第36話 永遠(眼前)

 迷いの森を突っ走る馬車群、灰色の琥珀団は真っ直ぐに突き進む。先導をするのはハトムギ率いるクノイチ達。彼女たちがニンポーによる研ぎ澄まされた感覚で道案内をしてくれる。


「前方に何か気配を感じるでござる」


 木の上を猿のように飛ぶハトムギが警告する。馬車の中からツネヒコは顔を覗かせる。霧の濃い森の中。ここには生命が息づいている感覚は無かった。虫ひとついない気がする。


「敵か?」

「ぬぅ……確かめるでござる」


 ハトムギは短刀を抜き、木から飛び降りて霧の中へ。赤い火花が散った。硬い物同士がぶつかったのだ。靄を引き裂き、ハトムギが飛んで逃げてくる。ツネヒコの目にも何者かが見えた時、それは馬に乗った騎士の姿をしていた。

 騎士は既に首が無かった。ハトムギが落とした訳ではない、最初から首が無いのだ。その証拠に、騎士は血を滴らせていなかったし、鎧の中身も無かった。デュラハン、そういう類なのだろう。


「首なし騎士か!」


 デュラハンはこちらへ走ってくる。剣を抜いて、顔も無いのに殺気を放っている。近寄ったデュラハンは強靭な腕に吹き飛ばされた。ソフィーの竜の腕か。


「大丈夫?」


 デュラハンは吹き飛び、地面を転がっては闇に溶けるようにいなくなった。


「さすがソフィーだ。地上を進むのは危険か」


 そこかしこから殺気を感じた。馬車群に並走するように、首なし騎士のガチャガチャという鎧の音が聞こえる。


「各個撃破するでござる! ものども、続け!」


 ハトムギ達七人が霧の中へ飛び込み、群がるようにして首なし騎士を転ばした。


「やはり地上はマズイな、ソフィー空にはいけないのか」

「領域があるから、外の空にはいけない。いけるのはここの空だけ――いや、待って」


 ソフィーは馬車の外へ身を躍らせた。光に包まれ、一瞬で巨大な竜の姿になる。ツネヒコは、ソフィーの背に跨った。


「俺も一緒だ。何かを感じたな」

「うん、この気配はあの子だよ」

「シム! 俺達のいない間の指揮は任せたぞ」

「分かりましたわ、首なし騎士などにランドドラゴンは負けませんわ」


 シムは自慢げだった。地上の覇者である。

 空の覇者であるソフィーは飛翔し、迷いの森の上空に出る。そこも霧のような雲に阻まれていた。太陽も月もないのに薄明りで、目印がなくて平衡感覚が狂う。地面すらも見えない。

 

「何も見えない……」

「うん、でも不安じゃないよツネヒコがいるから」

「俺も同じだ……なにか、上から熱を感じるぞ」


 急に空が赤くなった。ソフィーは反射的に上に向かって火を吹いた。雲の靄が晴れ、砲弾のように巨大な炎が降ってきた。それはソフィーの火とは別物。ソフィーの熱線と交差する。

 地上に向けて放たれた炎は森を焼き尽くし、地上の領域を吹き飛ばした。シム達や馬車は無事、幻から溶けたように、首なし騎士も消え失せる。ただの荒野をランドドラゴンは走っていた。

 空へ向けたソフィーの火が、ある浮遊物体を掠める。それはソフィーに似た姿をしていた。


「久しぶりだな、ソフィー。その姿、やっと自分を取り戻したのだな」

「グレモリー! 元気してた?」


 頂点の竜、ソフィーが覚醒する切っ掛けを作ってくれた彼女がいた。


「ああ、もちろんだ友よ。永遠の空を飛んでいたところだ。ふと、下を見ると邪魔な地上の領域があったのでな吹き飛ばしたのだ。永久は二つもいらないのでな」

「グレモリー、君の空を失くさない約束は守るさ。俺達に協力してくれないか」

「勘違いするなよ、ツネヒコ。貴様らに協力した訳ではない。たまたま我にとって邪魔な物と、貴様にとっての悩みが一致していただけだ。我は自由に飛びたいのでな」


 グレモリーはそう言って、巨大な身体で羽ばたいていく。


「じゃあね、会えて嬉しかった」

「ふっ、ソフィーよ。君の姿を見れて、安心したよ」


 ソフィーが咆哮し、グレモリーが咆哮を返す。そして空へとグレモリーは消えて行った。


「ちぇっ、永遠に変わらない毎日の何がいいんだか」

 

 ソフィーが高度を下げると、地上のエジンコートが愚痴を言うのが聞こえた。


「ワシは永遠にツネヒコの傍にいたいでありますがな」


 そういうチコリの笑顔が見えた。ツネヒコは横目で微笑み返す。

 迷いの森のなくなった荒野、帝国の城が目視できるほどの距離だった。

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