第12話 灰色の琥珀団(ソフィー)

 尖った角に、大きな尻尾。獣人のソフィーは悩んでいた。ツネヒコに連れられて、傭兵団に身を置いているけれど、今の自分は何にも役に立っていなかった。

 ツネヒコ達が戦いに行っている間、ツネヒコが貼ってくれる結界の中で大人しくしている日々。辛い、彼の役に立ちたい。ツネヒコが好きだから。


「わたしはソフィー、同じ獣人だから怖がらないで、仲良くしよう」


 ツネヒコに頼んで、同じ境遇の奴隷を助けて貰った。ソフィーは彼女達に挨拶する。

 ここは街にある公衆浴場で、今は獣人貸しきりだ。


「綺麗にしないとね、まずは君から」


 ソフィーは更衣室でクラシカルドレスを脱いだ。成長途中の身体、尖った角と尻尾を見せて敵意が無い事をアピールする。

 奴隷商人の元から助け出した十数名の異種族たちは皆ボロを纏っていた。ソフィーは天使のような翼の生えた獣人を最初に選んだ。


「ソフィー、君も奴隷だったの」


 彼女が聞いてきた。浴場でソフィーは、彼女の背中を流してあげる。羽毛に優しく、泡立てたスポンジをあてる。


「そうだよ、でも今はツネヒコが助けてくれたから――君の名前は?」

「クレイン……私達はニンゲンに酷いことをされてきた。なのにニンゲンに救われるなんておかしい話じゃない」

「おかしくないよ、色んな人間がいる。それを知って欲しい。前も洗ってあげるね」


 背中を洗い終えたソフィーは、クレインの前に回る。人間と変わらない裸体だった。


「い、いいよ。そこは汚れているの……」

「だから綺麗にしてあげる」


 ソフィーは泡立てたスポンジを、クレインの身体へと当てた。


「ひゃん! だ、だめ! くすぐったいから!」

「うん、綺麗になったよクレイン」

「はぁ……はぁ……」


クレインを先にお風呂の中に行かせる。まだ十数名の獣人たちがいた。


「これは禊なんだ。汚い過去は忘れて、同じ獣人同士で力を合わせて生きて行こう」


 ソフィーはひとりずつ、全員を綺麗にして、それからみんなでお風呂に入った。

 信頼してくれたかは分からないけど、同じ過去を持つ同士どことない安心感があったように思う。


◇◆◇



「料理を教えて欲しい? 俺の料理って、カレーか?」


 次の街、ソフィーはツネヒコに頼んだ。


「うん、前にツネヒコにご馳走してもらったの、とっても美味しかったから知りたいの。ドワーフの鍛冶屋にいっぱい人が集まるでしょ、それで料理屋があったら繁盛するかなと思って」


 増えた獣人たちは今、ドワーフが作ってくれた新しい機械馬車に乗っている。みんなで何かをしたいと、ソフィーは考えた。


「分かった。みんなを呼んできて、教えてあげるよ」


 街の広場、そこで調理器具を並べて、ツネヒコはスパイスの調合を獣人みんなに教えてくれた。

みんなでつくった彼の故郷の味らしいカレーは未知の味で、味見をした獣人たちは目を輝かせていた。


「ありがとう、ツネヒコ!」

「お安いご用さ。ちゃんと売ってくれよ、うちには一杯食うやつがいてお金がカツカツなんだ。なあエジンコート」


 ツネヒコは赤髪の彼女に声をかけた。エジンコートはいつの間にか、カレーの皿を手に取っていた。


「うぇ!? 私そんなにタベナイヨ」

「いつも大盛おかわりしているのは、君だろ。あと盗み食いはやめろ」

「ご、ごめんなさい! もぐもぐ」

「だから食べるなって!」

 

 ツネヒコはエジンコートを小突いた。

 ソフィーは彼が他の女の子と話していると、少し嫉妬する。女の子しかいない灰色の琥珀団では仕方のない事だけど。


「おっ、良い香りがする。噂の灰色の琥珀団じゃ、食い物も売っているのか」


 ドワーフの鍛冶屋にお客さんが来てくれた。彼らは新調した武器を小脇にかかえて、ソフィー達のカレー屋に来てくれた。ほぼ立ち食いだったけれども、お客さんは美味い美味いと言ってくれた。当然、ツネヒコが教えてくれたからだ。ソフィーは誇らしげだった。

 その後、お客さんがいなくなって、ツネヒコ達は戦いに出ていく。



◇◆◇


「ツネヒコ、もう寝ちゃった?」


 戦いが終わった夜、広場で作られたキャンプ。ソフィーはツネヒコのテントを訪ねた。

 彼は寝ぼけた眼でこっちを見た。疲れているのだろう。


「なんだ、ソフィー眠れないのか」

「そうじゃなくて、その……ツネヒコを癒してあげたくて。一緒に寝ていい」

「ふふ、ソフィーが添い寝したいだけじゃないか」

「ち、ちがくて!」

「いいよ、おいで」


 ソフィーはツネヒコの布団にお邪魔した。彼の身体は温かくて、眠くなりそうだった。


「今日は繁盛していたな、カレー屋」


 ツネヒコはソフィーの頭を撫でてくれた。


「うん、わたしも灰色の琥珀団の役に立てたかな」

「前も言っただろ、気にしなくていいって」

「うん……あ、ツネヒコ怪我している」


 ソフィーはツネヒコの頬に切り傷があるのを見つけた。滅多に怪我しないツネヒコにしては珍しい。


「あぁ、唾つけとけば治るよ」

「じゃあ、つけとく……ぺろ」

「うわっ! ソフィー何を!?」


 傷口をソフィーが舐めると、ツネヒコはびっくりして跳ね起きていた。そんなウブな反応も愛らしい。ソフィーは悪戯な笑みを返し、それからいつの間にか寝てしまった。



「ソフィー、起きろ朝だ。見てくれ」

「……うぅん? どうしたの?」


 朝日がテントの中に入ってきて、ソフィーは目が覚めた。興奮気味のツネヒコは、しきりに頬をみせていた。昨日、ソフィーが舐めた傷が無かった。キレイさっぱりなくなっていた。


「ソフィーが舐めてくれたとこ、もう治っているんだ」

「ツネヒコって治りが早いんだね」

「そうじゃない、ソフィーが治してくれたんだ」

「でもわたし、魔法使えないし」

「チコリに聞いたことがある。魔力は誰しもが持っている。魔石で作られた杖に反応して魔法が出来るように、人によって魔力の感応が違うんだ。ソフィーの唾液に含まれた魔力が、俺の身体に入り込んで反応を起こしたんだ。きっとソフィーの魔力は特別なんだ」

「わたしが特別……」


 ツネヒコは熱く語ってくれた。劣等だと思っていた自分も、何か誇りになれるかもしれない。ソフィーの心も熱くなった。

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