第13話 灰色の琥珀団(シム)

 エルフのシム姫は悩んでいた。ツネヒコの傭兵団に入ってから、ずいぶんと人生が変わってしまった気がする。


「ねえ、エリー。ワタクシがここにいるっておかしくありません?」


 シムは同じエルフの仲間に声をかける。ここは人の街、エルフ族は何百年も立ち入ったことは無い。エルフ族の中でもマイノリティである草原のエルフが、今までの前例を撃ち破っていいのだろうか。


「シム姫様、ツネヒコ様についていくと決めたのは、シム姫様自身です」

「そうではありますし、後悔はありませんわ。けれど、どうにも頭の中がもやもやしますわ」


 広場の中央では、いつも通りドワーフ達が鍛冶屋を拡げて人間相手に商売をしている。彼

 最近ソフィーが奴隷仲間を集めて、カレー屋まで作っている。良い匂いがして、嫌でもお腹の虫が反応しそうだ。


「シム姫様、森に流れる風は、いずれ草原にも流れる。それが我々の始まりでしょう」

「そうですわね、時代は変わるものですわ――ツネヒコと話をしてきます」


 シムは仲間から離れて、ツネヒコを探した。彼は広場のベンチに一人で座って、カレーを食べていた。


「……どうした、シム? お前も喰うか」

「ツネヒコと一緒なだけで、お腹いっぱいですわ」

 

 シムはツネヒコの隣に座る。彼の近くにいるとドキドキとしてしまう。ニンゲンだけど、今までの人間とは違う。特別な男の子。


「からかうなって」

「ふふん。明日は依頼が無かったですわね」

「この辺は平和だからな。カレーの匂いに誘われたお客さんが殆どだよ」


 ツネヒコはカレーを食べ終えて、皿をベンチの隅に置いていた。


「ツネヒコ、明日デートしましょう」

「ああデートね……ってデート!?」


 ツネヒコはベンチから慌てて立ち上がった。その慌てっぷりに、シムは悪戯な笑みを浮かべる。


「冗談では無いですわ。ワタクシ、ニンゲンの街を知りませんの。だからツネヒコ、案内してくださらない?」


 頭のもやもやを晴らすには、自分で巡ってみるのが良いだろう。そうシムは結論づけた。


◇◆◇



「お待たせですわ。さあ、街を案内してくださいませ」


 翌日、支度を整えたシムはツネヒコの腕に抱きつく。


「案内と言っても、俺も初めての街だぞ」

「人間の生き方の勝手なんて、どこの街でも一緒でありましょう? ワタクシは今日一日、普通の人間の生活がしてみたいのですの」

「分かった、努力はするよ。ただ手は離してくれ」


 シムはまるで恋人のように、ツネヒコの腕に抱きついている。


「男女が歩く時はこうするべきだと、聞きましたわ」

「いきなり間違っているぞ、そうするのは恋人同士だけだ」

「じゃあワタクシとツネヒコは恋人同士という事で……出発進行ですわ!」


 シムは強引にツネヒコの腕を引っ張っていく。


「違うし! 待て待て! 俺が案内するんだから、お前がエスコートしてどうする!?」


 シムとツネヒコは広場から、中央通りに出た。きっと何の変哲もない街なのだろう。店が立ち並び、人々が歩いている。

 シムは立ち止まって、ツネヒコから身体を離した。

灰色の琥珀団が有名になって、奇異の目で見られる事は少ないが二の足を踏んでしまう。ドワーフの鍛冶屋に来る人間達と違い、人々は綺麗に列を為していない。皆が思い思いの方向に歩いていって、流れというものが出来ている。まるで人の河で、そこに身を躍らせては流れていってしまいそうだった。


「あ……」

「なにビビッてんだよ。こっちだ、おいで」


 立ち止まってしまったシムの手を、ツネヒコが優しく引いてくれた。人の波に流されることなく、人混みの中をすいすいと進んでいく。水先案内をしてくれるツネヒコの背中が大きく見えた。

 ツネヒコは一つの路上販売店の前で立ち止まった。店の主人に何かを二つ頼んでいた。


「これでも食え」

「なんですの、これ」


 ツネヒコが渡してきたのは、小麦粉を焼いた生地に、クリームや果物を挟んだ甘そうなものだった。


「たぶん、クレープじゃない」

「たぶん?」

「俺の世界……じゃなかった。俺の国じゃそう呼ばれていた」


 ツネヒコは時折、変なことを言う。彼の故郷はどこにあるのだろうか。


「あ、美味しい」


 クレープはとても甘々で、とろける美味しさだった。エルフの生活では味わえない、濃厚で頭のおかしいほど盛った味だ。カレーといい、都会の人々は濃い味が好きらしい。


「それを食べ歩くのがトレンドだ」

「デートのですの?」

「そう……だと思うよ。俺デートなんてしたことないけど」

「ツネヒコを放っておく女の子なんて、殆どいないと思いますわ」

「茶化すなって、いや本当に故郷じゃモテなかったって」

「故郷の人間に見る目がなかっただけですわ」

「そうだと良いな」


 しばらく歩くと、人混みが更に濃くなってきた。整然と列をなしていて、何かが行われるのだろう。


「芝居って、エルフの所にもあるのか」

「もちろんありますけど、身内にしか見せませんわ」

「ちょっと見て行こう」


 人の列は劇場に伸びている。並んで入って、薄暗い雰囲気の中で演劇を見た。

 身分違いの男女の恋模様。演者の熱の入った演技にあてられたのか、シムは隣の席にいるツネヒコの手を握った。するとツネヒコの横顔は、恥ずかしそうにはにかんでいた。

 本当に女の子には慣れていないらしい。そんなところが可愛らしい。


「面白かったですわね」

「……ん、ああ」


 劇場から出ると、ツネヒコはソワソワしていた。


「エッチなシーンがありましたわね」

「……」

「エッチなシーンがありましたわね」

「二回言うな!」


 演者同士が合意して、キスして胸を揉んでいたぐらいで赤くなる。とてもウブ。

 シムもドキドキしていた。ツネヒコがそんな反応をするから、からかいたくなる。ソワソワして縮こまりたい心に、変な勇気が湧いてしまうのだ。


「……してみます?」


 ここは人混みから離れた、展望台。整然とした街並みが良く見えて、草原よりも涼しい風が吹く。


「ば、ばか何言ってんだよ!」

「ワタクシの方がヒロインの役者よりも胸が大きいですから、揉んでもらって構いませんよ」

「どんな理由だ!」

「ワタクシからスキルを奪った時は、触手であんなにも責め立ててきたというのに……」


 シムは思い返して、身体が火照ってしまう。めちゃめちゃにされ、敗北したからツネヒコに惚れた。激しくして欲しいなんて言ったら変態だけど、もっと強く迫って欲しい。


「ああいう魔法だから仕方なくだな――ッ!?」


 シムは彼の額にキスをした。ツネヒコが緊張して固まっているのが、唇から感じる。


「んっ――おでこで我慢してあげますわ。あら?」


 シムの胸に熱いものが触れた。ツネヒコの手が、シムの大きな乳房を掴んでいる。もみももみ、と二回揉まれた。


「ご、ごめん、驚いて手が出て……わざとじゃなくて!」

「あんっ……エッチですわね」

「いやホント不可抗力だから」

「エッチですわね」

「だから二回も言うなって!」


 直ぐに手を離されたが、揉まれた所がとても熱い。


「ふふっ、今日は楽しかったですわ。ありがとう、ツネヒコ」


 火照りを誤魔化すように、シムは笑った。ツネヒコも同じように照れ笑いをしてくれた。



◇◆◇


「シム姫様、悩みが晴れたようですね」


 翌日、街の広場。シムはエルフ達と共にいる。部下が顔色を確認して、ホッとしているのが分かった。


「頭のもやもやが晴れましたわ。ワタクシはツネヒコが好き、だから人間の街にいます。こんなワタクシに付いてきて、後悔は無いですかエリー」

「私達もシム姫様が好きです。だから何処にでも行きます」

「ありがとう」


 シムは仲間のエルフ達に微笑み返す。灰色の琥珀団として、エルフ族は共にいよう。人間の街も案外、悪くは無かった。

 ドワーフ達が武器防具を売り、ソフィー達がカレーを作っている広場で、シムは木漏れ日の下でうたた寝をした。

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