第40話 終戦の日(サタナキア)

 崩壊した帝国城。グウェンが敗北したのを、見てサタナキアは逃げ出した。彼は情けない男だったが、人生の逆転を狙った愚直な男でもあった。だから、彼の尻拭いをしてやろうと心に決めた。


「お~い! 誰か、誰かいないのか!」


 掠れる老人の声が聞こえた。一階の壁しかないような城の廊下に、這いつくばっているのは帝王だ。


「こちらにいますよ、サタナキアです」

「おお、グウェンの側近か。彼は何処へいった」

「グウェン・ランカスターは死にました。討ち死にです」


 帝王はあまり目がよくないのだろう。もう枯れ木のような年寄りだ。


「そうか、ではワシの城はどこじゃ? さっきから見当たらないのだ」

「ここが城内ですよ、帝王。敵に壊されました」

「おお……そんな。ではワシの国はどこじゃ? 敵に奪われてしまうのかの! おのれグウェンの馬鹿めが! あの無能めが! 奴の死体を持ってこい、しょんべんをかけてやる!」


 帝王は怒りに満ち満ちていて、元気になった猿のようにわめいている。死力を尽くしたグウェンに対して罵倒など許せなかったが、サタナキアは表面上は笑顔でいた。


「そう心配なさらないでください。戦後の事後処理は全て、私にお任せください。帝国は存続させてみせます」

「そうか! グウェンの不始末の件、貴様にはキリキリ働いてもらうからの!」


 枯れ木のような老人も、怒りで血が昇れば元気になるのか。しばらくは死にそうもないな、とサタナキアは思った。



◇◆◇



 王国グラスウィージャンにある王城内。サタナキアは招かれた。降伏文書にサインする為だ。今は帝国の全権を背負っている。責任を取るために、矢面に立たされたのだ。


「君が今は帝国を仕切るというわけか」

 

 目の前には王が直々に対面する。帝王よりは、長生きしそうであるとサタナキアは思った。


「ええ、戦後の処理は私に任されておりますので」


 サタナキアは降伏文書に署名する。そこには長ったらしい条件や賠償が書かれている。


「では帝国はこの戦争の責任として、王国側の傭兵が占領した全ての土地の譲渡。王国の従属国となることに加えて、戦争の首謀である最高指揮権の保有者の処刑を認めるということだな」

「はい、問題ありません」


 長ったらしい会議所の扉が開いた。一人の王国傭兵と、一人の帝国傭兵に連れられたのは帝王であった。彼はサタナキアを見るなり、唾を撒き散らすほどに興奮した。


「サタナキア! 裏切ったな! 貴様が責任を取るのでは無かったのか!」

「あれほどの大敗を喫して、帝国を存続させるには由緒正しいトップの首が必要でしょう。それにはグウェンの側近でしかない私よりも、貴方の首の方が相応しいではありませんか」

「何の為に! 何の為に親族でも何でもない、貴様にその地位をあげたか! 恥を知れ!」

「ご安心ください、帝国は私が責任を持って再興させます。貴方の血筋はもう必要ないですよ!」

「貴様あああ!」


 断末魔のような怒声をあげながら、帝王は会議所の更に奥へと連行されていった。

 王国のトップは、うるさいと言わんばかりに耳たぶを触った。


「やれやれ、最後は潔くありたいものだ」

「そうですね。血を流すのはあの男だけで良いとは、王国の恩情に感謝いたします」

「よい。そうだ、ひとつ言い忘れていた。悪魔の書は置いていってもらおう。うちの立派な傭兵団、灰色の琥珀団が求めていてな。なんでも領域? というものの封印を拒んでいるらしい」


 サタナキアはコートのボタンを外し、中から一冊の書物を王に渡した。


「どうぞ、無限に空を飛びたい竜でもいるのでしょう。この書は、かつての勇者が封印したもの。勝者にこそふさわしいでしょう」

「ひとつ聞いても良いかな? 君は魔物なのかね?」

「さあ、分かりません。私は物心ついた時に、その書を持っていました。百年、魔物の復活のために尽力したのが私の人生です」

「待ってくれ、君は年を取らないのか?」

「その書に長い間触れていると、身体が変質してくるようです。私はもう不死です。でもご安心ください、私の戦う力の方は灰色の琥珀団に奪われました。ただ死なないだけの、非力な少女です」

「ほう、帝国は長い間安泰だな」

「そう願いますよ。では、失礼します」


 サタナキアは礼をして、王城を後にした。崩壊した帝国を復興しなくてはならない。

 帝国にいた殆どの魔物は狩られたから、人間の力に頼るだろう。ゆっくりでいい、自分は不死だからとサタナキアは頬をゆるませた。

 いつの日か、いつの日かで良い。今は王国に主導権を取らせておいて構わない。長い歴史の中で、ずっと支配者気取りでいられる国は無いのだ。いつかは、帝国が世界統治を果たす。

 刹那の期間でもいい。ただ、酒場でイキっていた小さな王グウェンの、手向けとしたい。そして彼の墓標に、「魔王、ここで眠る」とわざとらしく書いてあげるのだ。

 サタナキアは首が三つもある辻馬車に乗った。御者の頭には角が生えている。奴隷制度が無くなり、魔物と人間が共存する王国を通り過ぎていく。

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