第26話 作戦会議(グウェン)
「グレモリーが裏切っただと!? はは、君は冗談のセンスがあるなハトムギ!」
帝国城、広い作戦室に響き渡る声でグウェンは怒鳴った。報告に上がってきたクノイチから受けた話は、どうにも腑に落ちなかった。
「いや本当でござるよ! 自由に空を飛びたいとかなんとかいって、一度も戦わずにどっかいったのでござるよ!」
ハトムギは身振り手振りをつかって、大袈裟だ。グレモリーの真似だろうか、羽ばたく真似をしている。
「どんな理由だ! 敵を殺して存分に飛べばいいだろ!」
「それがなんだか、灰色の琥珀団のひとりと話していたのでござって……」
「話? 敵と一緒に何の話があるっていうんだ……」
グレモリーが出発前、単身で向かうと言っていたのが引っかかる。あいつには絶対的な自信があるからだと、グウェンは信頼していた。それは間違いだった。四天王は従順では無かった。
「サタナキア!」
「はい、グウェン。お傍にいますよ」
サタナキアはグウェンの机がある近くの椅子に座っていた。もっともらしい事を言っていたが、彼女は目を閉じていて声をかけてから開けた。いつものように寝ていたに違いない。
「また寝ていたな。いや、そんなことはどうでもいいんだ。四天王は従順なはずだ」
「かつての主に仕えていた時はそうだったのですが、もうその主はいませんから。長い封印の折、彼らにも変化が起きたのでしょう」
「信用が置けないな……」
長い時間、怠惰に過ごしていれば人が変わってしまう。酒を煽っていた毎日を、グウェンは良く覚えている。
「我は違うぞい、新しき主に血の忠誠を誓うぞい! 長き封印から解いてくれた恩義があるぞい!」
歩兵の極点、羊頭の大男バフォメット・ゴートが入ってきて跪く。あまりの巨人さに、隣のハトムギがギョッとする。彼が入れるほど作戦室は大きい。
「バフォメット……その言葉を信じていいのか?」
「我は歩兵の極点。極点とは、かつての主より賜った最強を意味する称号ぞい。我らにはその誇りがあるぞい……グレモリーは違う。奴は後から我ら三人の元に来て、頂点と自らで名乗ったのだぞい。我らとグレモリーは違うぞい」
頭を垂れるバフォメットの片腕は無かった。グレモリーが癇癪を起こした時、引き千切られた腕だ。
「バフォメット、もう片方の腕を寄越せと言ったら」
「喜んで、我が主よ。歩兵の極点、すなわち闘争の血だぞい。敵陣に食い込み、喰らうは頭だけあれば充分ぞい」
「気に入った。ならばバフォメット、貴様はブエルと協力して琥珀の傭兵団を撃滅しろ。奴らは必ず、一直線に王城に向かってくる。迎撃すべき場所は分かるな」
「ブエルも信じる、ということぞい?」
バフォメットは、この場にいない人馬の化物を探した。
「奴は敵のリーダーに傷を負わされた、復讐を遂げるまでは裏切らないさ」
「我もブエルとは長いぞい。確かに裏切るなどと小賢しい考えをする奴ではないのは確かぞい。ブエルは勇猛、騎兵の極点として必ず先陣を切る男ぞい」
「それにな、ブエルは最近ひきこもって出てこない。傷付けられた顔を、相当見られたくないようだ」
「……勇猛な奴なんだぞい」
バフォメットは自分に言い聞かせるように、けれど疑問を投げかけるように言っていた。
「まあ、任せるよ」
「御意のままに」
バフォメットは大きな身体を引き摺るように、作戦室を出ていった。
「エリゴス! 聞いているな!」
グウェンは天井に向けて怒鳴り付ける。芋虫のような細長い魔物が、垂れ下がるロープのようにスルスルと降りて来た。彼もまたグレモリーによって、身体が半分にされている。それでもまだ長いが。
「聞いているでやんす、我が主」
「お前はバフォメットとブエルの後方援護だ。おかしな素振りを見せたら、裏切る前に撃ち殺せ」
「了解でやんす。それで、我の監視は誰がするでやんすか?」
「なんだ、裏切る気でもあるのか?」
「いえいえ、滅相もないでやんす。我が主は聡明なお方であれねばならないでやんす」
エリゴスはこっちを見定めるようなことを言ってくる。虫頭の癖にインテリを気取っているらしい。
「それはハトムギに任せる」
「うぇ!? こんなののお守をするのでござるか!?」
ハトムギは傍らの巨大イモムシを見て、顔をしかめていた。露骨な嫌悪感、仲間に対する敬意を彼女は持っていない。傭兵ならば当然か。
「こんなのとは心外でやんす。巻き付いちゃうでやんすよ」
「ひぃ、ひいいい!」
エリゴスの蛇のような舌が、ハトムギの頬を舐めた。
「よせエリゴス、傭兵は皆こんなものだ。高貴なる極点とは訳が違う」
「そうでやんす、我が主。この作戦が終わったならば、もっと我らを信頼して欲しいでやんすよ」
エリゴスはニュルニュルと、部屋を出て行った。ハトムギはホッとした表情をした。
「ふん、信頼は力あるモノには出来んな。その点、ヒガシヤストラの傭兵は裏切らないから安心だなハトムギよ」
「ぐっ……姫様の不治の病を治してくれたことは感謝するでござる。しかし、心を許した訳ではござらん」
「分かっているさ、だが虚弱な姫にはまだ薬が必要だろ。いつ再発するやもしれん、薬の為に励め」
「御意でござる」
異国の傭兵ハトムギは頭を下げた。やはり報酬はハッキリしている方が人を操りやすい。
「ああ、まだ言って無かったな。姫に渡した薬、あれはエリゴスの体液から作られている」
「うげっ! あのイモムシ野郎でござるか!」
「そうだ。分かったら、奴を裏切らせないようしっかり監視しろ!」
「は、はいでござる!」
ハトムギは足早にエリゴスの後を追って、部屋を出て行った。
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