第34話 魔王と竜(ほろよい)
「ソフィー! まったく心配かけやがって……」
「ただいま、ツネヒコ」
竜になったソフィーの洗脳は解け、ツネヒコの腕の中で人の形に戻る。彼女は一糸を纏わぬ姿だったので、ツネヒコはキョドった。
「うわっ! 丸見えじゃないか!」
「はぅわん! ツネヒコのえっち! ちょっと向こう向いていて!」
ツネヒコは慌てて、ソフィーの元から少し離れる。両の手で顔を覆い、指の隙間から彼女を見やる。色白で麗しい肌には、脈々と生命が漲っているかのようにみずみずしい。ソフィーが恥じらいながら、見せる背中はクビレが美しい。ふわりと肩甲骨を隠すような髪は白銀だ。引き締まったお尻を隠すように、垂れる尻尾は鱗が艶めかしく光る。
ソフィーはクルリと一回転した。尻尾が彼女の大事な部分を隠すようにしなる。ぼうっと光が彼女の肉体の内側から立ち昇り、粉のように舞う。輝くパウダーがふりかけられたと時、それらは一瞬で服になった。ソフィーのドレスを形づくり、まるで変身魔法のように着用したのだ。
「一瞬で服を創造するなんて凄いな」
「ツネヒコ、向こう向いててって言ったのに見たでしょ!」
「あ、やっべ!」
「もうっ!」
顔を真っ赤にして怒るソフィーは可愛い。謝りながらもツネヒコは安堵していた、ソフィーがやっと帰ってきたのだと。
「ソフィー……本当にソフィーですわ!」
シムの声だ。振り返れば街の瓦礫を越えて、灰色の琥珀団の仲間たちがやってきた。
「あっはは! カッコよかったよ、ソフィー! 派手に暴れちゃってくれたね」
エジンコートは軽いノリで駆け寄っては、ソフィーの肩を叩く。そんなエジンコートの背中を、チコリが軽く蹴った。
「デリカシーが無いでありますよ、ソフィー殿だって好きに暴れたわけではないですわよ」
「うぅ、ごめんね」
謝るエジンコートに対して、ソフィーは屈託のない笑顔で返した。
「ううん、平気だよ。この身体は全部、私のものだから。そんなことより、また皆に会えてよかった」
「おかえりですわ、ソフィー」
シムと、シムに付き従うランドドラゴンたちも歓迎していた。灰色の琥珀団全員が、ソフィーの帰りを喜んでいた。
「付け焼刃ではグレモリーの代わりには出来ないか! 忌々しい!」
空から声が聞こえた。ハッとしてツネヒコは上を見る。人が空を飛んでいる。中肉中背の身体から黒い翼を生やして、まるで悪魔の使いのように浮かんでいるのだ。彼がきっとグウェンなのだ。
「てめぇが! 親玉か! のこのこと現れやがって!」
元はと言えば、この人間か悪魔か分からない笑みを浮かべているこの男が元凶なのだ。ツネヒコが剣を抜くよりも早く、ソフィーが吼えた。それは竜の咆哮だ。一瞬でまばゆい光に包まれたソフィーは体躯が肥大化し、盛り上がるようにして巨大な竜になった。
「ツネヒコ、乗って!」
「よしきた!」
ツネヒコはすぐさま竜の首に跨る。瞬間、ソフィーは飛び立った。粉塵をあげて、一直線。羽ばたきは最初の一回だけ。加速の勢いでグウェンに突っ込んだ。
「竜ってやつはどいつもこいつも血の気が多くて困るな!」
グウェンの左腕がぶつかる前に破裂した。砕けた肉片が肥大化して集まり、丸太よりも巨大なまるで鈍器。悪魔の左腕となって振るわれた。
ソフィーは真正面から巨大な腕にぶつかる。その腕の太さはソフィーの尻尾と同じくらいはある。
ソフィーの竜の頭と、悪魔の左腕がかち合う。衝撃波が目に見えるほどに、広がっていく。互いに弾かる。悪魔の左腕はだらんと長く、地面へとついた。触れた瞬間、壊れかけた大地が更にひび割れる。あの手が触れただけで地割れを引き起こす。
「大丈夫か、ソフィー!」
「う、うん、問題ないよ」
ソフィーは額を少し切っただけ。頑丈だ。安心してと言う風に、歯を見せて笑った。鋼のように鋭くて、ダイヤモンドのように研ぎ澄まされている。そんな歯にツネヒコは剣をぶつけた。
「くぅああ! ビリビリする! 酒が足りない痺れよりも、もどかしい! 飲み干してやるぞ、竜の血をな!」
ソフィーはグウェンの周りを旋回する。羽音に紛れて、ツネヒコの魔剣がキリキリと鳴き始めた。ソフィーが再びグウェンを正面に捉えた時、風が二度強く吹いた。
羽ばたきによる急加速。悪魔の左腕がムチのようにしなり、目の前に振るわれた。横っつらを殴りつけて、地面に叩きつけるような一撃。
「自分の血でも舐めていろ!」
ツネヒコは魔剣ブラックバーン・スクアを振るう。ソフィーの歯に弾かせて、切れ味を高めた一閃。悪魔の左腕にある肘らしき部分を両断した。
「ぐううっ! 俺の血は高貴だぞ!」
動きの鈍った悪魔の左腕を根元から、千切り抜くようにソフィーの顎が噛んだ。肉がひしゃげる音がして、グウェンの左腕がなくなった。
「まっず!」
ソフィーはブンと、咥えた腕を投げる。巨大な腕は遠くへと飛んでいった。
「はっはっは……まだ宵の口。酔い始めたばかりさ」
グウェンは汗ひとつかいていなかった。何もないはずの左肩が盛り上がり、なくなった左腕が生えた。巨大な触手のような腕、それは二本あった。
「このしぶとい奴めが。ソフィー、あいつを丸呑みにできるか?」
「えー、やだマズイもん」
ソフィーは大きな首をぶんぶんと振った。
「ソフィーと言ったな。貴様のように私も覚醒が必要なようだ。まだ俺の血は、満足に酔えていない――サタナキア!」
グウェンの千切った腕が飛んでいった方向。直撃して崩れた建物から、誰かが出て来たのが見えた。白銀のコートを着込む、長身の女性だ。彼女の声は離れているのに、耳元で囁かれるように間近に聞こえた。
「ふあ~あ……!」
サタナキアは開口一番、大きなあくびをした。それが耳元で響いて、ツネヒコは拍子抜けしてソフィーから落ちそうになった。
「サタナキア! おねむの時間は終わりだ、帰るぞ」
「はい、グウェン。魔王城へですね」
「待てよ!」
振り返ったグウェンをツネヒコは呼び止める。ソフィーが炎を吐き出す。業炎の放射が直撃するように見えたが、グウェンの翼の羽ばたきで掻き消された。
「ふふ……君達を砕かねばならぬ好敵手と認めよう。だがな、しとどに酔うまでは待ってもらおうか。その方が、きっと互いに気持ちが良い」
グウェンは笑い声と共に、高速であっという間に飛んでいってしまった。向こうに行くというよりも消えるに近くて、ソフィーも追う事は出来なかった。
眠そうなサタナキアという女性もいない。血の匂いがむせるように、大気中に残っていた。
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