいんだよ。最近の機器は説明書なんか付いてねぇのが普通だぜ」


 なんの説明も無しかよ。俺と河本はそう思ったが、たかしと中田の位置からは見えなかったようだ。アンドロイドの太い腕が上がり、はっきりとが向けられた様子を。


「電源が落ちない」いつになく兄貴は真剣な声だった。


「防衛システムか何かだ。親父、やっぱりアンドロイドの軍事利用に関わってたんじゃないか……だから、いつも家を空けて、いや……帰らせてもらえなかったんじゃないか?」


「ぐ、軍事利用って、まさかターミーは殺戮兵器だったのか。それなら辻褄が合うよ」


《……わたくしは殺戮兵器ではありません》


「違うってよ。河本の期待と辻褄があってたまるか。ターミー、お前は武器を装備しているのか?」


《はい、武器を所持しています。声紋認識で桐畑さとし様を認証しました》


「そんな武器を持ち出して……通報したら、自分が困るんじゃないだろうな?」


《………》


 兄貴の質問に対して返事はない。ターミーという単語を認識して返答するようプログラミングされているのかもしれない。


 ヘイ、シリとかオッケー、グーグルと同じようなシステムだ。


 オタクの河本と俺には直感的に分かったことが、兄貴に分からないと思うと内心で笑いが止まらなかった。


 まるでターミーは俺と河本には一目置いているが兄貴はクソな性格だから無視しているようだと思った。


 嫌なヤツを見極める機能が付いているなんて素晴らしい。可能性は極めて少ないが、そんな機能があったら実に素晴らしい。


「武器をしまえ、通報するな!」


 まだ兄貴は、気が付かないようでターミーに一人言を叫んでいる。無視されている感じの不穏な空気がながれる。


「なんだ? こいつ既読スルーかよ」


 緊迫した場面で俺達は真剣な顔をして兄貴とターミーを見守っていた。


 既読スルーの使い方まで間違っている兄貴を内心で爆笑しながら。このままでは腹が捩れてしまう可能性がある。


「つ、都合の悪いことは黙んまりなんじゃないか?」


 いい気味だから、ややこしくするように誘導する俺に、河本も続いた。


「まさかターミーって、違法行為に対しては独自の判断で攻撃出来るのかな」


《違法行為に対しては可能ですが、判断を仰ぐようプログラムされています。自己防衛の場合は警告、威嚇射撃、捕獲行動が可能です》


「じゃかわしい!」


 中田は、息を荒立て言った。


「たかしよ、早く軽トラに乗せちまえ」


「あ、ああ」


 また、警告音。


《自動車を使用する移動手段は、認められていません》


「クソ野郎! その警告音をとめろ」


《武装を解除してください。武装を……》


 パニックになった、たかしが中田に向かって歩き出し叫んだ。


「中田さん、タバコ消してバット下ろしてくださいよ」 


「んだと、こらぁ! 誰に指図しとんじゃ!」


 たかしに振りかぶる中田を俺は掴んでいた。腕を捻りあげると、くわえていたタバコとバットが同時に落ちた。


 腕を折って顔面から地面に叩きつけてやろうかと思ったが、膝をつかせて関節を押さえつけておくだけにした。


 俺は至って冷静に行動しているつもりだが、河本と兄貴は俺に疑りの目を向けた。


「桐畑、大丈夫だよね?」


「平気だ」


 長男がアンドロイドにアホほど声をかけていたので、冷静でいられたのかもしれない。


 俺にはストレス性のパニック障害があったが、ここ何年も症状が出ていない。めまい、吐き気、虚脱感、頭痛、過呼吸。


 ありもしない病気を気づかい、いつパニック障害になるのかと考えながら生活するのが一番、ハマりやすい罠である。


 だから、兄弟も河本も俺のパニック障害については何も語らないし、蒸し返したりもしない。


 ただ、俺が力任せに暴れたりしようものなら、症状を疑るのは無理からぬことなのだ。


「通報は、しなくていいから、眠っててくれ。ターミー! そいつはしまってくれ、俺は桐畑あつし、わかるか?」


《かしこまりました。通報はしません、桐畑あつし様を認証しました》


 ああ、バカ兄貴もアンドロイドに認証されてしまったと残念に思った。ターミーと言えば返事が返ってくるのもバレてしまったようだ。


「ターミー、さっさと出発したい」


《他のご兄弟は揃いましたか?》 


「まだだ、まだ。ってか、揃わないとダメなのか?」


《はい、三人の了承なしで出発は出来ません》


「……ちぃ。おい、たかし。こいつに何か話せ」


「う、うん。オレは桐畑たかし。よろしくな、ターミー」


《桐畑たかし様を認証しました。こちらこそ、宜しくお願い致します》


「僕は河本叡知、よろしくターミーくん」


《宜しくお願い致します。コーモトエッチ》


「……認証ないんっかい」



 俺には、クソ長男が身を呈して銃口の前に立ち、たかしと中田を守ったように見えた。自分の身の安全より、他人が傷付くのを避けることを優先したようだった。


 だが、すぐに考え直した。

 通報したアンドロイドが、銃刀法違反か何かで捕まれば財産相続の話はおじゃんだ。やはり、あいつは自分の立場を優先したに違いない。

 俺は短い舌打ちを聞き逃さなかった。俺達二人の弟に了承させて一人で運ぶつもりだ。そして親父の財産を独り占めしようと考えているに決まっている。



 俺は気絶した中田を荷台に乗せ、運転席の子分に言う。


「帰れるか?」


 だだっ広い鼻の外国人が、慌てて返事をする。


「あ、ああ。で、でも中田さんが目を覚ましたらただじゃ済まないよ。協力して上手く行ったら謝礼金もらうって息巻いてたから」


 俺は弟に呆れたという目を向けた。そんな約束が有効なのか、言及する気はなかった。そんな口約束がされていたとしても、何の効力も無いのは分かっていた。


「じゃ、そいつが目を覚ましたら言っておいてくれ。今度バットなんか振り上げたら、二度と目を覚ませないようにしてやるってな」



 軽トラックは、静かにロータリーを回って止まった。運転手が駆け下りて、荷台から、たかしのスポーツバックを放り投げると、そそくさと運転席に戻り、屋敷を離れていった。



「やべぇ……中田さんて〝スティグマ〟っつーやべぇチームに入ってんだよな。オレのこと許してくれねぇんじゃないか、すごく心配になってきた」


「はあ? なんでチーマーが出てくるんだ」


 たかしの話によると最近になって急激に勢力を伸ばしたそのチームは、このへんの不良たちまでも仕切っているそうだ。


 麻薬組織、メスの売買が絡んでいるなんて噂もあるという。あっさり気絶しやがった中田に、そんなバックがついているとは驚きだ。


「警察に知り合いがいるからさ」俺は、不安な顔をしている弟に言った。


「危なかったら、俺に何でも言ってくれ」


「さ、サンキュ。だからって親父の財産を譲ってやる気はねえけどな」


「お前がそんな金の亡者だったとは知らなかった」


「兄貴達は知らない事だらけだろ? オレのことなんか」


 たかしは静かに震えていた。言葉の奥に何か悲しげな感情が見えた気がした。

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