第28話 城塞突入(ソフィー)

「ツネヒコ、任せて!」


 ブエルと戦うツネヒコを背に、ソフィーは敵城塞内に突入する。百人のエジンコート歩兵部隊と、仲間の異種族も一緒だ。

 ソフィーに不安は無かった。自分の中に熱がある。着々と覚醒つつある力の脈動だ。


「手厚い歓迎ね、今日は羊カレーにしようよ」


 エジンコートが剣に手をかけて身構えた。城塞内には羊頭の巨大な獣人が、ずらりと待ち構えていた。


「我は歩兵の極点、バフォメット・ゴート! 愚かな人間め、我らのテリトリーに踏み込んだことを後悔するぞい!」

「食べたことないけど、美味しそう。既にあの子、腕いっぽん食われているし」


 バフォメットは隻腕だった。重鎧を着ていて肉体はよく見えないが、既にパクパクされたのだろうか。


「ふざけんなぞい! これは闘争の証だぞい! 我らは己のプライドの為に力を奮う、決して食われた訳ではないぞい!」

「よくわかんないけど、仲間割れして食われたの? バカじゃない? 頭は羊だし、やっぱバカなのかも」


 エジンコートの言葉に、バフォメットは地団太した。キレ散らかしているのがよく分かる。知能はともかく、血の気は多そうだ。


「ぬがああ! ぶち殺すぞい!」

「うわわ! エジンコート、怒らせないで!」

「大丈夫だって、無い右腕側から攻めれば楽勝だって!」


 危機感の無い子だ。戦場に慣れているからだろうか。ソフィーはその背中に心強さを感じつつ、手を地面につけた


「わかった、みんなに任せるよ。でも、あいつらの仲間は万全だから気を付けて!」


 ソフィーと異種族の仲間達は、地面につけた手から力を流し込む。這いまわる電気のようにエジンコート歩兵部隊に纏わりついた。


「ありがとう、任された! とつげき! 斬り伏せろ!」


 エジンコート達は突撃していく。羊の頭に重装の敵モンスターは、巨大な斧を振り下ろしてくる。彼女達を射程範囲に捉え、銀色の刃が食い込む瞬間に弾けた。


「奥義、狼月閃!!」


 エジンコートのスキルをツネヒコが強化、分配した回転斬りだ。絶対の防御性能で剣の届く範囲では相手の得物は機能しない。その構えのまま突っ込んでいくのだ。


「ぐおおお!」


 巨体の敵が呻く。エジンコート達の剣はソフィー達の電撃が纏ってある。敵の斧を弾き、ガラ空きになった胴を薙ぐ。敵の重鎧に火花を散らすが、電撃がそのままダメージを与えている。獣人たちは黒こげになって、横たわっていく。


「中までじっくり火を通してあげるわ、バフォメット!」


 エジンコートは雷が落ちるように、素早くバフォメットの片腕の方に回り込む。斧の攻撃が来ることもなく、エジンコートは雷撃の剣で切り裂いた。


「ぬぐおおお! 人間風情がこんな実力を……まだ、まだぞい!」


 バフォメットは地面に倒れて、のたうち回る。敵も多かったが、百人の歩兵部隊に切り裂かれ、もう誰も残っていない。


「呆気ないね、この程度なの」

「注意して、アイツはまだ諦めていない!」


 剣を仕舞ったエジンコートに、ソフィーは声をかける。バフォメットは黒いオーラを纏っていた。


「我は歩兵の極点、バフォメット・ゴート! ゴエティア解禁! メンデスアルケミスト! 融合して、潰して、潰して、創造するぞい!」


 バフォメットは残っている手を天に掲げる。ゴロゴロと音が鳴る。それは地面を転がるのは大量の石材。それはドワーフの大砲でぶち壊した、城塞の素材だ。砕け散ったはずの石材は、バフォメットの無い腕に集まっていく。それはまるで錬金術のようだった。大量の石材は腕を形づくり、黄金へと変換された。まるで煌びやかな騎士のような宝石のついたガントレットになる。それは巨大で、バフォメットの三倍の長さがあった。


「がっ……! きゃああ!」


 バフォメットが腕を振るうと、エジンコート達百名が一瞬で吹き飛んだ。後方のソフィーの方へ、転がってくる。ただの一薙ぎで、力任せに戦局を覆した。


「だ、大丈夫!?」

「ぐっ……逃げて、ソフィー」


 エジンコートは身悶えるが、息があった。ドワーフ製の鎧のお蔭だろう、皆は致命傷ではなかった。

 けれど、戦える子はいなかった。


「ふははは! 妙な力を与える奴がいると思っていたが、貴様らぞいな。確かに我らと似ている、我らの黄金を知らない子孫ぞいな」


 バフォメットが近づいてくる。ソフィーは異種族の仲間を、怪我をしたエジンコート達を守るように前に出た。ここで逃げる訳にはいかない。

 ソフィーは地面に力を流し込む。地面が隆起して槍と化す瞬間、バフォメットが地面を叩いた。


「そんな……!」


 力を力で抑え込まれた。羊頭の錬金術の方が勝っていた、地面は一瞬で黄金と化す。


「力が弱すぎるぞい!」


バフォメットの長い黄金の腕が、ソフィーの身体を掴んだ。ゴリゴリと握り潰すよな圧力が加えられる。


「うっ……ああああ!」

「我の力は錬金術、全てのモノを自在に変えられるぞい。貴様の身体を潰して、潰して、ドロドロにしてから弓にしてやるぞい。貴様の仲間は矢にするぞい。そして貴様らで、貴様らの大将の首を射抜いてやるぞい!」


 ソフィーはもがくが、身体がビクともしない。息が出来ない、苦しいと思っても声が出ない。覚悟はしていたはずが、何もかもが怖かった。朦朧とする頭でツネヒコを呼ぶ。届くはずもない。

違う、とソフィーは唇を噛んだ。呼ぶべきは内なる自分だ。もう非力な奴隷じゃない。


「ああああ!」

「な、なんだこの力はぞい!?」


 バフォメットの腕が砕け散った。ソフィーは身の痛みが無くなるのを感じた。自分の右腕が熱を帯びている。身体が解放され、ぐわんぐわんする視界の中、敵を捉える。


「そ、それはグレモリーと同じぞい!? いやぞい! いやぞい! また引き裂かれるのは!」


 バフォメットは腰砕けになっていた。巨大な獣人がだ。

 ソフィーは自分の腕が変化しているのを、やっと理解した。巨大な腕、刃のように連なった鉤爪。これは竜の腕だ。


「ぐぎゃあああ!」


 バフォメットをいとも簡単に引き裂いた。断末魔と、料理で肉を切った時のような生々し感覚。一瞬、立ちくらみがした時、ソフィーの腕は普通に戻っていた。


「ソフィー、まったくびっくりさせてくれるね。凄いじゃない」

 

 倒れたエジンコートは、ふふっと笑ってくれた。ソフィーは自分の手を見た。血にまみれていて、敵を倒した満足感が遅れてやってきた。

 急に爆発音がして、ソフィーは顔をあげる。


「よせ、エリゴス……我はまだやれるぞい。身体を再構築して……」


 バフォメットは首だけになっていた。首だけでも生きていた。彼は何かを恐れていた。

 爆発音がする空、遠くから何かが飛んでくる。敵の砲撃だろうか、黒い物体が内側の城壁に当たる。それはソフィーたちのすぐ後ろだ。大量の瓦礫が落ちてくる。


「ぐあああ!」


 頭だけのバフォメットに直撃して、完全に肉塊となった。

 ソフィーは仲間を守るために、右手に力を込める。しかし、先ほどのように力を出す事が出来なかった。


「そんな……なんで、なんで!」


疲労と身体の痛み、ソフィーは瓦礫が直撃するよりも早く気を失った。

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