第32話 地下牢(地獄)
街にある軍の司令部、その地下牢。目の前には誰もいない鉄格子、天井から下がる鎖はまだヌメっていた。ハトムギは空っぽな牢を見つめていた。
「だ、誰でござるか!?」
後ろから声をかけられた。同じクノイチ装束、目を見開いている。
「ハトムギ……」
「同じ顔でござるか! 曲者! 曲者でござる!」
「ソフィーはどこにいる?」
ハトムギの顔が崩れた。ひっついていたニンポーの葉っぱがサラサラと落ちる。元のツネヒコの顔と身体に戻る。
オリジナルのハトムギは素っ頓狂な顔をしていた。
「ひぎゃああ! バケモノでござる!」
「お前の術と一緒だろ! てめぇの部下から奪ったんだよ!」
「ニンポー、影分身の術でござる!」
ハトムギが大量に現れた。見た目が一緒のコピーで、本物を隠して逃げるつもりだろうがそうはいかない。本物には気というか、命の流れを感じる。それはニンポーを奪ったからこそ分かる。
ツネヒコは迷うことなく、本物の首を掴んだ。
「がっ……!」
「ニンポーは効かん。さっさと教えろ、ソフィーはどこだ」
「うぅ……知らないでござる」
ハトムギの首を強く絞めた。彼女はくぐもった声で呻いた。
「ひとりで潜入してくるとは見上げた根性でやんす!」
天井から砲撃音。ツネヒコはハトムギから手を離した。すぐさま床が爆発した。ツネヒコは跳躍して避けたが、ハトムギは直撃して吹き飛ばされていた。
「きゃあ!」
「この音、あのイモムシ野郎か!」
天井からズルズルと細長い身体に、無数の砲門を生やした化物が降りてきた。
「いかにでもやんす。我は砲兵の極点、エリゴスでやんす!」
「ソフィーの場所を吐いて貰おうか」
「ソフィー? ああ、あの角付きの少女でやんすな。たっぷり可愛がってやったでやんすよ。我の体液を注ぎ込んでやったらヒイヒイ泣いてて、可愛かったでやんすなあ」
ツネヒコは魔剣を鞘から抜き次第ブン投げた。薄暗い天井から悲鳴がして、エリゴスが落ちて来た。
「ぐぎゃあ!」
エリゴスは傷口から緑の血液を流す。ビクついた身体から砲撃をしてくる。既に奴の身体は半分で、弾幕は右側が薄い。ツネヒコは回り込んで、刺さっている魔剣を手に持つ。
「身体が足りないじゃねえか!」
「は、早いでやんす……ぐぅ!」
ツネヒコは刺さっている魔剣をぐりぐりと動かした。エリゴスの身体が更にのたうつ。
「貴様、ソフィーに何をした!」
「ぐがああ!」
緑色の血を吐き、イモムシは人間のように悲鳴をあげる。気色悪いやつだ。
急にツネヒコの腰が重くなった。ハトムギにしがみつかれた。ボロボロでシノビ服はところどころ破けていた。
「だめ! 殺しちゃダメでござる!」
「邪魔をするな!」
「嫌でござる! そやつの体液が無ければ、我が主君は……主君は……」
ハトムギの部下を屈服させた時もそうだった。彼女達は遠い自国の姫を気にかけていた。
不治の病を持つ主君を治す為に、帝国まで来て傭兵をしている。エリゴスの体液が薬になるという。そう彼女達は言っていたが本当だろうか。
哀れだと同情する気にツネヒコはなったが、邪魔はされたくはなかった。
「貴様から殺してやろうか!」
「構わないでござる! この命、主君のためならば喜んで差し出す覚悟でござらん!」
「なぜそうまでして命を賭ける……? 所詮はただの為政者だろうに」
「違うでござる。我が主君はお優しい方。孤児だった私達を拾い、城に住まわせてくれたのでござる! この命は主君のお蔭でござる! ならば主君に命を捧げることで、恩に報いることに躊躇いがござろうか!」
ハトムギの目は本気だった。その力強い瞳に、ツネヒコは気圧された。
エリゴスに刺した剣が緩んで、肉から外れた。
「ふははっ! チャンスでやんす! ゴエティア解放! 地獄侯爵五十炎筒!」
エリゴスの傷口から緑色の霧が噴出された。視界が防がれ、じんわりとエリゴスの身体が再び現れたとき、それは巨大な棺のような姿になっていた。死体入れの蓋には五十もの砲身が生えている。爆音が地獄から鳴る呻き声のように聞こえる。
ハトムギもろともツネヒコは砲撃された。
「きゃああ!」
「役に立ったでやんすよハトムギ! 主君より先に地獄へ行くでやんす!」
「――くだらんな、不意打ちしか出来ないとは」
「な……」
【決闘隔離魔法】サクリファイス。二人分の障壁で、ツネヒコはハトムギを守った。立て続けの砲撃をまったく通さない。
「な、なんで庇ったのでござるか?」
「薬があればいいんだろう? だったら俺の傭兵団に協力しろ。エリゴスの能力は俺が奪ってやろう」
「な……!」
「お前もあんなイモムシに従いたくないだろ? 帝国に愛想がついているだろう。だったら契約しろ!」
「い、いいのでござるか?」
ハトムギの返答に、ツネヒコは首肯して返す。
「ふざけるなでやんす! 能力を奪う? そんなこと出来るわけないでやんす! しねしね!」
ツネヒコは【簒奪服従魔法】の触手を噴出させる。エリゴスの棺に巻き付く。ゴエティアとやらを引き抜くと、エリゴスはイモムシに戻る。
「ひぎゃああ! なにこの気持ちでやんす! 気持ちいいような痛いような不思議な気持ちでやんす!」
酷い絵だ。触手がイモムシに絡みあってはヌメヌメしている。まるでウナギの交尾だ。しかし、ハトムギに約束した手前、やめるわけにはいかない。
全ての能力を奪った後で、エリゴスを魔剣で両断した。汚らしい断末魔が地下牢に響いた時、天井が崩壊した。地上の陽光が漏れる。地面を抉った、正体が見えた。
それはドラゴン。鋸のような歯と、巨大な角。それはグレモリーに似ていた。竜はそのまま咆哮では無く、人間の言葉を話した。
「ツネヒコ……」
その声は聞き覚えがあった。竜の姿に覚えはないが、その角は確かに彼女のものだ。思わずツネヒコは叫ぶ。
「ソフィー!? ソフィーなのか!」
竜は返答の代わりに、灼熱の息吹をもたらした。地下牢が業炎に包まれ、辺りは地獄と化した。
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