第11話 灰色の琥珀団(解放)
帝国領、前線基地。見渡す荒野、埋め尽くす程の傭兵達。王国軍であるツネヒコ達は、戦争規定に則り、ここに戦端を開く。
「行くぞ! 冷静に、作戦通りにだ!」
ツネヒコは叫ぶ。連絡は【遠隔通信魔法】エコーによって、トランシーバー代わりになる魔法の結晶を仲間に渡してある。
傭兵しかいない戦争は互いに戦術も乏しく、団子になって斬り合う蛮族のような戦いになりがちだ。実際もう他の傭兵団が、敵と醜い戦闘を繰り広げていた。
しかし、ツネヒコの傭兵団は違った。異種族を入れ、違った戦術を行うことが出来る。
「行きましょう、ツネヒコ。エルフ騎兵部隊出撃ですわ! ニンゲンどもを蹴散らしますわよ!」
シム率いるランドドラゴンに騎乗したエルフ達が、先鋒だ。歩兵に対して、騎兵は圧倒的に有利。馬を持たない傭兵の団子の中に突撃し、高所からの槍で蹂躙する。
「ぐおおっ! エルフだと! 王国の奴らは、どうして異種族なんかと!?」
槍に貫かれ、ランドドラゴンに撥ね飛ばされて、帝国の傭兵は恐怖に慄く。
「エジンコート! 歩兵部隊出撃!」
「オーケー、ツネヒコ。どんと行くよ!」
ランドドラゴンの後ろを、百人の歩兵部隊がついていく。騎兵が掻き乱し、手負いを負わしたものに追撃をかける。重装の鎧は疲弊した敵の攻撃をものともしない。
「ひっ! 堅いぞこいつら!」
「ぬるいわね! 攻撃ってのはこうやるのよ!」
エジンコートの剣が、薄い鎧しかない敵傭兵を切り裂いていく。彼女の眼前にいる敵は逃げ出した。
「うわわ! 敵わねえ! 逃げろ!」
「チコリ! 援護射撃、お願い!」
「合点であります!」
エジンコート歩兵部隊の斜め後方、二か所両翼にドワーフの銃兵部隊が控えている。歩兵部隊の機動性の悪さを補うための後方支援部隊だ。
ドワーフ達は魔法の杖を溶かして作った、魔法銃を持っている。まるでライフルのような長い得物は、長射程と精度の高さを持っている。
回転を伴って発射される魔法弾が、逃げる敵傭兵を撃ち抜いていく。
「撃て撃て! 撃ち抜くでありますよ!」
「ぎゃあああ! なんだあいつら!」
ツネヒコの元に【鳥瞰偵察魔法】イーグルアイで作られた、魔法の鳥が戻ってきた。視界をリンクさせ、仲間たちの戦いを見ていた。善戦している。騎兵、歩兵、銃兵、三種が合わさった戦術は上手い具合に噛み合っているように見えた。
こういう戦いがやりたかったんだ、ツネヒコは独りごちた。陣形による高度な戦術。烏合の衆である傭兵には決して出来はしない。
「ツネヒコ! 敵が集まって参りました! ランドドラゴンの機動力が削がれて……」
シムからの緊急通信だ。耳元の結晶が光り、脳内に声が直接届く。
「待っていろ、今行く――威風残光!」
遠く離れた丘の上、ツネヒコは脚力強化スキルによって駆け出す。一陣の風となって、死屍累々の戦場を駆け抜け、一気に最前線へと躍り出る。
エルフ達に襲い掛かる敵傭兵たち。ツネヒコは漆黒の魔剣を引き抜き、全部を両断した。
◇◆◇
帝国の前線基地を落としてから一週間、ツネヒコの傭兵団は名が売れてくるようになっていた。ドワーフの鍛冶師が街に来るから歓迎しろ。必ず依頼をやり遂げるから報酬は上乗せ。異種族たちの傭兵団、珍しい鉱石という意味から、灰色の琥珀団として言われるようになった。
「灰色の琥珀団だ。入れてくれ」
「これはこれは! ついに私達の街へもいらっしゃってくれたのですね! 貴方達を心待ちにしている者達も大勢います! ささ、どうぞ中へ」
門番に名を告げると、街への扉は簡単に開いた。エルフもランドドラゴンも、ドワーフもソフィーも一緒だ。誰一人欠けることなく入れるようになっていた。
「この街でもババンと儲けるでありますよ! ものども、頑張るぞー!」
「おー!」
チコリとドワーフ達は気合十分。手ごろな広場で鍛冶の道具と、売り物の武器防具を並べる。
その姿を見て、シムは溜息を吐いた。
「人の街は落ち着きませんわ」
「そんなこと言って、付いてきているであります」
「ツネヒコが一緒に来いというからですわ……」
シムはランドドラゴンを降り、広場の木にもたれかかった。
「いてくれるだけでいいんだ、シム。異種族への偏見をなくすために」
「どうせ、外も中もやる事ないから良いですけど」
シムはあくびをして、木漏れ日の中眠ってしまった。
「エジンコート、もし揉め事があった時は頼むよ」
「任せて、狼血兵団が不埒者には鉄槌を喰らわすから!」
「今は灰色の琥珀団だろ」
「あ、そうだった」
エジンコートは照れて、赤髪を掻いた。
心配しなくても、ドワーフの元へは変な奴らは来ないだろう。ツネヒコはソフィーを呼んだ。
「行くぞソフィー」
「うん」
ソフィーとツネヒコは二人広場から離れていく。中心街から離れた、路地裏はジメジメと湿っていた。
「ごめん、こんなお願いして」
「いいさ、ソフィーの方が辛くないのか?」
「大丈夫、これは決別だから」
ソフィーは強く生きようとしている。だったら応えてあげなくてはならない、とツネヒコは決心した。
路地裏を暫くいくと、地下への入口があった。そこには別の門番。裏世界への立ち入りを取り締る男がいた。
「止まれ、何をしに来た」
「見れば分かるだろ、商人だよ」
ツネヒコはソフィーを指差す。普通の女の子の身体にクラシカルドレス。しかしソフィーには角と尻尾が生えている。
裏世界の門番は納得したように、立ち入りを許可してくれた。
「よかろう」
ツネヒコはソフィーを物のように扱いたくはなかった。入る為には仕方のなかった。
「いやあああ! 助けてぇ! 助けてぇ!」
「ごめんなさい……! ごめんなさい……もうしないから、もう逆らわないから……!」
「うぅ……あぁ……あっ……!」
中はまるで地下牢だ。酷い匂いと酷い悲鳴。鉄格子の向こうに女の子たちが繋がれていて、拷問を受ける子、慰みものにされる子、倒れて痙攣する子。皆、獣のような耳が生えていたり、翼のある獣人たちだ。
「やあ、やあ。いらっしゃい、私の奴隷商へようこそ! さきほどから熱心に見ていらっしゃいますねえ! お気に入りの子がいらっしゃるのですか? お連れの子のように、珍しい種はいませんが、一通りの種族は揃えておりますよ。ぜひ、お申し付けください」
奥からニヤニヤとした貴族風の男が出て来た。儲けているのだろう。両脇に傭兵らしい屈強な男を二人引き連れていた。護衛だろう。
「ソフィーは奴隷じゃない。大切な仲間――俺たちは灰色の琥珀団だ」
ツネヒコがギルドバッジを見せると、奴隷商人は激昂した。はげかけた頭まで真っ赤になる。
「お前か! 劣等種どもを各地に連れ込んで、くだらない民衆をカモにした商売をしているのは! 貴様のせいで奴隷の不買運動が起き始めて、こっちは商売あがったりなんだよ!」
「それは良かった、奴隷なんてものは必要ないんだ」
「殺されたいんだな!」
奴隷商人の傍らにいる傭兵が一歩前に出た。ツネヒコはソフィーを背の後ろに庇うようにした。
「ビジネスの話をしよう。ここにいる女の子を全て買う。市場の二倍の価値でだ。その代わり、二度と奴隷を売ることをしないこと。どうせ赤字なんだろ? 良い機会じゃないか」
「舐めてんのか! てめぇを殺して傭兵団を潰した方が、よっぽど商売繁盛だぜ!」
奴隷商人の傍らにいる二人の傭兵が、剣を抜いた。筋肉質な剛腕から放たれる二撃が、ツネヒコを襲う。
「死ね! 灰色の琥珀団!」
ツネヒコは二人からの攻撃を剣で受け止める。火花が散り、三人の刃が互いに弾かれた。
キィィンと機械の振動のような音が、ツネヒコの剣から発する。魔剣ブラックバーン・スクア。堅いモノに打ち付けると振動し、丸鋸のように切れ味が上がる。
「愚か者だな! 貴様らは皆殺しだ!」
ツネヒコは剣を横に薙ぐ。二人の傭兵は剣戟を受け止めようとしたが、盾にした刀身ごと切り裂いた。
「ひっ! こ、こんなことをしても世界は変わらんぞ! 奴隷は奴隷だ!」
真っ二つになった傭兵を見て、奴隷商人は腰を抜かした。
「変えてみせるさ。ソフィーは獣人たちの希望の星となる」
ツネヒコは魔剣を奴隷商人めがけて振り下ろした。
◇◆◇
「大丈夫だよ、もう大丈夫」
奴隷商人の懐から抜き出した鍵を使って、ソフィーは牢の中に入った。囚われの獣人たちの手枷を外して回る。
奴隷商人の一味は全て、ツネヒコが始末した。
「あなたは……」
力無き獣人が、潤んだ瞳で見つめる。皆と同じで少し違う、角と尻尾を見ていた。
「わたしはソフィー、灰色の琥珀団においで。そこには異種族たちが幸せに生きているよ。ツネヒコが守ってくれるんだ」
ソフィーは優しく、獣人たちの肩に手を触れる。傷だらけの肌を優しくいたわるように。
ソフィーが望んだ奴隷の解放。ツネヒコは彼女の願いを叶えてやりたいと思った。ソフィーのような異種族の拠り所、灰色の琥珀団。その為の傭兵団にしよう。ツネヒコは決意した。
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