第15話 灰色の琥珀団(チコリ)

 銃兵隊のチコリは戦場を見守っていたのである。

 灰色の琥珀団の戦いは、騎兵のエルフが蹴散らし、大量の歩兵がしらみ潰しにする。我らドワーフは魔銃での後方支援。常に見方を視界に入れ、安全圏から魔法で援護する。

 戦いにおける高揚感は無い。味方を案じる焦燥感は強く感じるポジションだ。

 必死で仲間を守ろうと、狙いをつけるが、それでも敵を倒し切れないことがある。そんな時に、颯爽と飛んできてくれる救世主がいる。ツネヒコである。


「吼えろ! ブラックバーン!」


 ツネヒコが剣を振るうと、丸鋸が回転するような耳障りな音がする。魔剣ブラックバーン・スクアの共鳴音だ。堅いモノに弾かれる度に切れ味の増す、特殊な剣。あの状態で切れぬモノは無い。チコリの作った最高傑作である。

 ツネヒコが全てを斬殺して、戦闘はいつも終わる。



◇◆◇



「ツネヒコ! お疲れであります! 魔剣を見せて欲しいであります!」


 戦場から街へ戻ると、チコリはツネヒコから魔剣を預かる。機械馬車を変形させた工房で、整備を行わなくてはいけないのである。


「全然、切れ味は落ちていないぜ。メンテなんて必要なのか」

「そりゃ魔剣でありますから、切れ味が落ちるなんてことなんて無いであります。共鳴する剣は刀身自体に大きな負荷がかかる。すぐ鍛え直しておかないと、いずれバラバラになるでありますよ」

「そうか、じゃあ頼むよ」


 チコリは受け取った剣を鍛冶場に突っ込む。黒塗りの刀身が温められて赤熱する。取り出して台座にセットする。巨大なハンマーで叩いて、歪みを正す。火花が散り、魔剣の微細な欠片でさえも共鳴音が鳴る。固いハンマーで打ち付けられている間でさえ、剣は切れ味を増しているのだ。

 チコリは仕上げに水の中に魔剣を突っ込み、冷やしてからツネヒコに返した。


「うむ、終わったのであります」

「ありがとう、助かるよ」

「では次はツネヒコの股間に付いている魔剣の整備をするであります!」

「下ネタじゃねえか! それは結構だよ!」


 ツネヒコは慌てて股間を隠していた。ウブな奴、遠慮することは無いのにとチコリは思った。ドワーフの鍛冶師は幼き日より魔剣の使い手に一生を尽くすよう、訓練を受けている。鍛冶の腕だけでなく、夜伽もバッチリなのだ。


「遠慮しなくてもよいであります。ワシは末永く添い遂げる覚悟でありますから!」

「だからそういうんじゃないから!」


 ツネヒコは顔を真っ赤にしながら行ってしまわれた。まったくもって恥ずかしがりやな奴である。



◇◆◇



 ツネヒコの後をつけてみたところ、彼は公衆浴場に入っていたのである。チコリもバレないように入る。

 ツネヒコは更衣室で服を脱いで、浴場へ向かっていった。チコリは彼のパンツの嗅ごうかと思ったであるが、踏みとどまって彼を追う。


「ツネヒコ、背中を流すであります!」

「うわぁ! チコリ! ここは男湯だぞ!」


 ツネヒコは慌てて、泡だらけな股間を隠す。彼の絶叫で周囲の男達がこっちを見た。一糸まとわぬチコリは少し恥ずかしさを覚えたが、問題は無い。


「なにを言っているでありますか! ワシは男であります!」

「うわああああ!? なんだって!」


 嘘である。ドワーフのちっこい身体と幼さ、傍目から見れば男か女かなんて、タオルで隠した股間を見なければ分からない。まさかタオルを剥ぎ取る変態でも現れない限りは。

 周囲の一般人は納得したように、チコリから目を離してくれた。


「だから合法的に背中を流してあげるでありますよ、マスター」

 

チコリはツネヒコの背中に、胸を押しつけるのである。胸と言ってもほぼ男と変わりない。ドワーフであるから成長の度合いに制限があるのだ。板を押しつけても、気持ちよくはなかろう。


「あ、あ、あのさ、チコリ。あんまりひっついても……いや、あれ問題ないのか……」


 ツネヒコはあからさまに動揺していた。面白いからチコリは黙っておこうと決めたのである。


「そうでありますよ。ワシは男の子だから問題ないであります。背中を洗ってあげるであります」

「じ、じゃあお願いしようかな」

「ん……ん……」


 チコリは胸でズルように背中を洗う。石鹸の泡が滑って、こそばゆい。


「変な声を出すなって!」

「すまないであります。次はツネヒコの魔剣を……」

「ま、前はいいって!」

「仕方ないでありますな」

 ツネヒコが抵抗したので、流石に勘弁してやる。

 湯船の方へ連れていくと、ツネヒコは頭にタオルを乗せる。


「湯船にタオルは付けちゃダメなんだぞ」

「そ、そうなのでありますか!」


 さすがに下を見られるのは、恥ずかしいのである。チコリは怖気づいた。


「どうした? 早く取れって」


 ツネヒコは悪戯な笑みを浮かべ、チコリのタオルを引っ張った。


「な、なにをするでありますか! み、見えちゃうでありますよ!」

「男同士なら問題ないだろ」

「い、いや。そうじゃなくて…きゃ、きゃあああ!」

「うわあああ!」


 チコリのタオルが勢いよく剥ぎ取られた。露わになった箇所は、何も付いてないツルツル。チコリだけでなく、ツネヒコまでも絶叫した。


◇◆◇



 別々の男女の更衣室から出ると、ツネヒコはチコリに謝ってきた。浴場内でのことだ。


「すまない! 本当にごめん!」

「別にいいでありますわ。魔剣の鍛冶師は、主に一生添い遂げるでありますから、これぐらい……責任は取ってもらうでありますよ」

「責任って……頑張って敵を倒すから!」

「それだけじゃ不満であります! 今度は混浴で頼むであります!」

「えぇ!? いいのかよ!」

「ワシはこの程度ではへこたれないのであります! マスターと色んな場所で一緒が良いのでありますよ!」

「わ、わかった努力はする」


 ツネヒコは照れながらも、オーケーを出してくれた。


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