第22話 四天王集結(会食)

 アウトグランド帝国領、帝王城にある宴会室。大量にある料理を乗せた長机を前に、四天王が一堂に会する。彼らの総大将であるグウェンは、愉快に眺めていた。


「おまえらもメシ食うのなー」

「当たり前ぞい! 人間以外の肉も美味いぞな!」

 

 骨付き肉を頬張っているのは、羊の頭のバフォメット・ゴート。明らかに草食っぽい歯が、肉を引き千切っている。鎧を着込んだ巨人の身体の割に、一口は異様に小さい。そのミスマッチさがいかにも悪魔っぽくて、グウェンは口角をあげた。


「ふはは、敵の人間の肉なら食っていいぞー」

「良いこと聞いたぞい! 早く戦場に連れていくぞい! メェー!」


 バフォメットは嬉しそうにジタバタするたび、帝王城が揺れた。


「相変らず、うるさいでやんす! 少しは大人しく出来ないのでやんすか!」


 全身に砲台の生えている巨大な芋虫のエリゴス。細長い身体を食卓に這わせ、大皿に乗ったサラダを貪っていた。


「エリゴス、草ばかり食べているから元気でないのだぞい。肉を食え、肉を! メェヘッヘッヘ!」

「関係無いでやんす!」


 エリゴスは、とぐろを巻きながら反論する。長い身体に弾き飛ばされ、料理を乗せた皿が割れた。


「おい、我が食べようと思ったんだぞ! そのうすぎたねえ身体をどけろ!」


 怒鳴ったのはブエル。下半身が馬で、上半身がイケメンの魔物だ。彼の頬には酷く大きな切り傷が出来ている。


「おや、スカした顔のブエルでやんすな。その傷はどうしたでやんすか? いつもは鏡で自分の顔を眺めているのにでやんす」

「うるさい! てめぇ、我の顔のこともう一度言ってみろ! その緑色の身体を引き千切るぞ!」


 ブエルは顔を歪ませて吼えた。彼は一度、灰色の琥珀団に戦いを仕掛けた。その時に負傷したのだろう。グウェンは問いかける。


「ブエル、報告がまだだったな。戦いはどうだった?」

「雑魚だ、雑魚! やつらは虚弱な奴らだ! どうってことはない! 作戦通り、川に落としてやった!」

「その割には負傷しているようだが……」

「……奴らの中にひとり、おかしな奴がいた。まるで我らを封印した勇者のようだ! 許さねえ、我の美し顔に傷を! ぜったいにギタギタにしてやる!」


 そやつが敵の大将だろう。帝国を手こずらせたのリーダー、一筋縄ではいかないのは当然だ。ブエルひとりで倒せるとは元寄り思っていなかった。あわよくば、欲をかいたがブエルではダメだ。


「ふぅむ。過去とは違う、過去は捨てた。俺達はしがらみを忘却するのだ。帝国の躍進を踏み台にな」


 皆、嫌な過去を持っている。払拭したい心が、魔物達との絆となっている。グウェンはそう確信している。


「我ら極点、御身に忠誠をするぞい」

「我ら極点、御身に忠誠でやんす」


 バフォメットとエリゴスは食い物を頬張りながらだったが、しっかりとグウェンの瞳を見た。


「ふん……好きなように使えばいいさグウェン。ただし敵は皆殺しだぞ!」

「分かっているさ、ブエル。当初の作戦通りだ――グレモリー、お前も聞いているのだろう」


 グウェンは天井に向かって問いかける。城全体を揺るがす、地響きのような声が聞こえた。


「聞いておる……我が命を奪い尽くそう」


四天王最強であるグレモリーはドラゴン。城にその巨躯を這わせ、止まり木のように身を任せているのだ。


「灰色の琥珀団は下流にある街に流れ着いているはずだ。先遣隊として既に傭兵を配置している。彼らと合流し、敵を皆殺しにせよ。四天王総出撃だ」

「必要ない……我だけで良い」


 グレモリーは静かに言ったのだろう。しかし城は低く震え、グウェンが手にしたワイングラスを砕いた。


「おい、俺の命令が聞けないのか?」

「我は何かに秀でた極点とは異なるモノ。我は頂点なり。我が必要ないと唱えた、何者も必要ない。我だけが居れば事足りる」


 極点とかいう彼らが好き勝手言っている称号の意味などは知らないが、頂点などとのたまうグレモリーからは絶対的な自信を感じた。


「ふざけるな! 奴を殺すのは騎兵の極点だ!」

「黙れブエル! 貴様の綺麗な顔を踏み潰そうか!」


 宴会室の天井が崩れた。グレモリーの巨大な脚が城を貫通し、料理の乗った長机を粉々にした。肉料理に手を伸ばしていたバフォメットの腕を引き千切り、サラダを食べていたエリゴスの身体を二等分にした。

強靭な爪が、ブエルの鼻先を掠めた。


「ひっ! わ、分かったよ……我の顔は綺麗だしな、綺麗だしな……」


 ブエルは震えながら引っ込んだ。絶対的な強者、グレモリーには威厳というものがあった。グウェンはその力強さに信頼を寄せてみせようと思った。


「いいだろう。お前だけ行くが良い、グレモリー」

「グウェンよ。我は己の過去にも、帝国の趨勢にも、魔族の再反映にも興味は無い。我は頂点、それを知らしめる為に飛ぶものなり」


 羽音が聞こえた。風を巻き起こす力は、すぐさま台風となり。城の周囲を回る。竜らしい恐ろしい咆哮が徐々に遠くで聞こえた。


「やれやれ……大丈夫かお前ら?」

「ぎゃああああ! 我の全長が! 全長が半分で、半長でやんすううう!」

「おおおお……腕が骨付き肉になったぞおおおおい!」


 二等分にされたエリゴスは芋虫の身体をのたうつ。バフォメットは飛ばされた己の腕を抑えて震えていた。


「大丈夫ですよ、彼らはこの程度の怪我では死にません……ところで、何があったのですか? 敵襲です?」


 真っ白なコートに身を包む、グラマーな女性サタナキア。グウェンに悪魔の力を与えて、いつも秘書のように傍に寄り添ってくれる。隣の席で、サタナキアは状況を飲み込めないようだった。


「……お前、寝てただろ?」

「いえ、寝ていません。帝王に提出する書類の整理をしていて、熱中していました」

「何も持っていないじゃないか……」


 サタナキアが手ぶらな事を伝えると、彼女は平和そうにあくびをした。


「あれ? おかしいですね、さきほどまで賛成が49、反対が51でした」

「脳内会議やめろ」


 グウェンに転生の書と共に力を与えてから、サタナキアは何もしなくなった。まるで自分の役目はもうないと言った風に。

立ったまま寝ることもしばしばだったし、この前は寝言だけで帝王と会話していた。

にしても、こんな化物ばかりいる環境で眠れるなとグウェンは感心した。悪魔と呼ばれる

モンスターだらけな城内。契約をしておいて何だが、グウェンは時折おそろしく感じる。

 自らの覇道は始まったばかりなのだ。サタナキアのように肝を据えねばと、グウェンは自分を脳内で鼓舞した。


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