第39話 一騎打ち(共鳴)

「俺は紅蓮の傭兵団、グウェン! さあ、力に酔ったモノ同士の喧嘩を始めようじゃないか!」


 崩壊した帝国城。魔剣ブラックバーン・スクアの丸鋸みたいな鳴動音が聞こえる。ツネヒコの目の前にいるのは、魔王のような姿のグウェンだ。常人よりも大きく、丸太のような腕と剣のように生えそろった爪。敵が強く固いほど、ツネヒコの魔剣は切れ味を増すのだ。


「面倒な奴だ! 後悔するなよ!」


 グウェンの腕が振り下ろされる。ヒビ割れた城の廊下を、ぶっ叩く。地面が崩れる中を、ツネヒコは走った。魔剣を携え、肉薄する瞬間に斬り付ける。火花の散る音。グウェンの爪に防がれたが、二度は無い。


「ぐぅ、うあああ!」


 グウェンの爪がいくら固かろうと、魔剣はその上を行く。爪を破壊し、腕を千切り飛ばす。


「甘すぎる! 何が魔王か!」


 そのままグウェンの身体を両断する。黒い身体は二つになったはずが、ひとつに戻っていた。

 耳鳴りがする。魔剣の音ではない。クラりとして瞬きすると、五体満足のグウェンがいた。


「どうした酔っているのか? 俺はここだ!」


 グウェンの掴みかかろうとする指が、ツネヒコの頬をかすめる。擦り傷から血が噴き出て、口まで垂れた。


「妙なことをしやがって!」


 近づいたグウェンを左手で殴りつける。ひるんだグウェンを、魔剣で斬り付ける。弾かれた。先ほどより強い、だが魔剣も切れ味を増す。再び、斬りつけた。グウェンの身体は元に戻る。耳鳴り。


「気分が良いな! ふはは!」

「がっ!」


 グウェンの拳が、ツネヒコの腹にめり込んだ。よろめいて、後退する。


「どうした千鳥足だぞ!」

「ふざけんなよ!」


 離れず追撃しようとするグウェンに、反撃する。魔剣で首に斬り付ける。あっさりと落ちたが、また耳鳴りがした。


「頭が回っていないな! 狂酔か? 君には早いよ!」


 何度やっても、グウェンは戻ってきてしまう。魔剣が斬り付ける度に、高まる音は消えていない。確かに斬っていて、魔剣は強くなっている。

 グウェンの後ろ、銀色のコートを着た女性がいる。長身でグラマラスなサタナキア。彼女の瞳が妖しく光っていた。


「原因はお前だな! 【征服簒奪魔法】アポーツ!」

「うっ……」


 ツネヒコの手から噴出させた触手で、サタナキアを絡めとった。暴れる彼女を抑えるように、触手が動く。タイツ越しのむちりとした足を開かせ、抵抗しようとする腕の自由を奪う。触手の粘液を垂らすと、銀色のコートが溶ける。黒色のブラが見え、何かを仕込んでいないか、探るように触手が荒れ狂う。


「くっ……私をどうにか出来ると思って……うあああんっ!」


 大きく開いた口に、触手を突っ込む。原因となっているだろう能力を吸い上げる。


「むぐうううっ!」


 ツネヒコの中に力が満ちる。解放したサタナキアは息も絶え絶え、その場に倒れる。


「卑怯だぞ、貴様の相手は我だぞ!」


 サタナキアから能力を奪い取って理解した。瞳で見たものの精神を汚染し、本質を作りかえる。サタナキアが見ていたのはグウェンだけで、彼に術をかけていた。奪ったところで、こちらには術は有効には使えない。

 今のグウェンの本質は、魔剣ブラックバーン・スクアと同じ。通用しない相手を、上回ろうとする。


「今、理解したよ。お前は殺せば殺すだけ、固く強大になっていく」

「同じだろう。貴様の剣は固い物に当たれば、より斬れるようになる」

「どっちが頂点を越えられるか、勝負だ! 【決闘隔離魔法】サクリファイス! ここからは一騎打ちだ!」


 サタナキアの術はなくても、グウェンの本質は変わりきっている。

 互いを結界が覆う。逃げ場は無い、ツネヒコは一直線に突っ込んでいく。魔剣が切り裂く、グウェンの身体は再生する。


「はしご酒は無しという訳か! どちらが潰れるかまで! やり合おうではないか!」


 グウェンの身体に一度ぶつけて、切れ味を高めなければならない。その隙をついて、グウェンは攻めてくる。掠っただけで皮膚が切り裂かれるのを必死で避け、返しの刃で両断する。

 耳鳴りはグウェンの身体から発する。硬質化する鉱石のような皮膚の軋みだ。魔剣の鳴動音と似ていて、互いの音波が重なっていく。頭をかきむしりたくなるような、酷い音が共鳴する。

 

「一刻も早く、貴様を倒してやる――信じているぞチコリ」


 チコリの作った魔剣ブラックバーン・スクアが、どれだけ切れ味を上げ続けられるか。

 グウェンの身体がどれだけ再生を続けられるか。頂点を振り切る勝負だ。

 結界の中の残響音が、地鳴りまでも引き起こした。



◇◆◇


 もう何回目だろうか。弾かれた魔剣が、崩壊した帝国城の床を少し擦った。ぴしりとした音が鳴り、帝国の城が完全に崩壊した。結界が解除され、ツネヒコはグウェンと共に抜けた床から落ちていく。

 ツネヒコは地面に着地した。その際、切っ先が土に触れた。その衝撃で地面が何キロに渡って割れた。割れ目から間欠泉が勢いよく噴き出す。凄まじい切れ味だ。

 何日か経っていたのだろうか。ツネヒコは振り返る。城前の戦闘は終わっていて、魔物は駆逐されている。灰色の琥珀団の仲間達が、キャンプをしていた。今は早朝で、皆は眠っているのが見えた。

 サタナキアはどこにもいない。


「はぁ……はぁ……もう終わらせようグウェン」

「ツネヒコ。私は気分が良いのだ。お前が殺してくれるごとに、俺は最強になっていく! 矮小な煽り屋ではない。我は陶然と酔いしれる、魔王なり。もっと、もっとだ! もっと俺を力に酔わせてくれ! 頂点を越えさせてみよ!」


 目の前のグウェンに、降り注ぐ瓦礫が当たる。城の破片は巨大だが、グウェンの頭に当たった途端に粉となった。

 頂点を越えた魔王に、ツネヒコは斬り付ける。近づく必要は無かった。ただ振るえば斬撃がソニックブームのように飛ぶ。振動の力が、周りを破砕しながら飛ぶ。地面を抉り、城の残骸を巻き上げ、真っ直ぐとグウェンを切り刻んだ。翼をもぎとり、四肢を刻み、首を消滅させる。

 グウェンは二度と復活しなかった。

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