第38話 帝国城陥落(奪還)

 予定の時刻になっても、ハトムギ達が戻らなかった。

 帝国城の前の荒野、ツネヒコはソフィーを呼び出す。竜と化した彼女の首に跨る。


「これより帝国城に攻め入る!」


 ハトムギ達の潜入作戦は失敗に終わったに違いない。だったら助けに行く、ツネヒコは決意した。


「手練れのクノイチで失敗するような、罠だらけの根城に無策で突っ込むというの?」


 エジンコートが苦言を呈す。ハトムギが捕まってしまったのなら、敵は更に警戒を強めているだろう。


「ハトムギは命を賭けて、俺達のために行ってくれたんだ。なら俺達はそれに報いなくてどうする」

「ふんっ、ツネヒコならそう言うと思っていたわ。仕方ないわね、付き合ってあげるわ」


 エジンコートはニコリと笑った。彼女の後ろには百人の歩兵が控えている。

 そんな歩兵部隊の集団を迂回するように、小走りにチコリが駆けていた。


「エジンコートばかりに良い恰好をさせないでありますよ! ツネヒコ、どうぞワシらも使ってくださいであります! 地獄の果てまで共に参りますでありますよ」

「ありがとう。今回は陽動を頼みたい。地上と空、両面から攻めるんだ」


 無数の竜の咆哮が轟いた。シム達、エルフが駆るランドドラゴンが長い体躯を立ちあがらせたのだ。あの魔物たちも領域にあてられて、覚醒しているのだろう。


「突撃隊はお任せください。この子達もヤル気ですわ」

「頼もしいね。走りたくてウズウズしているって、言ってるよ」


 ソフィーはランドドラゴンの言葉が分かるのだろう。竜同士の喉の鳴らしあいで、コミュニケーションを取っているように見えた。


「よし、灰色の琥珀団、出撃!」


 ツネヒコは竜の背で、剣を抜いた。真っ黒な魔剣が暁を反射する。



◇◆◇


 帝国城の防衛部隊。沢山の種族の魔物。その中でも最も巨大なのは、四足のベヒーモスだ。人の頭を十は一噛みで喰らいこめるだろう。その角は攻城兵器のように立派だ。

 そのベヒーモスの三分の一に満たない身体ながらも喰らいつく、魔物がいた。エルフの率いるランドドラゴンだ。小さな闘争心を震わせ、烈火の如く邁進する。ベヒーモスの爪が身体を掠めて、脇腹から血を噴き出そうとも懐へと潜り込む。大柄な魔物は、至近距離では動きが鈍い。ランドドラゴンは俊敏に喉元に食らいつき、背に乗ったエルフが槍をベヒーモスの心臓へ突き入れるのだ。

 

「善戦しているようね」


 遥か空高く飛ぶ、ドラゴンのソフィーが呟く。跨るツネヒコも、心配などしていなかった。彼女達なら、もし正面からでも城を落とせるだろう。


「当然だろう、さあ俺達の仕事だ」


 地上の戦いはベヒーモスを退け、傷ついたランドドラゴンを後ろに下げる。その際は、エジンコート率いる歩兵部隊が盾となる。チコリの支援射撃と共に前線を維持していた。


「いっくよー!」


 ソフィーは翼を畳み、急降下する。金切り声が聞こえた。眼下の城から、ガーゴイルが飛んでくる。見張りだろう、奴らはコウモリのようにソフィーにまとわりついてくる。


「こいつら! 近寄るな!」


 ツネヒコは剣で追い払おうとするが、リーチが足りない。その時、城から煙が上がった。すぐ煙の中に入り、ツネヒコは視界を奪われた。それはガーゴイルも同じだろう。金切り声が遠ざかっていくのを感じた。


「ハトムギの仕込みだ! 時間通りだよ!」

「あいつら! やることはやったわけか!」


 対空妨害。ソフィーが安着するための、罠をハトムギは城の正門に仕掛けてくれた。ソフィーにとって、視界は必要ない。

 ごう。という何もかもを破砕する音。爆発では無く、ただ大きい質量が落ちただけだ。ツネヒコの身体は揺さぶられる。すさまじい衝撃に、ソフィーの首根っこを捕まえながら耐える。

 やり過ぎだ。竜になってから、何もかもが力任せ過ぎる。

 ソフィーは城の上空にそのまま着地したのだ。城の屋根を軽く踏み潰して、瓦礫で圧潰させる。半分の建物が崩壊。ソフィーの身体の殆どは埋まった。


「みーつけた!」


 ソフィーは何ともないようだ。ツネヒコは頭を抑えながら、目を開ける。前にあるのは謎の黒い部屋。それが触手で作られていることに、気づいた。部屋の中心にいるのは、まるで魔王だ。


「ハハハ! グレモリーよりもハチャメチャだな! 君達は!」


 その声は、グウェンだ。筋骨隆々な真っ黒な身体に、悪魔のような翼。彼は魔王のようになっていた。恐らく覚醒し、最強の戦闘能力を得ているのだろう。

身体中から触手を生やし、それはハトムギ達七人のクノイチを捕えていた。

 彼女達に意識は無いようで、衣服はボロボロになっている。大事な部分を隠すように、蠢く触手が舐めまさぐっている。


「グウェン! 俺達の仲間を返して貰うぞ!」

「分かっているのかな、ツネヒコ! 頭を垂れて、首を差し出せ! こいつらは人質だ!」

「貴様! 卑怯だぞ!」

「卑怯で結構! 貴様の命と交換だ」


 触手はハトムギ達をがっちりと捕えている。剣で斬って助ける前に、握り潰されてしまうだろう。


「それでも戦士たちを率いる傭兵隊長のつもりなの? 恥を知りなよ!」


 今にも炎を吐きそうな、ソフィーの首をツネヒコは撫でる。撫でながらも油断なく、ツネヒコはグウェンの血走った眼を見た。


「グウェン、条件を突き付けるのは俺の方だ」

「なんだと! こいつらを助けたくはないのか!」


 ツネヒコは魔力を発動させる。女神から渡された魔法の中、絶対に使うなと言われた禁断の術だ。


「【戦術殲滅魔法】イヴァポレーション! 命乞いをするのはお前だ!」


 チリチリと火の粉が舞う。それはツネヒコの右手首が降り落ちてくる。火の粉はどんどん集まり、マグマを溶かしたような球体になった。球体は周囲の水分を吸い取るように、膨張していく。湿った荒野の土が、乾燥してサラサラと風に流れる。やがて砂嵐が吹き荒れてくる。その間も、球体は膨張する。竜よりも大きく、城よりも巨大に。空にある暁色の太陽を覆い尽くすように。


「な、なんだそれは! この量の魔力など聞いたことがない! 領域にすら収まらないような何かが……! ひ、ひぃいい!」


 グウェンは両の手で顔を覆い、守るように身体を縮ませていた。


「分かるだろう。この魔法を俺が発動すれば、お前どころではない。この大陸全部が吹き飛ぶ。まずはハトムギ達を解放してもらおうか!」

「わ、分かりました……」


 グウェンは触手を伸ばして近づけてから、ハトムギ達七人を解放した。


「ごめんな、ソフィー。怖かったか」

「ううん、ツネヒコを信じていたから」

「ありがとう。ハトムギ達を連れて、先に戻っていてくれ」


 ツネヒコはソフィーから降りた。魔法は準備体制のまま、右腕は掲げたままだ。


「うん、任せて」


 ソフィーは半裸のクノイチを大きな腕で優しくツマミ、城から飛び去っていった。


「……さて、グウェン。力の差が分かっただろう。お前はさっき、なんて言った? 命を差し出せ? そうか、じゃあ差し出して貰おうか。お前の命を」

「あ……ああ……」


 ツネヒコが言い放つと、グウェンはピクリとした。ガタガタと震えている、額に浮き出た冷や汗はツネヒコの魔法によってすぐ蒸発する。


「――高貴な血が、なんてザマです? グウェン・ランカスター」


 どこからか女の声が聞こえてきた。この声は知っている、瓦礫と化した帝国の街でもグウェンを援護した得体の知れない奴だ。ツネヒコは身構える。


「――また弱い自分をさらけ出すのですか? 酒場で酔って煽っては殴られて、隅でガタガタと震えている軟弱者に戻るのですか?」

「違う……俺は力を……手に入れた……支配者になるために……」


 震えるグウェンの背後に、ランタンのように淡い光が瞬いた。それは銀色のコートを着た女性を顕現させた。幻では無く、はっきりとツネヒコには見えた。まずい、追い詰められたグウェンを再び奮い立たせては厄介だ。


「ふふっ、ひとつアドバイスですよ。禁術は使えないから、禁術なのですよ」

「そうか……そうだ! 奴はひとりじゃない! 仲間がいる! ぜったいに使えるはずがないんだ!」


 サタナキアが、グウェンの肩に触れる。すると臆病だった魔王は、すぐさまツネヒコに向かって突撃してきた。


「クソが!」


 ツネヒコはせっかく練り上げた魔法を霧散させる。バレた通りだ、仲間を犠牲にしてしまう。【決闘隔離魔法】でも、この強大な禁術を防げるか分からなかった。なら使う訳にはいかない。

 ツネヒコは魔剣を引き抜く。刀身に、魔王の固い爪が触れた。つばぜり合いが起こるのは一瞬、すぐにお互いに弾かれた。


「ツネヒコ! 俺は紅蓮の傭兵団のグウェン! さあ、力に酔ったモノ同士の喧嘩をしようじゃないか!」


 十歩だ。十歩進めば、お互いに密着できるほどの距離にいる。

魔剣ブラックバーン・スクアが強大なモノにぶち当たり、それを上回れと。丸鋸のような唸り声を上げ始めた。

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