第16話 存亡契約

「お呼びですか、陛下」


 ツネヒコは玉座の間に入った。ここは王国グラスウィージャンの王都。

思えば騎士の実家が没落し、旅に出る前はここに住んでいた。何の因果か、ツネヒコは戻ってきたのだ。


「よく来たのう、灰色の琥珀団。傭兵団長ランク・ツネヒコよ」


 白いローブに滝のように長いヒゲ、輝く王冠がまぶしい。玉座に座る王は快く歓迎してくれた。

 各地で上げた功績、異種族を含んだ傭兵団という異色の部隊の噂が、王の耳まで届いたのだ。一介の傭兵団が、王から招集されるなんて名誉は中々ないらしい。

 最初は奴隷の解放が国家反逆に捉えられるのかとヒヤリとしたが、その件に関してはお咎めなしだったので、ツネヒコは安堵した。

 

「お会いできて光栄です」

「我が国のために、よく働いてくれているようじゃな。大義である」

「いえ、傭兵は報酬のために戦っているに過ぎません。大義名分など、大それたことは何もありませんよ」

 

 ツネヒコは謙遜した。実際、王に対する忠誠心など微塵も無かった。自分が騎士になっていたのなら、国家に対する愛もあったであろう。

傭兵は金で関係を作るものだ。


「灰色の琥珀団、その実力を見込んで頼みがある。近々、我々グラスウィージャン王国はアウトグランド帝国との永き戦いに終止符を打ちたいと思う。そこで帝都への侵攻を、ツネヒコに任せたいのだ」

「それは依頼という事でよろしいのですか? でしたら傭兵ギルドを通して、ご依頼ください」

「違うのだ、仲介を通す必要はない。王が直々にお前たちを雇うのだ。報酬は良い値で払おう」


 ツネヒコは考えた。報酬は良い値、つまり今の王にはどんな要求でも通るだろう。それだけ帝国との戦争に勝ちたいのだ。強すぎる灰色の琥珀団というカードを手札に加えたくて、彼はやきもきしているのだ。

 願いは騎士制度の復活、ツネヒコは一瞬思いついた。願いだった、騎士団長としての自分の軍隊。

すぐに考え直した。今さら国家が何なのだ、興味はない。今の自分には最高の仲間がいるじゃないか。それにソフィー、彼女が平和に暮らせる世界が良い。


「条件は金貨三千万枚、それと奴隷制度の撤廃と全奴隷の解放。断絶したエルフやドワーフ達との国交の回復です」

「なんと!」


 王は身を乗り出して驚いた。願い過ぎか、いや命を張るのならこれぐらい当然だと、ツネヒコは考えた。


「我々の部隊は異種族混合。灰色の琥珀団を動かすのでしたら、それ相応の住みよい国にしてもらわないと困ります」

「わ、分かった。成功報酬だ。国家への多大なる功績として、名誉市民の称号を全異種族に渡そう」

「契約成立だ」



◇◆◇


 アウトグランド帝国領、国内は落ち着きがなかった。紅蓮の魔兵団、団長グウェンはイライラしていた。度重なる王国の戦闘。帝国は負け越している。不甲斐ない雑魚どもを傭兵として使っているからだ。

 グウェンは玉座の間に入る。当然、許可など得ていない。すぐに衛兵が飛んでくる。


「なんだ貴様は! 帝王の御前であるぞ、勝手に入るでない!」

「戦いをしたことがない正規兵は黙っていろよ!」


 グウェンは真っ黒なコートを翻して態勢を引くし、思い切り衛兵を蹴り上げた。衛兵は顎を強打し、ぶっ倒れる。


「貴様、何者じゃ?」

「紅蓮の魔兵団、団長グウェン。ただの傭兵だよ、帝王」


 玉座に座る枯れたジジイが見える。あれが帝王か、情けない姿だなとグウェンは思った。


「ただの傭兵じゃと。覚悟はあって来たのじゃろうな。殺される覚悟を……」

「違うな、帝王。俺はお前に覚悟を問いに来た。王国との戦争に勝つ気はあるのか? てめぇのやり方は生ぬるいんだよ。このままじゃあんた戦争に負けるぜ」

「貴様ぁ、どこまで愚弄するか!」

「俺を雇え。ハッタリや酔狂で来たんじゃねぇんだ。ここに転生書がある。俺は悪魔と契約ができる」


 グウェンはコートの中から、古ぼけた書物を取り出した。


「我がアウトグランド帝国を魔界にするつもりか!」

「くそったれの王国に落とすよりはよっぽど良いだろ! さあ、選べよ! 必ず勝利をくれるさ悪魔どもがな」

「貴様の目的は何だ」

「俺か? 俺は勝利の暁には、金と地位をくれればいい。心配すんな心臓は取らねえよ。俺は悪魔じゃなくて人間だ」


 にひひとグウェンは笑った。帝王は必ず条件を飲む。老い先短いジジイは、命があるうちに戦争の決着をつけたいと願うだろう。


「わかった、結ぼう悪魔との契約を」

「よしきた」


 グウェンは転生書を開く。古代文字の書かれたページがインクが滲むようにして、漆黒の波動が噴き出した。その闇は玉座の間から城全体を覆い、城下町へと広がり、帝国全体に黒く染み込んでいった。

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