第7話 狼血兵団(屈服)

「――奥義、狼月閃!」

 街の大通り、傭兵の少女エジンコートが放った回転切りは盗賊を切り裂いた。

 ツネヒコは吹き飛んだ盗賊を見下ろす。哀れな略奪者は、常人とは違うことにツネヒコは気付いた。盗賊のボサついた髪には犬耳がついていた。


「こいつ、獣人だ」


 野次馬たちが口々に悪口を言う。「やはり獣人は鎖につないでおくべきだ」「奴隷の身分にはロクな奴がいない」

 ツネヒコは否定したかった。悪いのはコイツであって、獣人の中にだって良い奴はいる。ソフィーのような子もいるのだと。


「……どうか安らかな眠りを」


 エジンコートは膝を折り、祈りを捧げていた。自分を斬ろうとした盗賊相手にだ。彼女にとって敵も味方も、獣人も人間も関係ないのだろう。


「エジンコート、俺は君に興味がある」

「きょ、興味ってど、どういう意味よ」

 

 しどろもどろになるエジンコートの手を、ツネヒコは掴んで連れていく。


「俺の仲間に会って欲しい」

「え? ちょ、ちょっと!」


 彼女ならば獣人のソフィーに分け隔てなく接し、人間嫌いのエルフとも仲良くなるかもしれない。ツネヒコは期待し、考えた。できれば仲間になって欲しいと。



◇◆◇



「ただいま、ソフィー! シム!」


 街の外にある原っぱ、ランドドラゴンたちが寝転がっているので場所はすぐに分かった。ツネヒコは仲間に手を振る。


「おかえりなさいツネヒコ……知らない女のひと連れてるー!?」

「浮気ですの!? キーッ! ワタクシとは遊びだったんですね!」


 騒ぐソフィーとシムを見て、エジンコートは驚いた声をあげ、ソフィーに抱き付いた。角を触り、尻尾をさすり、ぎゅうぎゅうと抱き締める。


「うわぁ可愛らしい子! そっかこの子の為に選んだんだ」

「はぅわん! なに、なに!? 選んだって、なにをー!?」


 困惑の表情のまま、なすがままのソフィー。ツネヒコは街で買ってきた荷物から、贈り物を取り出す。貴族風のしっかりとして、フォーマル。旅に耐えられるよう丈夫な素材で作られたクラシカルドレスだ。


「彼女は傭兵のエジンコート。これは彼女が選んでくれたんだ。ソフィー、君にプレゼントだ」

「はぅ!? ありがとうツネヒコ。えっと、エジンコートも」

「ふふふ、どういたしまして」


 エジンコートが離れると、さっそくソフィーはボロを脱ぎ始めた。

 慌てて、ツネヒコは後ろを向く。


「どうかな、似合ってる?」


 ツネヒコは振り返る。クラシカルドレスはソフィーの身体にピッタリとフィットしている。可愛らしいピンクが、彼女の白髪とのコントラストで良く映える。短いスカートがフリフリのペチコートでふわりと浮かび、太い尻尾が顔を覗かせている。


「可愛いよ、ソフィー」

「えへへ。服を貰ったなんて初めてだから、嬉しい」


 ニコニコとしたソフィーに反して、エルフのシム達は不満げだった。


「変な人ですわね、ニンゲンの癖にソフィーに絡んでいくなんて」

「そう警戒するな、ああいう子なんだよ。それよりも、メシにしよう。街で食材を買ってきたんだ」

「わざわざお金をださなくても、食料ならその辺に埋まっていますのに」

「ソウゲンイモなんかじゃなくて、俺が料理というものを見せてやるよ――お前達、手伝ってくれ」


 ソフィーへのドレス以外に買ったものは殆ど食材と調理器具だ。ツネヒコは荷物を仕分けして、エルフ達に渡す。彼女達に火を起こさせ、ナイフを渡して大量の食材を切って貰う。

 名前は分からないが、マーケットで買ったニンジンのような野菜に、玉ねぎのようなもの。知らない家畜の肉。あとエルフのランドドラゴンが掘ってきたソウゲンイモも、乱切りされて大鍋にぶちこんだ。

 水はシムが地面をぶち破って、地下水を汲んできてくれた。

 後は味付けだ。転生後間もない頃、一週間の貴族生活でツネヒコは舌が肥えている。街から買ってきた名前の分からない、沢山のスパイス。香りだけで選んだそれらを目分量で入れた。ぐつぐつと煮込むと香ばしい匂い、どろりとしたカレーが出来上がった。

 米は別鍋で似たような穀物を焚いた。出来上がった料理を木皿によそい、全員に配る。


「うわぁ! 美味しそー、こんなの初めて見たよ」

「カレーライスというんだ、いっぱい食えよ」


 ソフィーは喜んでいたが、シム達は違った。


「ワタクシ、ニンゲンなんかと一緒にご飯なんて食べれませんわ! も、もちろんツネヒコは別ですけど!」

「そんな固いこと言わないでよ。知らない料理だけど、美味しそうだよ。はい、あーん」


 エジンコートは木皿に盛ったカレーライスをスプーンですくい、シムの前に突き出した。


「な、なんですの。そんなことしても、ワタクシは……はむっ!」


 香りに耐えられなかったのか、シムは食いついた。それどころか、もっとと催促までしている。エジンコートがその度に、スプーンで運んでやる。


「もぐもぐ……美味しいですわね。ニンゲン、おかわりを持ってきなさい」

「エジンコートよ。よそってきてあげるから、自分で食べなさい」

「ふむ、ニンゲンも気が利きますわね」


 シムは顔をほころばせていた。


「案外、チョロイよなエルフって」

「ツネヒコの料理がおいしいのが悪いんですわ!」


 エジンコートも入れた皆でカレーを食べた。終わった頃にはエジンコートも輪の中に溶け込んでいた。

 ツネヒコは彼女にこのまま仲間にならないかと持ち掛けた。


「仲間に? 残念だけど、私には私の仲間がいるの。もういかないと、あの街には少し用があっただけだから」

「そっか、またどこか旅先で会えたらいいな」

「いいえ、再会しないことを望むわ」


 エジンコートはひとり、夜の草原の向こうへ行ってしまった。ソフィーもシムも、エルフ達もお腹いっぱいになって既に寝てしまっている。ツネヒコも横になった。



◇◆◇



「さてと、仕事を終わらせてくるよ。シムはソフィーを見ていてくれ」


 翌朝、ツネヒコは身支度を整えた。昨晩、食べた分は働かなければならない。前金を使ってしまった。報酬を貰わなければ、次もカレーライスは食べられない。

ひとりで出ていこうとするのを、シムに止められた。


「待ちなさい、ツネヒコ。ワタクシ達エルフも参りますわ。貴方に忠誠を誓った身、ひとりで戦わせる訳には参りません」

「ありがとう、シム。お前達も来てくれるんだな」


 シムとエルフ達はランドドラゴンに乗っていた。寝ぼけたソフィーも乗っけて出発する。

 向かうは傭兵の依頼契約書に書かれていた地図の通り、街はずれにあるリアス砦だ。



◇◆◇


 リアス砦へは一時間ほどでついた。そこは狼血兵団に占拠されているという。情報通り砦の門は閉ざされ、辺りには戦いの跡と思われる剣や鎧が転がっていた。砦の上には、ずらりと黒い重鎧を纏った傭兵がいた。リーダーなのだろう、一人だけ兜をつけず、赤いマントをはためかせる一人が警告を発した。


「そこで止まれ! 王国の傭兵よ――嫌な再会ね、ツネヒコ」

「エジンコート……君が狼血兵団だったとはね」


 特徴的な赤髪、凛々しい彼女。今は重武装をした、帝国の傭兵だ。


「敵なの……なんで」

「ソフィー、君は離れているんだ」

「でもツネヒコ――分かった」


 ソフィーが乗ったランドドラゴンと誰も乗っていない五匹が、離れて行く。充分安全な場所まで行ったところで、ツネヒコは【決闘隔離魔法】サクリファイスの防御ドームをかけてやった。


「私は何度も言ったの、狼血兵団と戦うなって。他の傭兵は大人しく聞いてくれたのに、君はなんでダメだったのかな」

「ギルドハウスにいたのは、砦を取り返しに来させないためか。噂は嘘か」

「いいえ、実力を偽ったつもりはない。私達の部隊が十倍もの敵を無傷で殺せるのは間違いない」

「そうか。なら遠慮なく倒させて貰おう」


 エジンコートの強さがハッタリではないのなら、本人が言っていた通り狼血兵団は百人。こちらの三倍の人数だ。それぐらいなら何とでもなる。ツネヒコには自信があった。


「そうはいかないよ、ツネヒコ。今すぐ依頼を放棄して。でないとこの人達を殺す」


 エジンコートの部下が一人の男を連れてきた。ツネヒコに面識はない。エジンコートは剣を抜き、男の首筋にあてる。


「人質だと! 卑怯な!」

「この人は砦を守っていた王国の傭兵たちよ。全員生け捕りにしてある。他は砦の中にいる。妙な気を起こすのなら、私の部下が全員殺す」

「帰れというのかよ。そうはいかないな。国の戦争なんてどうでもいい。ただ依頼は果たす、騎士ならば絶対に約束は違えないからだ――【鳥瞰偵察魔法】イーグルアイ!」


 ツネヒコは魔力の鳥を飛ばす。視界をリンクさせた魔力生物はガラスのない砦の窓から侵入する。

 中には装備を取られ、後ろ手に縛られた傭兵たち。


「うわっ! なによこの鳥!」


エジンコートの部下たちは、突如侵入してきた魔法の鳥に驚いているのが見えた。


「シム! 聞こえるか!」

(ええ! よくきこえますわ!)


 ツネヒコの頭の中に声が響く。【音響通信魔法】エコーを事前に発動しておいた。小さな雪の結晶のような魔力の球が、ツネヒコの耳と口の辺りにひとつずつ漂う。それはシムの所にも同じようにあるだろう。一種のトランシーバーのように、お互いの声が届くのだ。


「人質と敵の場所を教える良く聞け――」


 ツネヒコが魔力の鳥からの情報を、シムに伝える。シムと五人のエルフは、砦にへばりつくようにしてよじ登っていた。人質のいる三階の窓から乗り込む。

 その姿を砦から見下ろしたエジンコートは、焦ったような声をあげる。


「おのれ、いつのまに!」

「砦を落とすのに、真正面からバカ正直にいく訳ないだろ! もっとも、人質がいるとは予想外だったがな――威風残光!」


 ツネヒコは態勢を低く、足に風を纏わせた。とてつもない速さでツネヒコは駆け出した。脚力を活かして砦の垂直の壁を蹴って登る。一瞬で屋上まで到達、いま人質の首を掻き切ろうとするエジンコートを蹴飛ばした。彼女は門の内側に落ちていく。


「ぐあっ!」


 ツネヒコは剣を抜き、残った女騎士たちを切り付ける。黒い重鎧は固く、弾かれた。


「これなら街で良い剣を買っておくんだった!」


 ツネヒコは後悔するが遅い。強化された脚力で女騎士たちを蹴飛ばす。蹴りの威力はすさまじく、足払いで旋風が巻き起こる。エジンコートと同じ場所に落としていく。


「ツネヒコ! 人質は救いましたわああ! 助けてくださいまし!」


 砦の階段を登って、シムとエルフ、十数名の人質が屋上へ上がってきた。彼女達の後ろには、狼血兵団の騎士たち。


「りょーかい」


 ツネヒコはその騎士たちも落とす。その後、屋上にあるレバーを引いた。砦の閉ざされた門が、鈍い音を立てて開いた。


「シム姫さまのために! 手柄をたてよ!」


 外のランドドラゴンに乗った、エルフ達が雄たけびを上げて砦の中に乗り込んでくる。狼兵団を囲み、常に移動しながら槍で攻撃する。

 狼血兵団が手練れだろうと、騎兵と歩兵では圧倒的に騎兵のが優位。エルフ達には深追いせず、距離を開けろと言ってある。ランドドラゴンから引き摺り下ろされなければ、負けることは絶対にない。槍を剣で受け止められようとも、時間をかければ勝てる。


「いいぞ、相手を消耗させるんだ」


 ツネヒコは砦から飛び降りた。騎兵のエルフによって、防戦一方の女騎士を横合いから蹴り飛ばす。砦の壁に叩きつけられた敵は昏倒した。


「ツネヒコ! 小賢しい真似を!」

「どっちがだ!」


 エジンコートの剣を、ツネヒコは真正面から受け止める。やはり彼女の斬撃は重かった。並みの傭兵ならそのまま押し倒され、踏みつけられたであろう。

 威風残光の脚力強化を活かし、ツネヒコは剣をはねのける。エジンコートが態勢を低く、構え直すのが見えた。彼女の剣が紅く色づいていく。


「奥義、狼月閃!」


 エジンコートが重い鎧のまま、グルリと回る。剣がそれに付随し、赤い斬撃が煌めく。強烈な回転切り。傷跡が引っ掻かれたように切り裂かれる、彼女のスキルだ。

 ツネヒコは剣を剣で受け止める。街で盗賊に見舞ったような、威力を感じられなかった。


「嘘だろエジンコート……お前、手を抜いているだろ」

「何を言っているの? 私は本気よ、人質を取るぐらいだもの」

「違うな元王国の傭兵の君は、同じ国の傭兵を傷付けられなかった。だから全員人質にしたんだろ! だから俺にも手加減した」

「違うわ! 私は裏切り者! 今は帝国の傭兵! きゃっ!」


 ツネヒコは簡単にエジンコートの剣を撥ね飛ばした。タックルして彼女を押し倒す。馬乗りになった。


「大人しくしろ。訳があって、敵についたんだろ」

「言ったでしょ、お金のためよ」


 ツネヒコの股の下、エジンコートは顔を背けた。お金のため、そう何度もエジンコートは呟いた。


「……狼血兵団は女だけの傭兵団よ。皆やむにやまれぬ事情があって、戦っている。それは自分のためじゃない、家族や兄弟。孤児院の仲間のためって子もいる。私達百人は、百人が生きていけるだけ稼げればいいんじゃない! その何倍もの誰かの分までお金がいる! だからもっと金払いがいい国に身を置くの! それだけよ!」


 エジンコートの潤んだ瞳には、熱がこもっている。砂にまみれた髪は情熱の色をしていた。

 彼女は優しい。だからソフィーやエルフにも分け隔てなく接することが出来るのだろう。そうツネヒコは思った。


「それがどうした、エジンコート! 自分が間違っていると思っているから剣が鈍っているんだろ!」

「くっ……それは……」

「屈服しろ。俺の仲間になれ。君が団長として抱えられない分を、俺が全て養ってやる!」

「でも……私は裏切って……」

「傭兵が金で雇い主を変えるなんて、普通な世界なんだろ。戻ってこいよ。騎士の家名と違って、どの傭兵団がどの戦場にいようと王家が気にするもんか」

「……それでも私は……」

「ああ! もう! めんどくさいな! 聞き分けの悪い子には、お仕置きだ。【征服簒奪魔法】アポーツ!」


 ツネヒコは剣を仕舞って立ち上がり、魔力の触手を生み出した。これでスキルを奪えば、すぐに従順になる。シムに使って、ツネヒコは良く知っている。


「ちょっと待って! なにそのウネウネしたの! そういうの反則だって! ふあああっー!」


 無数の触手がエジンコートの身体にからみつき、邪魔な重鎧を外していく。インナーだけになった彼女の肢体に群がりつき、引き千切るようにして彼女を裸体にしていく。


「ひゃああん! 見えてる、見えちゃうから! むぐっ……」


 エジンコートの大事な部分が露わになると、そこを隠すように巻き付く。触手は悲鳴を上げる彼女の口に突っ込まれ、吸い上げるようにしてスキルを奪った。


「はぁ……はぁ……うぅっ」


 解放されたエジンコートは屈服し、力なく地面に転がる。リーダーの敗北を見て、狼血兵団全員が、剣を手放した。


「くっ……好きにしろ。降伏だ」

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