第23話 帝国の街(漂着)
「う……あ……」
薄らかな光を感じる。まどろみからツネヒコは目覚めた。知らない天井、知らないベッド。ここはどこだろう。
痛む頭を抑える。イケメンと馬が合体したみたいな魔物に、仲間が全員落とされた。だとするとここは下流にある街か。
「はっ! ソフィー!」
ツネヒコはボンヤリとした頭を覚醒させる。ソフィーを助けるために、川に飛び込んだのを思い出した。
「静かにしているでござる! おぬし意識不明だったのでござるよ!」
知らない女性に怒鳴られた。びっくりしてツネヒコは縮こまる。
「ど、どなたさま?」
「それがしはハトムギ。この街に住んでいるでござる……じゃなくて、貴方こそ何者でありますか? 沢山の人とガラクタ、でっかいトカゲで川を埋め尽していたでござる」
妙な口調、帝国の田舎娘だろうか。素朴なドレスに、純朴そうな黒髪おさげ。可もなく不可もない肉体。普通の女の子に見えた。
「俺の仲間は無事か?」
「街民総出で看護しているでござる。大丈夫、みんな無事という報告を受けているでござる」
ツネヒコは飛び起きた。気づくと、自分は知らない服を着ていた。田舎っぽい衣装だ。
「あれ? 服が違う……」
「濡れていたので脱がせたでござる」
ツネヒコは上着をまくる。下着まで新しいのになっていた。
「見たの……?」
「必要行為でござったから」
ハトムギは頬を赤らめながら照れ笑いをした。
溜息を吐きながらツネヒコは通路に出る。ここが個人の居宅ではなく、集会所のような施設だと気付いた。
ツネヒコは外へ出る。集会所の広い中庭、そこでランドドラゴンが、のほほんとあくびをしていた。
「ツネヒコ! 起きた!」
こちらに小走りで駆け寄ってくる子が見える。ソフィーだ。
ツネヒコは彼女を抱き留めた。
「ソフィー! よかった! 無事だったんだな!」
「うん! ツネヒコのおかげでなんともない! あと街の皆が川から引き上げてくれたんだって」
ありがたいことに、帝国の人達は優しい方のようだ。ツネヒコはホッとする。
「ツネヒコが一番遅いよ」
「うるさい、エジンコート。お前も無事だったか」
彼女は濡れたであろう鎧を脱ぎ捨て、今は街娘と同じ素朴なドレス姿だ。
「ワタクシ達の正体はバレていませんわ。この街は平和そうですので、安心してくださいまし」
シムがツネヒコの傍によって耳打ちする。集会所の中庭から見える街並み、王国と大して変わりはしない。人通りが妙に少ない。
「ワシらの装備も全部拾ってくれて、紛失したものも少ないであります。彼女達は大砲も一台ここに持ってきてくれたのであります!」
サイズの合わないぶかぶかの服を着たチコリは、嬉しそうに言う。集会所の庭に、荷物の残骸が散乱している。壊れた馬車を、ドワーフ達が修復していた。
仲間は誰も欠けていない。集会場を見渡して、ひとりひとりの顔をツネヒコは確認した。
ハトムギは頭を掻いて、はにかむ。笑うとえくぼができる。
「えへへ、運ぶのはそんなに難しいことでは無いでござる。それがしにも仲間がいるのでござる」
集会所にいる街娘は全部で七人。皆同じような恰好で、同じような顔をしていた。
それから数日、ツネヒコ達はここでお世話になった。衣食住が確保され、敵の強襲もない束の間の平和だった。
◇◆◇
「ねえ、いつまでここにいればいいの?」
風の強い深夜、台風でも来るのだろうか横殴りの雨が窓を叩く。ベッドの中のソフィーが問いかける。集会所は全員分の個室が与えられていたが、ソフィーは時折ツネヒコの部屋にお邪魔しに来た。
「あんまり長居はするべきじゃないな。ハトムギ達にも迷惑がかかってしまう」
ドワーフの手際の良さで、既に壊れた分の馬車は修復完了している。明日にでも出発しようと思えばできる。失った食糧などは足りないし、大砲は一基しかないが。
「――」
「今、なにか聞こえなかったか?」
「うん? 風の音じゃない?」
ソフィーは気のせいだと言ったが、ツネヒコの耳には何か話し声のようなものが聞こえた。
「――」
「やっぱり誰か会話をしている」
「じゃあ、ハトムギでしょ。夜回りに来たんだよ」
ハトムギ達は近くに住んでいると言っていた。今まで彼女達が夜に来ることはなかった。
「ちょっと挨拶に行ってくる」
「ひ、ひとりにしないで!」
ベッドを抜け出すと、ソフィーも付いて来た。ツネヒコは二人一緒で廊下に出る。曲がり角の向こう側から、声が聞こえた。確かにハトムギの声だった。
「全て作戦通りにしたでござる。しかし、敵に施しをする必要があるのでござるか?」
「我が為せと命じた、異論は認めない」
知らない声が聞こえる。ツネヒコは立ち止まった。廊下の角から、そろりと無効を覗き見る。いたのはハトムギだけ、彼女は窓に向かって話かけていた。
「でも急な作戦変更でござる。本来なら奴らを縛って監禁したし、来るのは四天王全員だったでござる」
「異論は認めないと言った。ヒガシヤストラのクノイチよ、汝らの任務は終わった。後は任せよ」
「御意のままに、グレモリー様」
不穏な話を盗み聞きした。敵ってのは灰色の琥珀団。最初からバレていて、まんまとハトムギ達によってここに足止めを喰らっていたという訳だ。
「え? え? どうゆうことなの?」
「ばか、喋るな。バレるぞ……!」
慌ててソフィーの口を塞ぐ。遅かった。ハトムギは華麗な身のこなしで、窓に飛び込んだ。ガラスを割って外へと逃げ出したのだ。
「クソ! 逃がすか!」
ツネヒコは慌てて彼女を追いかけようとした瞬間、天井が吹き飛んだ。台風の防風の力で、あっさりと。雨風が一瞬で廊下を水浸しにした。
「きゃあああ!」
一瞬でびちょ濡れになったソフィーが悲鳴をあげる。その声は、集会所内の仲間全員に伝播する。次々と驚きや、唖然とした声が聞こえた。彼女達もきっと濡れている。
直上に雨雲のような黒い塊がいる。いや、それは雲では無かった。黒い生命体だった。ハトムギが会話していた奴だ。
「我は頂点……グレモリーなり」
岩のような肌に、悪魔のような翼。強靭な尻尾に、威厳のある角が生えたドラゴンがいた。
月明かりのように爛々と輝く瞳で、ツネヒコ達を見下ろしている。その腕一本で、いとも簡単に踏み潰されそうなほど巨大だ。竜は台風の中心、いや奴自身が台風を呼び起こしているようにも見えた。
いずれにせよ、脅威そのものがそこにいた。ツネヒコはソフィーを後ろに庇いながら、竜と対峙した。
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