第3話 アンドロイド

 河本と別れ、坂を駆け上がると夕暮れ時の我が家が見えてくる。


 世間では桐畑さんのお屋敷と呼ばれるだけあって、大きな中庭はロータリーになっている。アーチ状になった洋風の屋根は、いかにも金持ちという作りだ。


 大抵の同級生は、この屋敷を見て俺を贅沢三昧のお坊ちゃんだと決めつける。


 しかし立派なのは実験等で使われる広い中庭と、雨天や夜間に研究中の機械を放り込む広い玄関ホールだけで、生活スペースに関しては極めて質素なのだ。

 

 俺は無駄に広い中庭を真っ直ぐ抜けて、四畳半のマイルームへ向かおうと歩いていく。すると何か違和感があることに気付く。


「どういうことだ? 真っ暗じゃないか」


 俺が声を発する前に、河本の声が響いた。


「……何でお前がいるんだよ。さっき、分かれたばかりのはずだが」


「やはり気になって追いかけてきた」


「なんだかんだ言っても、お前は俺達兄弟がいがみ合う姿は見たくないってことか。うちの兄弟とも顔見知りだったもんな。血の繋がりが無い河本が立ち会えば、血みどろな争いにはならない。そう思って引き返してきたんだな。親切は有り難いんだが、お前じゃ俺達の争いは止められない」


「君には悪いが、僕は〝竹内まりや〟のように喧嘩をやめてと歌いにきたわけじゃない。僕の興味はターミーとかいうアンドロイドに向いている。二足歩行という情報しか無かったから、気になってしかたない。二本の足、それがガッシリした足なのかスラリとした足なのか、はたまたむっちりした足なのか」


「某アニメのモビルスーツを期待して、俺に付いて来たなら帰ってくれ」


「バカいうな。流れを読め、素人。ここはマッチョなお父さん型シュワルツェネガァか、ちょっとエッチなバニーガールのメイド型ドジっ娘アンドロイドっていう展開が主流だろ。もしくは君達の末っ娘キャラが登場して電子頭脳で計算された天然を演じる場面だ」


「……計算された天然ってなんだよ」


「とにかく、桐畑恭介の新型アンドロイドがただのポーター型の訳がない。もしかしたら、人間にしか見えないアンドロイド、有村香織そっくりの人造人間ということもありうるぞ」


「っていうか、計算された天然てなんだよ」


「そこは、食いつかないでいいよ。僕は人型のアンドロイドじゃないかと思ってる。エクスマキナって、映画みたいな」


「び、美少女アンドロイドを期待しているのか!?」


「あ、うん。電源入れる時に僕を見て、ご主人様と認識する可能性まで期待している」


「……帰ってくれ」


 屋敷のソーラーライトは消えていて、今日来てくれるはずの家政婦さんの車もない。玄関前に、大きなオブジェのようにドラム缶のようなモノが置いてある。


 近寄ってみると、その黒光りしたゴツイ塊が、軽量プラスチックだと分かった。


「あっ、アンドロイドだ」


 あったらいいなを形にする製薬会社のようなセリフが飛び出てしまった。そいつはクビも頭もなくて、いきなり胴体から短い足が生えている。太い両腕、身長百五十センチ、体重は六十キロくらいありそうだ。


 ――こいつが〝ターミー〟なのか。


「……ただの寸胴ボディのポーター型アンドロイドだな」


「嘘だ!」河本が言った。


「全然意味が分からない。まさかのドラム缶ロボコンって、昭和の東映不思議コメディシリーズじゃあるまいし。読者バカにしてるのか?」


「意味分かんねぇよな……それで結構」


 暗くて気付かなかったが革ジャンに茶髪、ブーツ姿という分かりやすい格好をした不良が、家の前に立って言った。


「オレが運ぶから、てめえらバカ一号と二号は、黙って消えな」


 桐畑たかし。十六才、反抗期まっただなか。どうやら、手紙を読んだらしい。大きなスポーツバックを持って、準備万端といった顔をしている。


「や、やあ。たかし君、久しぶりだね。大きくなったね」


「うっせえ、オタク!」


 表情を固めたままフェードアウトしていく河本を無視して俺はたかしに歩み寄った。


「随分と勝手な意見だな。親父の手紙には、兄弟三人で運んでくれって書いてあるはずだが」


「お呼びじゃねーんだよ。オレが一人で運ぶから親父の財産も全部もらう」


 ヤンキー漫画に出て来そうなガンの付け方をして、吐き捨てるように言う。


「だからバカ一号と二号は、ターミーに触るんじゃねぇ。絶対にな」


「おい、バカ三号。お前、クレジットカードも現金も持ってないよな? 一ヶ月、見知らぬ家にでも泊まらせてもらうのか。野宿すんのか」

 

 河本が口を挟んだ。

「……桐畑。三号って、呼んだら自分もバカって認めてるみたいにならないか?」


「うむ、前言は撤回する。いや、何で俺が悪いみたいになってる。お前が撤回しろ。誰がバカだ、たかし!」


 偉そうな態度をとってみても、中学生。おまえの小遣いは俺が管理しているのだから、このあと金を貸してくれと言ってくるのは自明の理だ。


「ははっ、他に友達のいないバカ二人には分からないだろうが、こちらにゃあ作戦があるんでね。持つべきものは、金より仲間だよ! 本当に大事なのは頼りになる仲間なんだよ。だから財産は全部俺が貰う。大金持ちになるのは、このオレだ」


 俺と河本は、弟の矛盾した青年の主張にたじろいだ。恐れたからではなく、彼の言葉をたしかに聞いたと自分に言い聞かせる必要があった。


「……つまり、その仲間とやらを使って自分だけ金持ちになろうと考えているのか? お仲間は無償でお前に手を貸すと約束したのか、三号よ」


「ああ、そうだよ。何か問題でも?」

 

「俺が、お前の仲間に取っ払いで一万ずつ出すから俺に付けと言ったらどうなるかな」


「ははんっ、金の問題じゃねえんだよ!」


「じゃ一人五万出す」


「……かっ、くっ。まじで?」


「これが金の問題だと気付いてくれたら幸いだよ。ところで家政婦に、勝手に休みを与えたのはお前の仕業か」


「ああ、あんなババアは首にした。兄貴達がくる前に出発する気だったからな」


「うそだろ!? 吉田さんをクビにしたのか」

 部外者面していた河本が眉を吊り上げて会話に入ってくる。


「……なんでオタクが気にするんだよ」


「だって、いつも弁当作って高校まで届けてくれるんだぞ。今日だって桐畑と三人で用務員室で食べたんだ。すっ、すごく美味しかったんだぞ」


「知るかよ。何で外でまで、七十過ぎの家政婦と飯食ってんだ。お前らどんだけ友達いねぇんだよ」


「落ち着いて会話できる唯一の女性なのに。笑うとしわくちゃで見てられないけど。それに友達はクラスに居ないだけだ」


「ああ、ネットの友達はカウントすんなオタク。ほら、仲間が来たぜ」


 静かだった表通りに大音量のメタルを鳴らしながらぼろい軽トラが向かってくる。


 運転しているのは見たこともないオジサンで、とても仲間には見えない。中庭のロータリーに乗り上げると、助手席からわめき声がする。


「待たせたぜぇ、たかし。親戚のトラック盗んできてやったぜ! ヒャッホー! ヘイヘイヘイ! さっさと京都までぶっ飛ばしてやろぉおぜぇ」


 バーボンを片手にタバコをふかしている頭の悪そうな不良、中田雅彦。運転席にいるのは外国人のようだが、明らかに雇われた口だ。


 チームや暴力団と繋がっているという噂もあり、誰も近づきたがらない狂犬、中田。


 バカ三号は、運転手とハイタッチをして、持っていたスポーツバックを荷台に放り込んだ。


 ここまで補導されずにたどり着いたのは褒めてやるが、このまま東京から京都まで行けるほど日本の警察はバカじゃない。


「……それは、まずいぞ。たかし」


「とても仲間には見えないね」


 

 暗闇から突然、ロータリーをゆっくりと滑るように進む物体が現れる。日が暮れて暗くなってから、ずっとそいつは近くにいたのかもしれない。自走するスケートボードに乗ってロータリーを回っていたようだ。


 俺達はそれが何か目を凝らして追った。軽トラのヘッドライトの前に照らされたのはセグウェイに乗った長男、桐畑あつしだった。


「こんばんは河本くん」


「こんばんは」


 音もなく、まっすぐ平行にターミーの前に乗り付けると、胸元の電源をオンにした。何が起きたのか、確認する時間を数秒必要とした。


 ブーンという小さな音がすると、自走型アンドロイドが、立ち上がった。立ち上がったと言っても短い足のため、ほんの少し背が伸びたという程度だが。


《……起動します》


「おおぉ」


「…おぉぅ」


「……おおおぉ」


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