第24話 空に焦がれて(頂点)

「我は頂点……グレモリーなり!」


 集会所の天井を吹き飛ばす凄まじい雨風。漆黒の雲を纏い猊下する、強大な化物。ツネヒコと灰色の琥珀団は竜と対峙した。


「ソフィー、俺の魔剣を持ってこい!」

「う、うん!」


 ツネヒコは本能で悟った。この竜には本気で戦わなくては勝てない。人馬のブエルと戦った時と同じ、いやそれより遥かに強いプレッシャーを感じた。


「必要ない……」


 竜が静かに口を開いた。否定する言葉ひとつ、溜息ひとつに呼応するように風が荒れ狂った。ソフィーの足が止まる。


「ひっ……!」

「ソフィー、魔剣はいい! 隠れていろ!」


 怯むソフィーを、部屋の隅へと誘導する。その足取りさえも、竜は否定した。


「必要ないと言った! 我は争いに来たのでは無い」

「なんだと!?」

「言葉通りの意味だ。ツネヒコ、灰色の琥珀団。そしてソフィーだ。君達の事は全て、ハトムギから聞いておる」


 グレモリーの姿が光に包まれた。竜の巨躯が消え失せ、光の粒子は小さくまとまっていく。

 それらは人の形を成す、立派な角と尻尾が生えた女性だ。大きな胸部と、くびれのついた艶めかしい腰つき。グレモリーは人間になった。その歪な異種族の姿は、ソフィーに良く似ていた。


「嘘……なんで……そっくり!?」


 ソフィーは絶句した。混乱しているのはツネヒコも一緒だ。

いつの間にか嵐は止んで、静かな夜が来ていた。きっとグレモリーは話がしたかったのだということは分かった。そのために灰色の琥珀団をこの集会所に引き留め、単独でこの場に来たのだろう。


「簡単なことだ、我とお前は同じ種族。魔物だ。お前が集めた奴隷たちも、種類は違うが同じ異形なのだ」

「お前は封印された魔物のはずだろう? なぜソフィーも一緒だと言えるんだ!」


 ツネヒコは問いかける。グレモリーは一糸まとわぬ姿のまま、堂々としていた。


「彼女は末裔なのだよ。我らとは違い封印を免れ、各地へと身を潜めた魔物が産んだ子」

「そんなの知らない!」

「無理もないさ、ソフィー。遥か昔の勇者に封印された中で、最も重いものは〈領域〉だ。我ら魔物が魔術を扱う為に必要なマナの大気。領域の封は完全に解かれ徐々に広がっていっている、今は帝国の全土を覆っている。この中にいる限り、魔物は全力を振るうことが出来る」


 グレモリーはソフィーに近寄った。銀色の髪を、そして角をグレモリーは優しく撫でた。


「はぅわん!?」

「君はまだ自覚が無いのだろうが、ここでは力を使うことが出来るのだ」

「わたしが……みんなのように?」

「それ以上だとも。まだこの領域に触れて日が浅い、時間はかかるがな。いずれは……んっ」

「おっきい」


 ソフィーはグレモリーの大きな胸に顔を埋めた。竜だった頃の巨躯に合わせるように、巨大な胸部。ぽよぽよと、ソフィーはおっぱいを揉んだ。


「ふふっ、甘えん坊だな……」

「わたし、頑張ってみるよ」

 

ソフィーは甘えながらも、しっかりとグレモリーの目を見た。決心はしているようだ。


「グレモリー、なぜそのことを俺達に教える? 目的は何だ」


 ツネヒコはグレモリーの優しい笑みを見つつも、疑問を投げかけた。


「我はただ、自由に空を飛びたいだけだ。もし君達が帝国を倒すのであれば、領域の封印まではしないでくれたまえ。力が無くなれば飛べなくなるのでな」

「帝国の魔物だろ?」

「封印を解いたのが帝国ということだけだ。他の魔物は恩義を感じてか、いや生来の殺戮衝動か。戦争を望んでいる。だが我は自由に生きる」


 グレモリーは空を見上げた。静かな夜だ。彼女は戦いから逃げている訳ではないように見えた。力を持っているからこそ、必死になって止めに来ないのだ。

これは竜からの警告だ。今は味方だが、彼女の機嫌を損ねるようであるならば敵になると。


「わたし、グレモリーの気持ち分かるよ。ランドドラゴンたちと一緒だね。あの子たちも走りたいからエルフ達といて、今はわたし達といる」

「戦場に付いてくるほど忠誠心は無いがな」


 グレモリーはソフィーから身体を離した。光の粒子が翼を形づくり、人の身体を歪に変形させる。角の形と尻尾は同じ、ドラゴンとなった。

 ツネヒコはソフィーの傍に駆け寄った。


「もういくのか?」

「我の好きな空に戻るとする」

「ばいばい」


 ソフィーは翼を広げたグレモリーに向かって手を振った。眼光の鋭い魔物の瞳で、竜はこちらを見下げた。


「ソフィー、同族のよしみだ。汝も己が力を奮う喜びに、打ち震えんことを」


 グレモリーの周囲に風が吹き荒れる。暗雲がたちこめる。稲光のような咆哮をあげ、ドラゴンは嵐と共に飛び去った。

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