第25話 力の兆し(覚醒)
竜であるグレモリーが去った帝国の街、静かな夜空。ツネヒコ達は残された。
甲高い声が響き渡る。
「裏切りやがったでござるー! びっくりでござるー! も、ものどもかかれー!」
ツネヒコの手当てをしてくれたハトムギ達七人だ。街娘らしい恰好を脱ぎ捨て、今は全員クノイチらしい忍び装束をしている。
彼女の号令で地響きがする。集会所の周りにある街並みが動きだしたのだ。家だと思われたものが変形した。バラバラになった壁や屋根が、地面の岩を巻き込み組み上がっていく。出来の悪い彫刻のようなものが、人を模してぎこちなく動く。ゴーレムだ。
集会所の周囲、全てが敵。一瞬でツネヒコ達は囲まれた。
「ハトムギ! 裏切り者はお前だろ!」
「それがしは初めから帝国に雇われた傭兵でござるよ! 帝王から賜った魔物の力を見せてやるでござる!」
ゴーレムがガタガタと音を立てながら迫ってくる。包囲の輪を狭めるように、ゆっくりとした歩行戦車だ。
集会所の庭で寝ていたランドドラゴンたちが、逃げるようにこっちに走り寄ってくる。細長い顎を、ソフィーは撫でてやった。
「よしよし、怖くない怖くない」
ソフィーはやけに落ち着いていた。同じ異種族の仲間たちも傍に集め、心配ないよと言っていた。
「各自、即応しろ! ソフィー達を中心に防衛網を構築!」
「かしこまりましたわ!」
「任せて!」
「やってやるであります!」
ツネヒコの命令に、シム、エジンコート、チコリが即答する。彼女達が戦闘態勢に入るのを、制した。
「だいじょうぶ、わたしがやってみる」
ソフィーはグレモリーに言われた通り、力を自覚したようだった。魔物が跋扈する領域内で、徐々に目覚めつつあるらしい。ツネヒコにとっては不安よりも期待が大きかった。ソフィーは潜在的には何かを持っていると確信していた。不思議な力で怪我を治してくれたこともあった。
「はっ!」
ソフィーは地面に手をついた。念を送るように気合を送ると、地面がミミズ腫れのように隆起した。四方八方に広がっていって、ゴーレムの足元へと到達する。瞬間、地面が槍のように盛り上がる。ゴーレムを突き上げて貫通、あっという間に機能を停止させる。まるで地面に栄養を流し込んだみたいだ。
次々に串刺しになっていくゴーレム。十数体の魔物が砕け散ったが、一体だけ地面からの攻撃を避けたものがいた。あのゴーレムは他のに比べて小さめ、挙動が早い。しかしそれでも二メートルはある。
「ソフィー! 下がっていろ!」
慌てて前に出るツネヒコの背中を、ソフィーは軽々飛び越えていった。
「だいじょぶだって、えいっ!」
ソフィーは空中で縦回転した。太い尻尾が鞭のようにしなり、ゴーレムの固そうな頭の岩を吹き飛ばす。胴体だけのゴーレムはバラバラになって倒れた。
「な、な、なんでござるか! そんなチートでござるよおお!」
ハトムギ達七人は地団太を踏んだり、慌てふためいたり、オロオロしているのが遠目で見えた。
「凄いぞ、ソフィー!」
「えへへ、なんだか身体が軽いんだ」
ソフィーは笑顔だった。心配ないよと言った風だったが、ハトムギ達は別の意味で捉えたようだ。
「ひ、ひいいっ! 怖いのでござる! 逃げるのでござる!」
ハトムギ達は流石クノイチといった身のこなしで、つむじ風のように逃げていってしまった。
「いだっ……」
ソフィーは顔をしかめて倒れた。慌ててツネヒコは駆け寄る。
「おい、大丈夫か!」
ソフィーは苦痛に顔を歪ませていた。
「からだが動かない……」
◇◆◇
「あぁ~……そこそこー、気持ちいぃー!」
ソフィーが安堵した声をあげる。彼女の身体は慣れない力の行使で、随分と凝っていたようだ。ツネヒコはソフィーの肩を揉んでやる。
「まったくびっくりさせやがって」
「筋肉痛ですわね。こっちも固いですわ」
シムがソフィーの太ももを揉み揉みする。
「ひゃぅわん! くすぐったいよ!」
「あんまり強張らせちゃ、身体に悪いよ」
エジンコートはソフィーの脇をくすぐる。ソフィーは身体をよじった。
「そ、そこは大丈夫だって!」
「今日はソフィー殿が王様であります。存分にねぎらうでありますから、じっとしているであります!」
チコリがソフィーの靴を脱がした。足の裏を全力でくすぐっていた。
「ひゃうわん! にゃはは! だ、だめだって! 治った! もう治ったって……ひゃああ!」
ソフィーの嬌声が響くが、ツネヒコも肩揉みを緩めない。力を奮えるようになったソフィーの身体を、万全の状態にさせてやりたかったのだ。
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