第30話 人質(グウェン)

 帝国領の街、ここは四天王を投入して陥落した拠点が目と鼻の先にある。グウェンは街にある基地の司令室に腰掛け、報告を聞いた。


「四天王を全員投入したのだ、灰色の琥珀団を皆殺しにできたのであろうな、エリゴスよ」


 広い指令室の床でとぐろを巻く、巨大なイモムシ。目の前で虫の頭をウネウネとさせていて鬱陶しい。


「そ、それがでやんす……一人も殺せてないでやんす。あと、ひとりいないんで三天王でやんす」

「ほう、これだけの布陣で戦果はゼロだと? ふざけるのも大概にしろよ。他の奴らはどうした、なぜ顔を見せない?」


 グウェンはイライラとして席を立った。目の前のイモムシの前に立つ。エリゴスは敬意を払うように頭を下げた。


「ブエルは戦死したでやんす」

「ふんっ!」


 グウェンはエリゴスの顔を思い切り殴りつけた。ブヨブヨとした虫の感触が、柔らかく手に帰ってくる。エリゴスのよく分からない表情が歪んだ。


「にぎゃあでやんす!」

「ふざけんな! あれだけ復讐にこだわっていたのに、クソ無能め! 顔の傷なんかに固執するからこうなる!」


 人の顔をしていた馬の化物だ。下手にイケメンで、自分の顔に自信を持っていたから足元をすくわれたに決まっている。


「あと、バフォメット・ゴートも死んだでやんす!」

「ふんっ!」


 もう一度エリゴスを殴った。さっきは右の頬で、今度は左の頬だ。歪んだイモムシの顔が、二度の殴打で戻った気がする。ウネウネとした身体をビクつかせて、気持ち悪くエリゴスは身悶えている。


「にぎゃあ!」

「ふざけんな! 片腕がないからこうなる! 結局のところグレモリーが裏切るからじゃねえか、あのクソドラゴン!」

「いや、バフォメットは錬金術で腕を精製できるので、片腕はハンデにならないでやんす」

「抗弁するな!」

「は、はいでやんす」


 腕を作成できるからなんだろうか。無い片腕を錬金術でフォローしようと固執していたに違いない。


「それで、これで報告は全部か?」

「いいニュースがあるでやんす! 砲兵の極点、このエリゴスは生きているでやんす!」

「ふんっ!」

「にぎゃあっ! な、なんで殴るでやんすか!」


 前の二発よりも激しく殴りつけてやった。ウネウネのビクビクが増して、もうエリゴスはムシの息だ。


「なんとなくムカついたからだ。貴様だけ何をおめおめと生き延びているんだ! 差し違えても奴らを倒してこい!」

「無茶を言わないでくれでやんす……ま、まだ最後にひとつ報告があるでやんす。グウェン様の命令通り、紛れ込ませておいたハトムギが一人捕虜を捕まえたでやんす」

「ほう、あのクノイチはよくやるものだ。三天王と違ってな」

「う、ぬぅ……地下牢に繋いでいるでやんす、こちらへ」


 異国の傭兵が一番役に立つとは、予想外だがグウェンは口元を緩ませた。ウネウネとしたエリゴスに付いていく。


「サタナキア」

「はい、お傍に……」

「俺の代わりに指令室で座ってい……って、もう座っているし。いつの間に」


 グウェンが振り返ると、銀色コートのサタナキアは机に頬杖をついてウトウトしていた。


「私はいつでも、あなたのお傍に……傍にいるだけです」

「はいはい、それでいいから。そこで寝ていろ」

 

 サタナキアは満足したように顔を伏せ、本気の寝息を立てていた。




◇◆◇



「うっ……」


 牢屋で手首を縛られ、吊り下げられていたのは華奢な少女。特徴的な角に、太い尻尾が生えている異種族だった。

 グウェンは鉄格子前で控える、ハトムギに声をかける。


「こいつは見たところ魔族らしいが」

「はっ、ソフィーと言うらしいでござる。グレモリーと話していたのは、この少女でござる。バフォメットを蹂躙していた強者でしたので、確保いたした次第でござる」

「ほう、こいつがか。面白い、こいつは魔族と同じだ。グレモリーが目をかける存在、面白い。エリゴス、貴様の体液は特別だ。こいつを調べろ」

「了解でやんす」


 エリゴスは鉄格子の間を、スルスルと入っていく。吊られたソフィーの身体に巻き付いていく。


「うっ……いやぁ!」


 ソフィーが目を覚ました。エリゴスに這いずり回られて、顔をしかめている。エリゴスの虫の頭がクパァと開いて、先割れした舌が出て来た。ソフィーの首筋をペロリと舐める。


「ぺろぺろ……うむ、こやつは封印を逃れた悪魔の末裔でやんすな。帝国を覆う我らの領域にあてられて、力が覚醒しつつあるのでやんすな」

「うぅ……ひゃん! ぬるぬるする……」


 エリゴスの巻き付いた身体の内側から粘液が、ソフィーの身体を汚していく。その液体は服を溶かして、エリゴスのうぞうぞとした皮膚と密着させていく。


「ふふ、良い眺めだ。エリゴス、こいつをグレモリーの代わりとしろ。貴様の感覚麻痺の体液を注入し、我らの傀儡となるよう調教するのだ」

「了解でやんす、ひいひい言わしてやるでやんすよ」


 エリゴスがソフィーの身体を締め上げ、ソフィーの悲鳴が響く。ソフィーの首筋に、エリゴスは噛みついた。


「いやあああ!」


グウェンはニヤリとしたが、ハトムギは視線を反らした。


「よく見ておけハトムギ。エリゴスの体液が注入されるのをな。あの体液は君の主君の薬にもなるのだ。エリゴスから目を離すなよ、貴様はあの気持ちの悪いイモムシを一生をかけて守らねばならぬのだ」

「御意でござる」


 グウェンはハトムギの頭を掴み、強制的に前を向かせた。ハトムギは唇を噛んでいた。

 地下牢にはエリゴスの気色悪い這いずり音と、ソフィーの悲鳴が木霊した。

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