第9話 剣を求めて(鉱山)
「ニンゲンを殺して欲しいのであります」
鉱山にある要塞のようなドワーフの街。工場のような火事場の主、小さなチコリはツネヒコに依頼を持ちかけてきた。
「この街に来る人間は鍛冶を依頼しに来る、奇特な奴しかいないんじゃなかったのか」
「街に入って来る人間はそうであります。最近、鉱山の方で採掘品を奪われて困っておるであります。どうやら入り組んだ洞窟に盗賊がいるのじゃ」
「分かった、そいつらを倒せば剣を作ってくれるんだな」
「うむ! 盗賊集団が貴重なブラックバーン鉱を盗んでありまして、それが良い剣の素材になるのであります!」
チコリは鍛冶師のハンマーを、小さな手で撫でた。うずうずと、身体が震えていた。
「おのれ! 盗賊ども! であります! せっかくのブラックバーン鉱をこの手で打てると思っていたのにぃい! ツネヒコ殿! ワシも一緒に参りますぞ!
「た、戦えるの?」
「もちろんであります!」
チコリは小さい胸を、どーんと叩いた。幼女にしか見えないがドワーフというものは、たくましいのだろう。
◇◆◇
ドワーフの街に来るまで長旅だったので、盗賊団潰しは明日になった。巨大な工場のような鍛冶場には従業員のドワーフ用か、沢山部屋があった。ツネヒコの百人以上いる仲間たち全員泊めてくれるらしい。
ツネヒコは傭兵団唯一の男なので、個室を貰えた。ドワーフ料理は肉ばかりで、つい食べ過ぎてしまった。小さめのベッド上、ツネヒコは縮こまりながらウトウトしていた。
「ツネヒコ、寝ちゃった?」
ソフィーの声だ。ソフィーはシムとエジンコートと同じ部屋だったはず。ツネヒコは寝ぼけながらも返事をする。
「どうした、眠れないのか?」
ソフィーはドワーフの小さい布のような寝間着で、尻尾が邪魔なのか下を履いてなかった。ツネヒコがかける布団の上に跨った。
「うん。明日、皆で盗賊退治に行くんだよね?」
「坑道は狭いから少人数だな。シムとエジンコート、あとチコリと行くつもりだ。他の皆は街で好きにしているってさ」
「チコリ、あんなに小さいのに戦えるって凄いね。私は戦えないし、傭兵団でお荷物だよね。せめて魔法でも扱えれば良かったんだけど、才能がないんだ」
チコリは重そうな鍛冶のハンマーを持っていた。やはり、あれで殴るのだろうか。
「気にするなよソフィー。お前は俺が好きで連れてきたんだ。何かしようとか考えなくて良い。帰りを待っていてくれれば良いんだ」
「でも……」
しょぼんとソフィーは顔をしかめた。少しだけ開いたカーテンから差す月光が、ソフィーに影を落とす。
「……じゃあソフィー、子守唄でも歌ってくれるか。寝付けなくてね、このままじゃ明日の戦いに差し支えるんだ」
「うん! それなら、お安いご用だよ!」
ソフィーはツネヒコの上で、歌い始めた。透き通るような美声で、大空を翔るように爽やかな音色だった。ツネヒコは安らかに眠ってしまった。
翌朝、当たり前のようにソフィーは一緒の布団にいた。朝日に照らされながら、口を小さく開けて眠る彼女は可愛かった。
◇◆◇
「では、盗賊退治に行くであります!」
翌朝、リュックを背負ったチコリを道案内として先頭にドワーフの街を出た。すぐそこにある鉱山の坑道へ、ツネヒコとシム、エジンコートを連れて入っていく。
中は狭くて薄暗い。ところどころ、キラりと光るものがあって気になる。ツネヒコは手を伸ばした。
「なんだあれ」
「危ないであります! コウモリのモンスターであります!」
「うわっ!」
キイッキイッと呻きながら、目を光らせたコウモリが襲ってきた。先頭のチコリはリュックから杖を取り出した。
「光るであります! 黎明の雫! フラッシュ!」
チコリの杖先に光の球体が出現し、輝きを放つ。光にあてられたコウモリはその場で灰になった。光の球はそのまま残り、ランタン代わりとなる。
「危なかったでありますな、ツネヒコ殿」
「チコリって魔法使いだったのか」
「てっきり鍛冶のハンマーで殴るのだと思いましたわ」
シムは長い槍を天井にぶつけないよう、不自然な持ち方をしていて面倒そうだ。
「大切な仕事道具をモンスターの血で汚すわけにはいかないであります!」
「その杖も、この鉱山で取れた良い魔石で作っているんだよね」
エジンコートは重そうな鎧をつけていて、赤いマントを砂だらけに汚しながら進んでいる
「うむ! ワシの魔力と相性の良い、魔石を使っておるのであります!」
「へぇ、杖ってただの棒じゃなかったんだ。長物なら何でも良いのかと思ってた」
「なんでもよくないであります。魔石は特殊な鉱石で、刃物など尖った物体に加工すると効力を失うでありますよ。しっかり体内の魔力を魔石で増幅しないと、魔法として顕現しないであります!」
「なるほど、だから剣じゃ魔法を撃てないのか」
ツネヒコは初めて知った。杖が無いと魔法が撃てないカラクリは、魔石で増幅していたからなのか。
「ツネヒコ殿……常識でありますよ」
「チコリ、ツネヒコは杖無しで魔法が使える天才だから知らないのよ」
エジンコートからそう聞くと、チコリは目を輝かせた。
「それは凄いでありますな、ツネヒコ殿! 俄然、剣づくりにも熱が入るでありますよ!」
チコリは入り組んだ坑道を進んでいって、突然魔法の光を消した。
「いるでありますよ、盗賊団が……」
坑道の曲がり角、少し空間の開いた場所から焚火の光が見えた。人数は十人もいる。
「チコリ、魔法で焚火を飛ばしてくれ。暗闇になったら俺が突っ込む。三十秒後に灯りをつけてくれ」
「見えるでありますか?」
「大丈夫だ」
ツネヒコはエジンコートを一瞥した。
「唸るであります! 穿孔の魔弾! ブライトアロー!」
チコリの杖から光弾が飛び出し、盗賊団の焚火を吹き飛ばした。真っ暗闇になった空間で、盗賊団は慌てふためいていた。
「なんだ! ドワーフのチビどもか!」
「小賢しいやつだな! 見つけ次第殺せ!」
ツネヒコは暗闇の中、突っ込んでいく。剣に手をかけ、集中する。エジンコートから奪ったスキルを自分のものにしたことで、更に強化されている。獣のように気配を感じ取れる。
「奥義! 狼月閃!」
刀身がボウっと赤く光る。盗賊団が灯りに気付いた時にはもう遅い。ツネヒコは彼ら集団の中心にいた。グルリと一回転、爪のように刻む斬撃が薙ぐ。
「ぐああっ!」
盗賊団の人数は一瞬で半分になった。
「な、なんだこいつは!?」
「ブライトアロー!」
「ぎゃあん!」
ツネヒコの刀身の灯りをアテに、チコリの魔法が飛んでくる。ひとり、また倒れた。
「くそっ! ドワーフもいる! 魔法使いから倒せ!」
残りの盗賊団がチコリへと向かっていく。暗闇の影からシムとエジンコートが躍り出る。
「真正面からとは頭が悪いですわね、ニンゲン」
「チコリ、私達が守ろう!」
刃物同士がぶつかる音。火花が輝き、血しぶきが暗闇に飲まれる。シムとエジンコートは残りを返り討ちにした。
「ふう、他愛も無かったですわね」
「こいつら、傭兵崩れだ。傭兵じゃ食っていけなくて、盗賊なんかに身をやつした不甲斐ない奴らよ」
エジンコートは倒した盗賊が持っていた、ギルドバッジを踏みつけながら言った。
「裏切り者でツネヒコ殿のヒモになり下がった、エジンコート殿が言うのでありますか?」
「むぅう! チコリのバカぁ!」
エジンコートはチコリの放つランタン代わりの魔法目掛けて、追っかけ始めた。
明るいので盗賊団が盗んだ鉱石がよく分かった。まるで黒曜石のように黒光りする、鉱石をツネヒコは拾い上げた。不思議と温かく、魔力とは違う何かの力を感じる。
「それがブラックバーン鉱であります! 地脈の力を百年かけて蓄えた鉱石、清廉鉱の一種! 一つの鉱山で一つしか取れないという伝説の鉱石であります!」
チコリは興奮気味に、エジンコートから逃げながら、ツネヒコから鉱石を奪い取った。
「早く帰るでありますよ!」
◇◆◇
ドワーフの街、チコリの工房。巨大な鍛冶場は唸りを上げていた。マグマのような溶鉱炉にブラックバーン鉱は溶かされ、コーヒーのような液状になる。鉄製の鋳型に入れられ、ベルトコンベアによって運ばれていく。
まるで工場のように巨大な鍛冶場だ。密閉された鋳型は水の中に入れられ、急速に冷やされる。上がってきた鋳型を、流れ作業のようにドワーフ達がハンマーで叩いていく。
固まった鉱石は外からの衝撃でヒビが入る。鋳型から外され、巨大なカッターが削り取るように切り刻む。粉々の鉱石はミキサーに入れられ、攪拌されてから再び溶鉱炉まで戻っていく。
そして純度を上げた、溶けた鉄がやっとチコリのいる鍛冶場へと運ばれてくる。年季の入ったハンマーで叩く。蒸し上がるほどの熱気と、火花を散らして小さな彼女は力強く打つ。
その作業を三時間にも及んだ。終わった鉄は再び溶鉱炉へと戻された。同じ工程を五十六回、戻ってくるまでの僅かな時間にチコリは仮眠して飯を食べる。一週間もの間、チコリとドワーフ達は工場内に閉じこもり、そして完成した。
「待たせたでありますな……ツネヒコ殿……これがワシの生涯最高傑作――魔剣ブラックバーン・スクアであります……」
今にも倒れそうなチコリから、ツネヒコは剣を受け取った。漆黒の刀剣。深淵の湖から抜き放ったばかりのように、妖艶な光沢のある刀身。古代生物の骨に似た、金色の幾何学模様が走っている。握れば夜の帳のように、覆い尽くしてくる圧迫感。獲物を求める本能を刺激するような、高揚感を感じた。
「力を感じるよ。ありがとう、チコリ。ゆっくり休んでくれ」
「眠る前に、ひとつ言っておくであります。ワシを、ツネヒコの旅に同行させて欲しいのであります。ドワーフは伝説の清廉石で作り上げた魔剣の主に、一生付き従うのじゃ……一生に一本だけしか作れない魔剣の研磨と整備の為に、ワシを……」
チコリは力尽き、眠ってしまった。ツネヒコは剣を鞘にしまい、チコリを抱き上げる。工場内にあるベッドへと、彼女を運んだ。
「分かったよ。これからよろしくな、チコリ」
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