第14話 灰色の琥珀団(エジンコート)

「エジンコート! 食べ過ぎ! お客さんに出す分が無くなっちゃうよ!」


 ソフィーに怒られ、手をはたかれた。しかし、エジンコートはスプーンを置く訳にはいかなかった。


「いいソフィー? 兵にとって、いついかなる時でも戦いに備えなければならないの。いざという時にお腹が空いて、剣を振るえないなんてことがあったら今までの研鑽の日々がパーなのよ」

「うん……それは分かるんだけど、お代わりは辞めて欲しいかなって」

「なんと! しかし、この極上のカレーを前に一皿で止めろと!?」


 エジンコートの肩をツネヒコに叩かれた。


「いい加減にしとけ。灰色の琥珀団で一番エジンコート、お前らの歩兵部隊が一番数が多い。しかもお前が一番食う。傭兵の収益も殆ど食費に消えるんだぞ」

「ぐぬぬ……」

「やーい! ごく潰しであります!」


 チコリがやっかみに来た。


「ムキー! 分かった! 分かったわ! ならば私にも考えがある! 食材を調達してこよう!」

「アテはあるでありますか?」

「街の食堂で聞いてきた。近くにある森には何でも伝説のキノコがあるのだと! 私がそれを取ってきてあげよう!」

「キノコカレーにでもする気か」


 ツネヒコは嫌そうな顔をしていた。

 カレーにだってコクのあるキノコは似合うはず、エジンコートは確信していた。


「キノコカレー!? おいしそう!」


 ソフィーは目を輝かせていた。そうだろう、やはりきっと合うに決まっている。


「食べたいだろ、ソフィー。私が探しだしてあげよう!」

「ほんと!? 頑張って、エジンコート!」

「任せておけ、行くぞお前たち!」


 エジンコートが手をあげる、歩兵百人が呼応する。元狼血兵団の女傭兵たち、部隊の結束力は固い。



◇◆◇


 街から出た森の中、エジンコート達は行軍する。


「伝説のキノコ、輝く世界樹の洞にあり! その味は世界震撼の味覚なり――くぅう、楽しみだわ」

「隊長、世界樹って何でしょうか?」


 部隊の一人、キルルが聞いて来た。彼女は小柄で、七人兄妹。人一倍の頑張り屋さんだ。


「黄金に輝く葉っぱをつけた樹らしい。それだけ」

「それだけで見つけられるんですかね」

「大丈夫、我々は百人。人海戦術だ。各員、散開!」


 エジンコートの命令で、仲間たちが拡散していく。エジンコートもこまめに木の根や葉を見ながら、進んでいく。

 

「こちらにはありません、隊長!」

「隊長、ないです!」

 

 そう簡単に見つかるとは思っていない。この森の中にあるのならば、いずれ確実に見つかる。


「キルル、妹さん元気?」

「あ、はい。お蔭さまで病気も治ったみたいで、これも隊長が高い薬を買ってくれたおかげです」


 少し離れた場所から、キルルは微笑み返してくれた。


「大したことないよ、もう今は通院費をツネヒコが出してくれているじゃない」

「そうですけど、やっぱり隊長が拾ってくれたから今の私がありますから。路頭に迷っていた私と共に、傭兵団を作ってくださいました」

「そんなこともあったね。あの時は、狼血兵団でもないただの傭兵だった」


 エジンコートは昔の苦労を思い返した。初めての実戦は命がけで、その次の戦いも死にもの狂いだった。けれど徐々に仲間も、名声も増えてきた。ドワーフのチコリに出会って、重鎧を作って貰って、狼血兵団と呼ばれるぐらいには強くなった。


「でもその名前も返上して、今は灰色の琥珀団。ツネヒコ様の部隊のひとつです」

「しかも、やってることはキノコ狩り。いやぁ、人生ってのは良く分からないね……おっと」


 エジンコートは木の根につまずいてよろめいた。転びはしなかったが、態勢を整えて顔をあげると知らない奴と目があった。黒目は無かった。毛むくじゃらで、白目を剥いたクマのモンスターだ。


「げ! 出たぁ!」

「隊長! クマには死んだフリです!」

「分かった、死ねえ!」


 エジンコートは剣を抜いて、迷いなく斬りはらった。クマの首がポーンと飛んでって、刀身が紅く染まった。


「隊長、お見事です!」

「ふはは、死んだフリしとけ! あれ、死んでたわ」


 クマの巨躯が倒れ、無くなった首から煙が立った。凄まじい量の幕となって、あっという間に森中に拡散していく。


「隊長! こいつキノコ生えてます!」


 キルルがクマの首を持ってきた。クマからはキノコが帽子のようにくっついていた。


「なっ!? クマってキノコ食べるの!?」


 クマの死体から巻きあがった煙が晴れた。すると森が輝いていた。

 煙はキノコの胞子だったのだろう。森中にある木々の葉っぱが、金箔がついたように光る。そして木の根元には黄金のカサを持った、キノコがしこたま生えていた。


「た、隊長!」

「おお! キノコだ! 伝説のキノコよ! 総員、回収せよ!」


 エジンコートは怒鳴った。百人の歩兵でも抱えきれないほどの大漁だ。これだけ持ってくれば、ツネヒコも喜ぶに違いないと歓喜する。



◇◆◇



「いや、いくらなんでも多過ぎだろ……伝説ってなんだっけ」


 皆の元に戻ると、ツネヒコは微妙な顔をしていた。


「わーい! いっぱい! たくさん食べられるね!」


 ソフィーは無邪気に喜んでくれた。可愛いやつめ。


「ふむ、エジンコートにしてはよくやるでありますな」


 チコリはまだ煽ってくる。可愛くないやつめ。

 収穫したキノコはソフィーとその異種族仲間に渡した。すぐにキノコカレーを作ってくれた。伝説の食材が入っていると、いつもの香りも一層香ばしく感じる。


「伝説のキノコカレーですって? ワタクシ達も頂いてよろしいですの?」

「どうぞどうぞ」


 シムをはじめとするエルフ達だ。ソフィーが快く手招いて、それからカレーを配る。灰色の琥珀団全員に、カレーがいき渡った。


「では、いただきまーす!」


 エジンコート達歩兵部隊が真っ先にガッツいた。コクのあるキノコと、とろみのあるルーの相性は抜群だ。とても美味しい。

 が、異変はすぐに来た。お腹の調子がおかしい。なにかがこみあげてくる。エジンコートは慌てて口を抑えるが、止められなかった。


「あははははっ!」


 笑いが止まらなかった。なぜだろう、美味しいのに笑ってしまう。


「な、なんですの……うふふ、ふふふふふ」

 

 シムはスプーンを置いて、悶えている。


「盛りやがりましたね、エジンコート! にはははは!」


 チコリが怒るがもう遅い。


「あっはっはー!」


 ソフィーは地面に転がって笑い転げている。


「エジンコート! お前達は明日メシ抜きだ! あはははは」


 ツネヒコに笑いながら怒られた。メシ抜きと聞いて、絶望しているのに笑ってしまう。


「あひゃひゃひゃ!」


 結局、一晩寝たら毒素が抜けてなんともなかった。危ないワライダケだった。

 伝説は、やっぱり伝説なのだろう。エジンコートはひもじい腹をさすりながら、結論づけた。 

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