第29話 砲撃合戦(チコリ)

 後方で援護するドワーフ部隊にも、砲撃の音が聞こえた。敵にも大砲のような巨大な質量兵器を扱っているのは分かった。

 敵砲弾は城塞に直撃している。突入したソフィー達が心配だ、チコリは慌てて部隊を急かす。


「こうしてはおれないであります! 我らドワーフの技術が劣る訳にはいかないでありますよ!」


 チコリは部下を鼓舞する。敵が大砲のようなものを持ち出している。だとするとドワーフの鍛冶師として、ものづくりで負けるわけにもいかない。


「ほら、進め進め! ワシらドワーフの力を見せ付けるでありますよ!」


 大砲を牽引する機械蜘蛛達が、軋みをあげて走り始める。チコリとドワーフたちは大砲にかじりつくように貼り付いた。ガシャガシャとスピードを上げて、戦場だった道を通る。

 ブエルを倒し終えたツネヒコとエルフ達が見える。


「チコリ! 今の砲撃は!?」

「敵であります! 反撃のために、この砲台を高台に運ぶでありますよ!」

「了解だ。ソフィーが心配だ、俺とエルフ達はこのまま突入する」


 ツネヒコとシム達と一旦は合流するものの、彼らは城壁内部へ向かった。

 チコリ達の機械蜘蛛は糸のようなワイヤーを射出、城壁上部へと固定する。巻き上げるようにして、垂直に壁を登り始める。

壁の割れ目から、中の様子が見えた。ソフィーとエジンコートの部隊は瓦礫の直撃を受けていた。しかし、強靭な魔力の奔流とも言える力に防がれ、ソフィーとエジンコート歩兵部隊は守られていた。ソフィーの異種族だ。彼女達は大型の獣人になったり、翼が生えたり、尻尾が巨大化したりと、まるで魔物のように変化していた。竜のグレモリーが言っていた、領域内での覚醒なのだろうか。

彼女達の姿に合わせて武器や防具を作るのも楽しそうだなと、チコリは内心考えた。


「よし! 弾道を計算するであります! 敵に反撃を……」


 城壁の最上部へとついた。無理矢理、へりの部分に砲台をのっける。城塞内部の巨大な建物、敵拠点だろうか? そびえる塔の最上部が光った。巨大な砲弾が、一発飛んでくる。

 その攻撃は眼下の仲間の元へ跳んで行く。砲弾は炸裂するように真っ二つになっていた。ツネヒコが剣でぶった斬っていた。さすが伴侶、鍛えた魔剣。チコリはふふんと、鼻を鳴らした。


「反撃であります! 目標、塔の上から下まで折る勢いでファイアであります!」


 チコリの命令で魔弾の大砲がうなりをあげる。衝撃で崩れかけの城壁がグラついて、アンカー代わりの機械蜘蛛が落ちそうになる。轟音が煙となって、視界を惑わせる。黒色の砲弾は放物線を描いて、塔へと直撃した。

 塔の上層部分が崩れるのが見える。思ったよりも頑丈、中からウネウネしている巨大な化物が見えた。それはイモムシのようだった。あれが砲台の主だろう。


「チコリ様! こっちに撃ってきますよ!」

「南南東の風! 仰角60修正であります!」


 イモムシのような巨大生物がキラりと光る。砲弾はチコリ目掛けて飛んできた。ドワーフの大砲も負けじと火を吹く。互いの砲弾は惹かれるように、空中でぶつかって大きな花火となった。

 狙い通り。チコリはすぐさま、携帯している魔銃を構える。魔法の弾をタンと一発、斜めに吹くような風に乗って、その弾道はムシの頭を捉えた。ピギィ! といった音が聞こえた気がした。巨大イモムシは塔から崩れ落ちるようにいなくなった。

 その瞬間、地震のような響きが立て続けに起こる。


「仕留めそこなったであります! 急速落下、大砲を下ろすでありますよ!」


 あのイモムシは地上から、めちゃくちゃに砲弾を放っている。断続的に、無作為に落ちてくる爆発で分かった。

 ドワーフの機械蜘蛛がワイヤーを引っ掛けたまま、崖を転げ落ちるようにして下降する。殆ど落下のように、強引に城塞の内側に降りた。


「危ないぞ、チコリ!」

「すまないであります!」


 大砲をドンと地面に着地させると、ツネヒコに怒られた。


「まあいい。どうやら、敵は錯乱している。【鳥瞰偵察魔法】で見たところ、奴は逃げていく。深追いする必要はない。俺はこのまま、城塞の中枢を抑えるから、皆は安全なところまで後退しろ」


 ツネヒコの命令に、全員が首肯した。瞬間、ツネヒコは直ぐにいなくなった。素早い動きだ。残された皆は、意識不明者を優先でランドラゴンに乗せ、砲撃の来ない安全な城塞の外へと移動する。

 ソフィーも恐らく力を解放したのだろう。気絶していた彼女を、狐耳の少女が抱きかかえた。


「この子は私が運ぶでござるよ」

「助かるであります! 頼むでありますよ」


 恐らくソフィーと同じ異種族であろう。妙な耳と、もふもふの尻尾が生えている。しかし顔つきに覚えがなかった。覚醒すると変わってしまうのだろう。チコリは疑うことなく、彼女の背中を叩いた。すると、何故か手に一枚の葉っぱがついた。


「こうも変わってしまうと、誰が誰だか分からないですわね」


 気絶したエジンコートを抱き起しながら、シムが呟く。ランドドラゴンの背中に、よろめきながらも座る。エジンコートは目を覚ましていた。


「いてて……酷い目に遭った。そこの狐さん、生き延びたら今日は特に辛いカレーを頼むよ」


 こんな状況でもご飯の心配か、チコリは呆れた。あの呆けた頭を気付けに殴ってやろうかと近づく。


「エジンコート、あなたというやつはでありま……」

「か、カレーって何でござるか?」


 狐耳の少女が耳を疑う発言をした。彼女はあからさまな動揺をしていた。もう一枚、葉っぱが何処からか落ちてくる。

 チコリはすぐさま銃を構えた。瞬間、視界が土煙でいっぱいになった。


「ひゃあっ!」


 砲弾がすぐ傍に落ちた。幸い、軽傷だ。すぐに銃を構え直すが、狐耳の少女はいない。ソフィーを抱えたまま、遠くへと走り去っている。もふもふの尻尾と二つの獣耳が、無数の葉っぱになって落ちていく。魔法の類だろうか、化けていた。人間に戻った奴の姿には見覚えがあった。


「ひいいい! もうちょっとで殺されるところでござるよ! エリゴス様の砲撃は飛んでくるし、帝国の傭兵はこりごりでござるよ!」


 一度、灰色の琥珀団を介抱し、その後裏切った帝国の回し者。ハトムギだ。彼女はソフィーと共に砲弾の煙に紛れて見えなくなった。

 視界にいない敵に、銃弾が当たるはずもない。チコリは魔銃を取り落した。

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