第31話 逆転世界(潜入)
「てめぇ、どこに目をつけてんだニンゲンが!」
帝国の街中、一つ目の巨人に撥ね飛ばされた。ブヨブヨとした巨大な腹、邪魔くさいのはどちらだろうか。
「すいません……」
「気を付けろ! まったく、ニンゲンをいつまで野放しにしているつもりだ……ここはもう魔物の国だというのに」
巨人はブツブツと言いながら、大通りを行く。三メートルはあろうかという巨人が闊歩できるほど、この街の通りは大きかった。人よりも魔物が多い。辺りを見るだけで、斬ってしまいたいとツネヒコは思う。
「ソフィー……どこにいるんだ」
敵にさらわれたのは自分のミスだ。ソフィーの傍を離れたから。
ツネヒコはどうしようもない感情を剣に乗せたかったが、ぐっとこらえる。ボロのマントを羽織って顔と身体を隠す。捕虜はこの街の何処かに運ばれているはずだ。
情報があるといえばギルドハウス兼酒場だ。ツネヒコは受付嬢に問いかける。
「おい、ヒガシヤストラの傭兵を知っているか」
「ニンゲンの傭兵が、ニンゲンを探している? 珍しいこともあるものだ」
よく見ると、受付嬢には目が三つもあった。ギルドハウスもおかしい、遥かに大きくて酒場のカウンターにある椅子は代償様々だ。
「魔物……」
「ニンゲンに寄越す仕事などない。それとも我らの胃袋に収まるか……フフ」
「遠慮するよ」
ツネヒコは受付から離れる。なんてことだ。この前の戦闘で人間を見ない理由が分かった。
「そこの人間、探し物かな?」
小さなテーブルから手招きをされた。このギルドハウスにあった唯一の人間サイズの椅子。そこにいるのは、ツネヒコと同じようなマントを纏った老人だった。
「あなたは……?」
「同じ人間……いや、同じ人間にこんな質問をするのもおかしい話であるがな」
ツネヒコは老人と同じ席につく。目の前にはただの水、老人は口をつけた。
「帝国はどうしたんだ」
「魔物が主役になったのじゃよ。戦争の初期では人間も一緒になって戦っていたが、今は魔物が殆どじゃ。国防に役に立たたない種族が、街の中央を歩けるわけもなかろう」
ツネヒコは酒場のカウンターを見やる。巨大な椅子に、人間じゃない六脚の魔物。それに給仕するのは、バニー服を着た女の子達だった。彼女たちは大きな胸に自分の等身ほどあるグラスを押しつけて、巨大な酒を運んでいる。
王国とは真逆だなとツネヒコは思う。人間が他種族を奴隷にしていた。ここじゃ、人間が奴隷だ。
「人間の敗北だね」
「じゃが、まだ人間が帝王をしている。それも時間の問題じゃが。紅蓮の傭兵団、団長のグウェンが軍事を取り仕切っている。奴が次期の帝王となるじゃろう」
「そいつは人間じゃないのか」
「奴こそ、伝説に聞く魔王だよ……」
「魔王……いや、今はどうでもいいな。聞きたいことがある。ヒガシヤストラの傭兵を知らないか?」
ツネヒコが探すのはひとり、大切な仲間だけだ。
「唯一、現存している人間だけの傭兵じゃ。異国の者はニンポーという不思議な力を使う、だから闇の任務で重用されているのじゃろうな。そやつを探しているのか?」
「ああ、このギルドハウスにはいないのか」
「まさか! 彼女たちは闇に生きる者。表の世界には出てはこん。――会いたいというならトーピード教会へ行け」
「トーピード教会……分かった、ありがとう」
老人から細かい場所を聞いて、地図を書いてもらった。
「いけ、人間の矜持を忘れなきよう。異国の傭兵と肩を並べるもよかろう」
「共闘したいわけじゃないよ。あんたはどうすんだ?」
「ワシもまだ傭兵のつもりじゃ。いま、そこまで王国の傭兵が攻めてきておる。ワシもそこへ行く。人間の席などないが、それでもワシは生涯現役じゃ。恐らく、味方に踏み潰される確率のが高いじゃろうが、死ぬ時まで他人の血の匂いを嗅いでいたいのじゃ」
老人の薄い色の瞳は、静かに輝いていた。注文を取りにこないのだろう、彼はただの水を飲み干した。
ツネヒコはもう一度お礼を言って、席を立った。あの老人には感謝しているが、他人の未来を気にしているほど余裕は無かった。
灰色の琥珀団はこの街の城壁から離れた所。落とした拠点の場所にいる。まだ拮抗状態を維持するように言ってある。しばらく戦いは起きないだろう。
◇◆◇
人間だけが通れるような狭い路地裏を抜ける。街の外れ、下水道の匂いがする。崩れかけた教会に、ツネヒコは入った。中には誰もいない。ステンドグラスの輝きが床を照らしていた。
「何者だ……」
どこからか声が聞こえる。いや、天井だ。天井の梁に人の気配がする。
ツネヒコは顔を隠した布を取る。
「覚えがあるだろ。この前は世話になったな、灰色の琥珀団のツネヒコだ」
彼女達は天井から降りて来た。クノイチらしい身のこなしと際どい衣装。それは六人、ひとり足りない。肝心のハトムギがいなかった。
「ツネヒコ……敵同士よ。何の用なの?」
「お前らは話し方、普通なんだな」
「ふざけているの!」
「ふざけてないさ! ハトムギは何処にいる、奴はソフィーをさらった!」
「言うとでも?」
クノイチ達は、クナイを構える。ヒガシヤストラ、それは日本のような所なのだろうか。
「今の俺は気が立っている! ソフィーの場所を吐かないのなら、贖わせてやる! 【簒奪服従魔法】アポーツ! 貴様らのニンポーとやらを盗んでやる!」
ツネヒコは腕から無数の触手を飛ばした。ヌルヌルとした先から、粘液を飛ばす。クノイチとしての素早さが発揮される前に、ベトベトした液体で動きを封じた。
「ひゃあ!」
「なにこれネチャネチャして動けない!」
鈍ったクノイチ達を触手が絡めとる。手ごころを加えない、締め付け。華奢な彼女達の身体が歪む。悲鳴をあげる口に、次々に触手をぶちこんでは無理矢理に吸収する。
「むぐぐううっ!」
触手の脈動と共に、クノイチ達の身体が跳ねた。
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