第35話 魔王城を目指して(森羅)

「あのぅ、それがしも付いていってよいのでござろうか?」


 廃虚の街を行く灰色の琥珀団に、おずおずとハトムギ達七人のクノイチがついてくる。彼女たちが伝令の役割をしていてくれたから、ツネヒコは仲間と出会えた。

 ツネヒコは優しい口調で話しかける。


「約束しただろう。俺がお前達の主君に薬を作ってやるから、仲間になれってさ」

「うえ!? こいつら裏切り者を連れていくっての!?」


 エジンコートがハトムギに指を差す。


「裏切り者って、お前が言うなでありますよ!」


 小さなチコリが腕を組みながら言うと、エジンコートの「ぐっ……」と呻いた。


「仲間が増えるのは歓迎だよ、これからよろしくね!」


 敵に捕まったソフィーがニコやかに言うのだ、誰も文句はないだろう。


「ハトムギ、ランドドラゴンに乗りますか?」


 シムが馬車へと招く。壊れた分は完全に修復してあり、ドワーフ製の機械蜘蛛もある。全員が乗るには十分な数あった。

ガタガタとした瓦礫が散乱する街も終わり、車輪をある程度は回しやすそうな森が見えた。


「かたじけない」


 ハトムギ達は馬車へと乗り込んだ。


「ハトムギ、馬車の荷物からビンを持ってきてくれ」

「はいでござる」


 馬車内からビンが投げられたのでツネヒコキャッチする。手に魔法陣を出現させ、ツネヒコはエリゴスの毒液を出す。毒も薄めれば薬になる。どろりと白濁とした液体をビンに詰め、蓋をしてハトムギに渡した。


「薬を渡しておくよ。心配するな、エリゴスが使ったことのある毒成分の比率は完全にコピーしている。きっと効くはずだ」

「かたじけないでござる!」


 ハトムギは甲高い指笛を吹いた。やまびこのように、空からピー! と返される。一匹の鳩が舞い降りて、ハトムギの手に止まった。その鳩は小さなリュックを背負っていて、そこにハトムギはビンと手紙を詰めて離した。鳩は再び、空へと舞い上がっていく。

 伝書鳩なのだろう。鳥はヒガシヤストラという異国へと飛んでいった。


「うわー可愛い! 頑張ってねー!」


 ソフィーは無邪気に空へと手を振る。

 灰色の琥珀団はここからランドドラゴンの馬車群を駆使して、帝国の城へと向かう。街の外に鬱蒼とした森があったのだろうか、ツネヒコは疑問に思った。

 くすんだ色の葉っぱをつける木の幹は太く、無数の蔦が絡みついていた。いつの間にか霧が立ち込め、空が見えなくなる。足早に進む馬車からツネヒコは顔を出して、後ろを確認する。通り過ぎた街は見えなくなっていた。

 視線を前に戻すと、前方に毒々しい赤紫色の大樹が見えた。幹にへばりついた蔦は赤黒く、うねうねと動いていた。馬車群は大きく迂回するようにして通り過ぎる。


「気持ちが悪い、なんだあれは」

「来た時はあんなものは無かったでござる。そもそもこんなに深い森は……」


 ツネヒコの疑問に、ハトムギは口ごもる。馬車は暫く走って、再び赤紫色の大樹が見えた。もう一本あるのかと思ったが、スルーした。しかし、また暫くすると同じ大樹が現れた。


「同じ所を回っていないか……」

「ランドドラゴン達の走りにズレはありませんわ。この子達は真っ直ぐ走っていますわ」


 シムは否定するように言った。大地には確かに車輪の跡も無い。

 ツネヒコの隣にいるソフィーが、身を震わせた。


「領域が出来ている……胸の奥がじんわりとするよ」

「それって、グレモリーの言っていた特別な大気のことか」


 封印されていた魔物達が活性化する領域。それが満ちているからソフィーも力を発揮できるのだ


「うん、大地の領域がいつもより濃くなっている。グウェンの仕業かもしれない」

「あいつ、時間稼ぎをしたいようなことを言っていたな。妙な術を使いやがる」

「まるで迷いの森でござる」


 ハトムギが口を開いた。まるで幻術でもこの森にかけられているようだ。ツネヒコは問い返す。


「迷いの森?」

「それがしの国では、このような幻を使って城を隠すのでござる。任せてもらいたい、このような術は慣れているでござる」


 ハトムギと七人のクノイチは馬車を飛び出した。軽業師のような身のこなし、木々の枝に着地する。


「おい、何をするつもりだ。高いところから、道を探すのか」

「違うでござる。たとえ空から道を見ても、地上からとは別の景色が見えるでござるよ」

「だったら何を……」

「ニンポー、白無垢過敏!」


 ハトムギ達は両の指をそれぞれ絡ませ、祈るように印を結んでいた。特に劇的に何かが変わったわけでは無いが、彼女達は自信ありげに指を同じ方向に差した。


「こっちでござる!」


 馬車群は彼女達に付いていく。前前後後左右左右。滅茶苦茶なルートだったが、やがて赤紫色の大樹が見えなくなった。正解の道を引き当てたらしい。


「凄いでありますな! いったいどういうカラクリなんでありますか?」


 チコリが木の上のハトムギ達に問いかける。


「我ら七人の感覚を共有統合し、知覚効果を何倍にも高める術でござるよ。モノの気が見えるでござる。その流れを追っていけばいずれは外に出られるでござろう」

「その割にはこの森は長いでありますな」


 疑問はもっともだ。同じ所を回ってはいないとはいえ、森の奥地へと踏み込んでいく気がする。


「それは領域に満ちているから。ここは実際の森よりもとても深くなっている」

「どういうことだソフィー?」


 ソフィーは覚醒した感覚で分かるのだろう。帝国の大地で、この森だけが特別な事になっているのだ。


「領域によって活性化され、森はどんどん膨張しているの。木と大地が創造されていると言っていいよ。でもそのままだと、領域の薄いところや無いところに干渉して、世界が歪になっちゃう。だから領域内は別次元に隔離されるの」

「なんだそれは……そうか、だからグレモリーは領域の空を飛びたがっていたのか。延々と終わりのない空を!」


 ツネヒコは納得した。グレモリーの気持ちが分かった。空はどこでも一緒ではない。領域に満たされた空は無限なのだ。文字通りにどこまでも続く、地上の諍いなど彼女は気にも留めないだろう。


「そうだよ、でも大丈夫。ハトムギが感覚を狂わせる術を解いてくれたから、真っ直ぐ走ればいずれ出られる。森が広がる速度よりもランドドラゴンの方が早いから」


 常に膨張を続ける、途方もない空間。まるで宇宙のようじゃ無いか。ツネヒコは身震いした。

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