第6話 狼血兵団(伝聞)

 ツネヒコはランドドラゴンを駆るエルフ達と共に、草原を走っている。


「うおおお! 身体が軽い!」


 馬のように早いランドドラゴンに対して、ツネヒコは自力で並走する。エルフのシム姫から奪ったスキル威風残光による脚力の強化は凄まじい。


「辛くないの? 一緒に乗る?」

「問題ないよ、ちょっと風が鬱陶しいくらいかな」


 ソフィーが心配してくれる。ツネヒコは笑顔で返した。息は全くと言っていいほど上がらないし、疲れも感じない。


「ソフィーは優しい子ですわね。よしよし」

「はぅわん! シム、髪触んないで!」


 ランドドラゴンに相乗りしているシムが、後ろからソフィーの銀髪に触れる。わしゃわしゃとすると、ソフィーは抵抗する素振りを示していた。しかし、ソフィーの尻尾は信頼を表すようにシムの腰に巻き付いていた。


「あら、ごめんなさい……ひゃっ!」


 ソフィーはわざと後ろに仰け反った。シムを背もたれ代わりにして、ご満悦な表情だ。

 大きなシムの胸は極上なクッションなのだろう。


「ふかふか~、おっぱいチェア~」

「もうっ、そこはツネヒコ専用ですのよ」


 シムは頬を赤らめ、悩ましげに首を振る。


「いつから、俺専用になったんだよ」

「ツネヒコならいつでもウェルカムですわ!」

「い、いいよ。俺、走っているから!」

「残念ですわ」


 シムを決闘で負かせてから、妙にアプローチをかけてくる。エルフの姫の身体は豊満で、刺激が強過ぎる。


「あ、ツネヒコ照れてるー!」


 おっぱいに背もたれているソフィーが茶化してきた。


「うるさいぞソフィー」

「へへ」

「そろそろ街が見えてきましたわよ、ツネヒコ。城壁が見えますかしら、人と喧噪の街ミッドランドですわ」


 シムの言う通り、遠くに街の影が見えた。


「ああ、よく見えるよ」

「街には何の用ですの?」

「俺は傭兵だから、ギルドから依頼を貰って金を稼がないと」

「お金なんて必要ですの? ワタクシ達は全て自分たちで賄っていますわ」


 ツネヒコはソフィーを見た。連れ出した時と同じ、ボロの服を纏ったままだ。


「必要なんだよ、人間にはな」

「ワタクシ達は外で待っていますわ。ニンゲン……ツネヒコは特別ですけれど、我らエルフ族は人と関わりを持つことはありませんわ」

「分かった。ソフィーを頼む」


 二本の角と大きな尻尾を持つソフィーは、なおのこと街には入れられなかった。

 ランドドラゴンの群れは停止し、ツネヒコはひとりで街に入っていった。



◇◆◇


 

 ミッドランドへは、すんなりと入れた。傭兵のバッジを見せると、簡単に門が空いたのだ。

 ギルドへ登録費を払って得た証だが、しっかりと身分を保証してくれた。

 ミッドランドは港町とは比べものにならないほど、大都会で発展していた。大通りではマーケットが開催され、賑やかな中心街に立て並ぶ建物の中に傭兵ギルドがあった。


「いらっしゃいませ、あちらから依頼をお選びください」


 ギルドハウスは広くてホテルのラウンジのようだ。受付嬢が指をさす、そこには巨大な掲示板があった。羊皮紙が縫い付けられていて、そこには依頼内容と金額が書かれていた。他の傭兵が羊皮紙を破って、受付まで持っていく。そういうシステムなようだ。


「一番高い依頼は……狼血兵団に奪われた砦の奪還。狼血兵団って何だ?」


 ツネヒコは掲示板の中から、金貨量だけを見て選ぶ。傭兵団の名前を言われたって、ツネヒコには分からなかった。


「その依頼は止めた方が良いよ」


 ツネヒコは急に肩を叩かれた。振り返ると、そこには赤髪の少女。肩まで伸びたセミロング。旅人のような外套に、胸だけを守る簡素な鎧。細い身体を包む、動きやすそうなインナーを纏っている。そして、腰には剣が携えてあった。


「何をする?」

「狼血兵団はとても有名な傭兵団で、この辺りの傭兵は誰も挑まないの。貴方も命が惜しいなら止めなさい」

「負ける気は無いよ」

「ダメ。この兵団はたった百人で、千人の兵と戦い勝利した。姑息な手段を使ったって? 違う、奴らは重鎧を身に纏い、真正面から叩き潰した。最強の歩兵たちよ。だから王国が焦って高報酬の依頼を出したの」

「ずいぶんと詳しいな……」

「当たり前よ、だって狼血兵団は元王国の傭兵。金に目がくらんで、帝国に寝返ったんだもの。ここいらじゃ有名な話だよ」


 傭兵には騎士と違って忠義が無い。金で敵味方を変えてしまう。騎士団長を目指していたツネヒコにとっては、納得しがたい事実だった。


「君、名前は?」

「エジンコート、傭兵よ」

「俺はツネヒコだ。エジンコート、邪魔をするな」


 ツネヒコは依頼が書かれた羊皮紙を、掲示板から剥がした。そのまま受付まで持っていく。金で国を変えるような連中に負けたくは無かった。

 ツネヒコの背中を慌ててエジンコートは追いかけてきた。


「待って待って! 人が親切で教えてあげているんだから、ちゃんと聞きなさいな!」

「俺には金がいる、欲しいものがあるんだ」

「だったら手ごろな依頼だって……ってこら!」


 ソフィーを買い取った時ので、ツネヒコにはお金が無かった。このままでは何も買えない。

 ツネヒコは受付に、依頼を提出した。


「いらっしゃいませ。こちらの依頼は高難易度ですが、本当にお受けしてよろしいでしょうか?」

「問題ない、その代わり手付金が欲しい」

「失礼ですが、貴方はどこかの有名な傭兵団に属しているのでしょうか? ただの傭兵でしたら、報酬の一部を先払いする事はできません。任務不履行ですと困りますので」

「あっははー、だから簡単なのにした方が良いって言ったじゃん!」


 エジンコートが嘲笑う。大声に釣られて周りにいた傭兵たちも、ツネヒコに注目した。


「おいおい、狼血兵団に喧嘩売ろうとしているんだってよ。命知らずもいたものだ」

「見ろよ、弱そうな奴だぜ、手付金泥棒に決まってらあ」


 ツネヒコは右手を空に掲げた。魔力を集中させ、逆巻くエネルギーが具現化する。

 

「じゃあ、実力を見せてやるよ――我が魔力の爪跡、ファイアボール!」


 魔法を放つ訳ではない。ただ一度の詠唱で十六個の火球を周りに浮かべると、周囲の態度が一変した。


「お、おいアイツ! 杖なしで魔法を使いやがったぞ! どんな魔力量をしているんだ!」

「しかも、ただのファイアボールをあんな数……並みの奴じゃねえ」

「これは驚いたわ、まさかそんな実力者だったとはね……」


 エジンコートも舌を巻いていた。この世界じゃ魔法を杖無しで使える者は殆どいない。ツネヒコはファイアボールを消失させた。


「杖がいらないって、そんなに凄いことなんだ。やれやれ困ったな、これが俺にとっての当たり前なんだけどな」

「し、失礼しました! 相当な実力者なようですね! では手付金を報酬額の半額、金貨百五十枚を支払わせていただきます!」


 受付嬢がカウンターから契約書と、金貨の入った革袋を取り出した。ツネヒコは受け取ると、ギルドハウスを出た。

 外に出ると、エジンコートが追ってきた。


「待って待って、さっきはごめんって」

「まだ何か用なのか?」

「ツネヒコは、この街を知らないでしょ? 良いお店を紹介してあげる」

 

 確かにこの街の何処に店があるのかさえ知らない。ソフィーが街の外で待っているのだから、早く戻りたいツネヒコは好意を受けることにした。


「……そうだな、じゃあ頼むよ」

「よしきた! じゃあまずは狼血兵団に殺されない為に防具屋に行こう。良い鍛冶師を知っているの」

「武器も防具も必要ない。現状で充分に戦える。そんなことより、良い服屋は無いか?」

「服屋ぁ!? これから死地に行くのに、おめかしでもするの? まあ、良いけど」


 エジンコートは文句を言いながらも、案内をしてくれた。華奢な彼女にツネヒコは付いていく。



◇◆◇



「まさかそんなものを買うとはね……」


 服屋から出ると、エジンコートは頭を抱えていた。ツネヒコは上機嫌だ、彼女が選んでくれたものはとても良かった。包み紙の中はクラシカルドレスだ。旅にも耐えられるよう丈夫で、動きやすいのを選んでもらった。あと重要なのは可愛さだ。女の子である彼女に決めて貰えば間違いは無いはずだ。

 ソフィーはまだボロを着ていたから、早く新しいのを着せてやりたかった。


「いやあ、お蔭で良い物が買えたよ。ありがとう」

「あんたって、ロリコン?」

「違うよ、俺が使うんじゃない。仲間が街の外で待っているんだ」

「そんなに食材も買いこんじゃって、どれだけ仲間がいるのよ」


 ツネヒコは服屋に来る前に、マーケットで沢山の食材を購入した。外で待つエルフ達へのご飯だ。彼女たちから貰った草原の芋は正直、あまり美味しくは無かった。ソフィーは美味しいと言っていたが、まともな食事を知っている風には見えない子だ。

 だからソフィーとエルフ達には美味しいものを食べさせてやりたい。その為にお金が必要だった。


「えっとソフィーとシムを入れて、三十五人くらいだっけな」

「……狼血兵団は百人いるんだけど、それで勝てるの?」

「数は問題じゃないだろ。狼血兵団だって、十倍の数の敵に勝ったんだから」

「確かにそうね」

「そうだ、これを渡しておく。今日付き合ってくれたお礼だ」


 ツネヒコはクラシカルドレスの他に、エジンコートに内緒で買っておいた。刺繍のされた白いリボンだ。彼女の燃えるような赤い髪に、似合うように選んだ。

 ツネヒコは荷物を一旦置いて、エジンコートの髪に付けてやる。


「あ、ありがとう。プレゼントだなんて……嬉しい」


 エジンコートは急にしおらしくなった。胸の前でモジモジして、頬がピンク色に染まっていた。腰の剣が似合わない、年頃の少女に見えた。

 彼女は、大通りの真ん中でくるりと回った。セミロングの赤髪がふわりとし、白いリボンが揺れる。


「似合うかな……?」

「うん、ぴったりだ」


 はにかむエジンコートは、少し照れているようだ。ツネヒコもつられて、嬉しくなる。


「きゃあああ! 泥棒よ!」


 どこからか悲鳴が聞こえた。ここは人通りが多いが、出所がスグに分かった。店の中からガラスを破って、盗賊が飛び出てきた。髭面の彼は光るネックレスやティアラをしこたま抱えて出てきたのだ。

 盗賊は片手に持ったナイフをぶんぶんと振りながら、大通りを突っ切り、ツネヒコたちの方へ向かってくる。街を行く人々は逃げ出したが、盗賊に対して後ろ向きに立つ彼女は気付いていない。


「エジンコート! 後ろだ!」


 ツネヒコは叫ぶ。盗賊はそこにまで来ていた。


「どけよ! 女あああ!」


 盗賊のナイフが、エジンコートの首筋に触れようとする。瞬間、彼女は身をかがむ。ナイフは赤髪を掠め、エジンコートは腰の剣に右手をかける。


「邪魔をしないでくれる――」


 彼女は右脚を軸にし、ぐるりと回転するように振り返る。その勢いのまま、抜刀。回転切りを放つ。


「――奥義、狼月閃!」


 エジンコートの剣は抜き放った直後に、鈍色の刀身が紅く染まった。盗賊の胴を薙ぎ払う。血しぶきと、彼が抱えた貴金属類が周囲に飛び散った。


「ぐああああ!」

 

後ろ向きに吹き飛んだ盗賊の腹は、野生動物に引っ掻かれたように無数の切り傷が刻まれていた。

 ツネヒコは、エジンコートに問う。


「君は何者だ? その身のこなしは普通じゃない」

「ただの傭兵よ、お金のために戦う普通のね」


 彼女の特徴的な赤い髪は、まるで血の色だった。

 

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