第27話 要塞突破(騎兵)

「総員、真正面から突破するぞ!」


 ツネヒコは灰色の琥珀団に命令する。ここは敵の防衛拠点、城塞前には沢山の魔物が列を為していた。主にそれは人馬、見覚えのある奴が仕切っていた。


「我は騎兵の極点! ブエル! 待っていたぞ、貴様にこの傷の怨みを晴らす!」


 顔に斬り傷をつけられた下半身が馬の化物は、凄まじい形相で先陣を切っていた。馬のスピードで真っ直ぐ向かってくる。


「暴れたい? そう、あなた達も彼らに恨みがあるのね」


 ランドドラゴンたちの咆哮が聞こえる。シムは乗っている地上の魔物の頭を撫でていた。

 ブエルに川に落とされた、ランドドラゴンたちは昂っているように見えた。竜のグレモリーから言われて、自覚したのだとツネヒコから見てもよく分かった。ランドドラゴンもただの乗り物ではなく、大いなる力を持つ魔物だ。ドラゴンの名を持つのだから、グレモリーのような強者に成れる。やる気は充分だった。


「雑魚どもが目の前に来るな! 我の相手はあいつだけでいい!」


 ブエルは部下に命令したようで、陣形が縦長になる。人馬の魔物たちが槍を前方に構える。その槍に、ランドドラゴンは噛みついた。ギザ付いた歯の揃った首を捻じり、空中へと放り投げた。筋肉質な四本脚も、空中では何の役にも立たない。


「よくやりました! あなたたちの底力、見せてもらいましたわ!」


 ランドドラゴンの背に乗る、シムは立ち上がった。威風残光、脚力強化のスキルを発動して跳躍する。仲間が放り投げた人馬に向かって、シムは自在に走る矢のように飛んでいった。

 空に赤色の雨が降る。魔物がシムの槍によって細切れになったのを、エルフ達の後方にいるツネヒコにはよく見えた。


「いいぞ、敵の防衛線が崩れた! エジンコート歩兵部隊、行くぞ!」

「真っ直ぐ! 真っ直ぐ! 命令は真っ直ぐだけよ!」


 傍らのエジンコート達は愚直に進んでいく。前方の敵は大半がシムによって撃破されている。城塞までのルートがよく見えた。


「許さんぞ! エルフの小娘が! 八つ裂きにしてやる!」

 

 ブエルは空中にいるシムに狙いをさだめていた。落下地点に向かって走ってくる。その眼は血走っている。

 ツネヒコは走るブエルに斬りかかった。魔剣ブラックバーン・スクアを抜き、切り傷目掛けて振った。


「お前の相手は俺だろ!」

「待っていたぞ! この顔の恨みいいい! 貴様のせいで! 貴様がああ!」


 ブエルは横っ飛びして、攻撃を避けた。まともに打ち合うのはダメだと理解したらいい。

 ブエルはそのまま大きく、ツネヒコの周りを走りつつ慎重に距離を開けていく。そのブエルの横を、エジンコートの歩兵部隊が駆けていく。更にその後ろには、ソフィーたち異種族だ。彼女たちも共に戦ってくれる。


「ツネヒコ! 頑張って!」


 ソフィーが部隊から離れて、ツネヒコの背中に触れる。それだけで力がみなぎってくるようだ。


「ソフィーもな!」

「もうわたしは大丈夫! 心配しないで!」


 ソフィーはエジンコートたちと共に行ってしまった。彼女は力を理解し始めている、戦場に身を任せても平気だろう。


「イチャイチャしてんじゃねえよ!」


 ブエルがツネヒコ目掛けて、突っ込んでくる。槍を地面に突き刺し、奴が引き抜くと刃に巨大な岩石がついた。ハンマーのようになった鈍器で殴りつけてくる。ツネヒコはそれを剣を持っていない手で殴りつけた。簡単に岩石が砕けた。


「素晴らしいな、やはりソフィーには力を与えてくれる」

「バカな! 以前はそんなバカ力では無かったぞ!」


 怯むブエルの人間部分に、ツネヒコは魔剣を叩き付ける。切れ味の上がっていない魔剣では、強靭な魔物を真っ二つには出来ない。鈍器に殴られたようにして、ブエルは吹き飛んでいく。


「ぐあああ!」


 砲撃の音が聞こえた。後方にいるドワーフ部隊による大砲だ。一発の砲弾が空を切り、城壁に着弾するのが見えた。

 その穴に向かって、エジンコートやソフィー達が向かっていく。


「勝ったつもりか? まだ貴様に恨みを晴らしていない!」


 ブエルが立ちあがった。奴からは黒いオーラが滲みでていた。四本の馬の足が、あらぬ方向に曲がっていた。槍を杖代わりに、身体のバランスをなんとか取っていた。転がるように、前進する。まだ向かってくるようだ。一歩歩くごとに、足が一本折れる。傷口から黒い液体が噴出する。二本折れてブエルは苦痛に顔を歪ませる。

 三本折れて、ブエルの絶叫が聞こえた。四本目の折れた音が聞こえた時、ブエルは転がった。ぐにゃぐにゃになった身体を無理矢理、捻じ曲げて黒い血と同化する。その姿は巨大な車輪のようだ。五回目のパキりとした音がした。彼が抱えていた槍の音だろう。

 なぜか無数の刃が車輪に生えそろった。攻撃的な見た目になって、ツネヒコに突撃してきた。


「我は騎兵の極点、ブエル! ゴエティア解禁、パンザームドラム! 貴様を引き潰す音色だ!」

「どっから声だしてんだ、キモイよ!」


 黒い肉塊のような車輪は、奇声をあげながら突っ込んでくる。ツネヒコはうんざりとした。あんな溶けたチョコレートみたいな表面に触りたくない。ソフィーから貰った力は、あと一発分は振るえるはずだ。殴ることはしたくないが。


「死ねええ! 我だってこんな生き物ですらない醜い見た目などなりたくない! だが貴様を殺すためだ! このフォルムでは貴様の魔剣の切れ味を高めることもできないだろ!」

「よく知っているな。前の戦場で理解したか、だがどうした!」


 ツネヒコは地面を殴る。大地が隆起し、槍のようになった岩がブエルを空中へ弾き飛ばす。

 ソフィーの強化はこれで終わりだ。


「ぐぬぅ! 空に飛ばしたぐらいで、我をとめられん! このまま、貴様を潰すぞ!」


 ブエルは黒い飛沫を撒き散らしながら、落下してくる。


「ツネヒコ、これを使って!」


 後ろにいたシムから、槍を投げ入れられた。彼女の得物は硬くて鋭い。ツネヒコは槍を掴んだ。


「ナイスだ、シム!」

「な、なにをする! よせ、このブスエルフ!」


 どういうことになるか、ブエルは理解したようだ。血相を変えて、いや顔色など分からないが奴は怯えていた。

 ツネヒコは左手に槍を携え、魔剣の刃と刃を打ち付ける。火花と残響音が少しずつ大きくなっていく。徐々に丸ノコのような共鳴音に変わっていく。硬いものに弾かれた魔剣は、それを超えるほどの切れ味を誇るのだぬ。


「黙っていろ、キモイんだよ!」


 落ちてくる車輪のブエルに向かって、ツネヒコは跳んだ。空中ですれ違うように、魔剣を振るう。ヌメる肉体に触れる手ごたえはなかったが、ブエルの悲鳴が手応え代わりだ。


「あああああ!」


水面を斬るように滑らかに敵が真っ二つになっていく。剣先がブエルを通過し、空気だけが触れた。すれ違った背後で、ブエルが破裂するような音がして断末魔が聞こえなくなった。




 


 

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