第10話 異種族傭兵団(繁盛)
チコリから魔剣ブラックバーン・スクアを受け取ったツネヒコは、ドワーフの王に呼ばれた。決して豪華とは呼べない無機質な王城、簡素な鉄製の玉座。髭ズラの毛むくじゃらで、いかにもドワーフらしい小太りな王様だった。
「傭兵ツネヒコよ、その魔剣の素材になった清廉石は今後百年、この鉱山で掘られることは無いじゃろう。我らドワーフはこの地を離れ、旅に出る。そして百年後、我らの孫や娘たちが再びこの鉱山に戻るであろう」
「それがドワーフの生き方なんですね」
「そうじゃとも。魔剣を打った鍛冶師は掟に従い、一生を魔剣の主へ付き従うのじゃ。我が娘チコリを頼んだぞ、ツネヒコ」
「お任せください、ドワーフ王」
ドワーフ王は手招きをした。彼の部下が沢山の重鎧を持ってきた。防具は棒にくくりつけられ、手ごろな高さに固定された。
「ツネヒコよ、魔剣の切れ味を試してみるのじゃ。それは狼血兵団に渡したドワーフ族最堅の重鎧じゃ。並みの剣では歯が立たぬ代物じゃ」
ツネヒコは鞘から魔剣ブラックバーン・スクアを抜き放つ。漆黒の刀剣、金色の幾何学模様。固定された防具に対して、横から切りつけた。
火花が散り、剣が弾かれる。刀身が振動してキィィンと鳴る。丸鋸が回転するような不快な音。刃物には魔力が宿らない。剣自体が発する鳴動は、使われている鉱石自体が振動している証拠。
ツネヒコは再び、力強く切りつけた。先ほど弾かれた重鎧を、今度は容易く真っ二つにした。まるでバターでも溶かすように、二つ目は更に簡単に、三つ目の防具は更に素早く切り裂いていく。
「凄い! 堅いモノを斬る度に、切れ味が上がっている!」
剣が弾かれ、刀身に衝撃が走るほど良く斬れるようになっていた。魔法ではない、まさしく魔剣の力だ。
「素晴らしい。流石、我が娘の打った業物。心配は何もない、ツネヒコよ期待しておるぞ」
ツネヒコは小さな王に跪いて礼をし、王城を後にした。
ドワーフの要塞のような街の外、そこには旅立つ準備をし終えた仲間たちが待っている。獣人のソフィー、シムとエルフ達、女傭兵を束ねるエジンコート。そしてドワーフのチコリだ。
「ツネヒコ殿! 待っていたであります! 父上は何と言っていたでありますか?」
幼女にしか見えないチコリと、彼女の工房にいたドワーフの女の子二十人が仲間になる。
「君を頼むってさ。ドワーフ王たちも旅に出るんだろ。こんな立派な街を捨てて、新しい地に行くなんて大変だな」
「簡単でありますよ、鉱山から鉱山へ移動するだけでありますから」
突然、地震のような揺れが巻き起こった。ツネヒコが振り返ると、ドワーフの街が振動しながら浮いていた。いや、何かによって持ち上がっている。街の下から機械の脚が蜘蛛のように生え、地面を歩いている。まさしく機動要塞。街ごと新しい鉱山へと移動しようというのだ。
「うおおお!? かっけえええ!」
「はぅわん!? なにあれえええ!?」
ツネヒコとソフィーは絶叫した。反してシムとエジンコートは冷静だ。
「あらあら、お二人共初めてなのですわね」
「ドワーフの街が移動するのなんて常識よ」
二人はさも当然といった風で、ツネヒコは驚いた。ソフィーも口を開けたままだ。
「うっそだろ! あんな無茶苦茶なのがあるか!」
「信じられない……」
ドワーフの機動要塞は地震と共に、山を越えて地平線まであっという間に行ってしまった。
「ワシらも行くでありますよ!」
チコリは馬の無い馬車を四台用意していた。それらも同じように、底から機械の脚が生えた。蜘蛛のような見た目、ドワーフ達はそれぞれに乗り込んだ。
「それも動くのかよ!」
ドワーフの機械馬車は素早く、ランドドラゴンと同じスピードが出た。旅の速度は変わらず、ツネヒコ達は鉱山を降りて次の街を目指す。
◇◆◇
次の街は海沿いの大都会だった。オーシャンビューなギルドハウスには爽やかな潮風が流れ込んでいて、集まる傭兵たちもどこか明るかった。
人間であるツネヒコとエジンコートだけが街の中に入り、依頼を受けにきた。
「なんだか平和そうだけど、こんなに傭兵がいるってことは大規模な戦いでもあるのか」
「どうやら敵地に攻め込む侵略戦みたいね」
「報酬が高そうだから受けよう。また前払いしてもらおうっと」
ツネヒコは受付嬢に、杖無しの魔法を見せる。実力は充分だというアピール、その効果は予想以上だった。
「貴方は、ツネヒコ様ですね! 参加してくださるとは百人力です!」
「あれ? 俺って有名なの?」
「ええ、かの凶悪裏切り者のアバズレ傭兵狼血兵団を倒すほどの実力者であり、ギルド内では噂になっておりますよ」
「本当か!」
騎士の位を失い、無名の傭兵だと思っていたが認められるのは嬉しい。ワクワクしたツネヒコの肩が叩かれた。
「おお! お前がツネヒコか! 悪の大傭兵エジンコートを倒すなんて大したもんだ!」
「君には憧れを抱くよ。魔法と剣技、どちらも素晴らしい。憎き狼血兵団をボコにする話を聞いた時はスカッとしたなあ」
「あんな傭兵団が元味方とは恐ろしく感じるぜ。にしてもツネヒコ、お前には期待しているぜ」
「いや~、生まれつきの魔法の才と剣の冴えだから対したことないよ」
傭兵達に口々に褒められた。すっかりツネヒコは気分を良くして、自分への褒め言葉ばかりが頭の中で反響する。
「誰がアバズレよ……その狼血兵団のエジンコートは今目の前にいるんだけど……」
「ん? 何か言った?」
「なんでもないわよ……どーぞ続けて、そのままおだてられててくださーい」
エジンコートは目立つ黒鎧と赤いマントをしているのに空気で、それが不満らしかった。裏切り者としてバレないなら、それで良いではないかとツネヒコは思った。
◇◆◇
依頼を取ってから街の外に出ると、意外なことにそこでも盛況だった。
「よってらっしゃいみてらっしゃい! ドワーフの出張鍛冶でありますよー! 傭兵のみなさん、押しあわずにー! であります! 戦いにはぜひ、ワシらの武器や防具をお使いくださいであります!」
チコリたちドワーフ族が街道で店を開いていた。彼女たちの機械馬車が内部を展開させていて、そこには簡易的な鍛冶場が出来ている。旅に出る前に持って来たのだろう、武器や防具までも売っていた。街の傭兵とみられる人々が、列をなしている。
異種族だが、知られざる武器職人として名を馳せていたドワーフ。噂の人物が目の前に現れて、皆興味津々なのだろう。
そして、それ以外には興味ないということか。ギルドハウスでの出来事と同じだなと、ツネヒコは思った。
「ニンゲンの癖に……ワタクシ達は無視ですの」
シムとエルフ達は離れた位置で固まっていて、喧噪とは無縁の空気だった。
ツネヒコは木にもたれかかるシムの隣に腰掛ける。
「戦の前だからな、金と命に関わることが大事でそれ以外はどうでもいいんだ。今あそこには差別がない世界が広がっているんだ」
「ふぅん、ニンゲンって現金ですわね」
「ところでソフィーはどこ?」
「チコリのとこで売り子をしていますわ」
シムの指差す方向。ドワーフに混じって、ソフィーは働いていた。
「ロングソードとフルプレートのセットですね。金貨五枚になります……ありがとうございました!」
ソフィーの角も尻尾も、誰にも咎められてなかった。むしろ傭兵たちに好かれていた。
「可愛いドワーフだね、この角って防具? 攻撃力高そう」
「や、やめてください! 触らないで!」
その光景を見て、シムは溜息をつく。
「変わったドワーフだと思われていますわ」
「許せねぇ! ソフィーに気安く触るな!」
「……ツネヒコは戦いの前だというのに、緊張感がないですわね」
「戦いの前だから気になるんだよ、ソフィーだけが戦えないんだ――客にセクハラすんなって文句言ってくる!」
ツネヒコは立ち上がり、賑わいの最中にとびこんでいく。
「……むぅ、命を張るワタクシの心配をしてくれても良いですのに」
◇◆◇
「チコリ、今日は凄い盛況だったな」
日が暮れてお客もいなくなった頃、そろそろ依頼にある戦場へ行かないといけない。ツネヒコはチコリに話しかけた。
「えへへ、大儲けであります! ツネヒコ殿の旅についていって良かったであります!」
「それは良かった。次の戦場では、一緒に戦ってくれるんだよな?」
「もちろんであります! ワシらドワーフは魔法使いとして、後方支援しますであります!」
チコリは鉄製の杖を取り出し、ブンブンと振った。
「提案があるんだ。魔法を杖から打ち出すとして、命中率や飛距離に不安はないか?」
「うむ、確かに遠くの敵を狙うのは難しいし、真っ直ぐ飛ばすのも大変であります」
「俺のいた世界……じゃなくて、俺のいた国に銃ってものがあるんだ。本来は鉛玉を飛ばす武器だが、それで魔法を飛ばせたら強いんじゃないか」
「ほぉ~! 面白そうでありますな! 機構を教えて欲しいであります! ぜひ、杖に流用したいであります!」
チコリは目を輝かせた。職人魂が燃え滾っているという感じだ。
ツネヒコは昔ネットや小説で集めた現代知識をフル動員して、チコリに伝えた。完全に銃をつくれるほどの知識は無かったが、イラストを描いたり原理を説明して、なんとかチコリは理解したようだ。
魔石で作られた鉄を再び溶かし、鍛冶場で銃の形に鋳造された。見た目はライフル銃に似ていて、レンズ付きのスコープが取り付けられた。グリップを握った術者の魔力に反応して、魔石で出来た銃が魔法を顕現させる。光弾が銃内部に発生し、ライフリングされたバレル内を回転しながら通過し、銃口から飛び出す。魔法弾は遠くの岩に命中、粉々に砕いた。
「どーん! 命中! 完成であります!」
魔法銃を放ったチコリは、嬉しそうに飛び跳ねた。杖で撃てる距離が約三百メートル、弓ほどの射程だとするなら、その十倍はあった。
「さすがドワーフだな。素晴らしい完成具合だ」
「ツネヒコのお蔭であります! ツネヒコ、大好きであります! キスして良いでありますか!?」
「ばッ……ちょっ、そういうのはまだ君には早いから!」
小さいチコリはツネヒコの身体によじ登ろうとする。顔までいかれるのを、ツネヒコは必死に阻止する。
戦いの前というのに、ドワーフとは元気でたくましいなとツネヒコは襲われながらも関心した。
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