第5話 草原のエルフ(従順)
ランドドラゴンに乗るツネヒコとソフィーは、エルフの集団に止められた。彼女達もランドドラゴンを駆っていて、また人間を憎んでいるように見えた。
「その魔物は私達のものだ! 今すぐ返して死ぬか、詫びてから死ね!」
先頭のエルフは槍を突きつけ、狂暴そのものだった。やれやれとツネヒコはランドドラゴンから降りた。
「この子は俺達のものだ。悪いが返す訳にはいかない」
「ふざけるな泥棒!」
「しかし、この子自身が俺達の方へ来たんだ。帰れっていう方が酷だろう」
ランドドラゴンは獣人であるソフィーに懐いていた。魔物が自らの意思で来てくれた以上、そのまま返す訳にはいかないとツネヒコは考えた。
「いいや、返して貰おう! そいつがいないお蔭でひとり、草原を走らねばならない仲間がいるのだ!」
ランドドラゴンはエルフの馬がわり、一匹こちらに来たという事は当然、乗っていたはずの人物が省かれるわけで。
「いやいや、相乗りさせてやれよ! 置いていくなんて可哀想だろ!」
ツネヒコは思わず、置いてかれたエルフを心配してしまった。高貴な種族なのだろうが、薄情だろう。
「置いていく訳ではない! あの方ならばすぐに追いついてきてくれる」
「あの方?」
草原の向こうから土煙が猛烈に起こっているのが見えた。エルフの群れは止まっているのでランドドラゴンではない。見えたのは人の影、化物じみた脚力だ。ランドドラゴンから降りて先を行くエルフの集団にこれだけの遅れで追いつくとは凄まじい。
猛牛の如く突っ込んでくるアレ、いや彼女はエルフだ。
「何者だ! ぐっ……!」
ツネヒコは刃を抜いて、衝撃波そのものと化した彼女を受け止めた。槍と剣が重なりあった余波で地面が抉れ、破裂したような音が土と共に舞う。ビリビリとした感触がツネヒコの手に焼けるように残る。
「あらあら、ワタクシの一撃を受け止めるなんてやりますわね~」
突撃してきたエルフの女性は笑っていた。狂戦士のようではなく、おっとりとしたお嬢様のような微笑みだった。
腰まで伸びる長い金髪、高貴さを讃えたような頭には王冠のようなティアラが乗っている。緑色のドレスに映える豊満な肉体。スリットの入ったスカート部分からは眩しいふとももがのぞき、それもまた肉付きが良かった。
彼女は槍を引き、後ろへ跳び退いた。
「お待ちしておりました、シム姫様。申し訳ありません、走らせてしまいまして」
先ほどまで暴言を吐いていたエルフは、急に大人しい口調で頭を下げる。シム姫と呼ばれた暴れ牛のような彼女は、貼り付いたような笑みのまま振り返っていた。
「エリー、別にいいのですよ。逃げ出したのはワタクシのランドドラゴンですからね。主が歩くのは当然でしょう。それに姫であるワタクシと相乗りなんて、気を使わせてしまうでしょう」
「い、いえ滅相もありません」
シム姫はツネヒコの方のランドドラゴンへと向き直った。貼り付いた笑顔、瞳が見えない糸目が彼女の本来の顔なのだろう。感情が読みづらい。
「ワタクシの元から逃げ出すなんて、イケない子ですね。不義には罰を与えませんと」
シムは地面をぶん殴った。土塊が吹きあがり、爆発でもしたかのような跡が残る。
表情からは分からないが、彼女は怒りマークが浮かんできそうなほどキレていた。
「あわわわ……! あの人すごい怖いよ!」
ランドドラゴンとそれに乗っているソフィーはガタガタと震えた。
多分そんな暴力的だから、あの魔物は逃げ出したんだろうなとツネヒコは思った。
「エルフの王女、あいつはもう俺のものだ。欲しければ俺を倒してからにしろ」
「卑しいお人、上に乗りたいのならそこの奴隷で充分でしょう」
「ソフィーは奴隷じゃねえよ」
「あらあら、変わった人ですわ。そういう趣味ですのね。なおのこと渡すわけにはいきませんわ。決闘をしましょう、ワタクシが勝てばランドドラゴンを返して貰います」
「いいだろう」
シムはニッと口角を吊り上げた。態勢を低く、槍を眼前に構えて駆け出す。一陣の風がツネヒコとすれ違った。
「ワタクシのスキルは威風――」
シムの声が遠のいていって最後まで聞こえない。ツネヒコが剣で槍を弾くと、勢いそのままにシム姫は後方に走り去っていったのだ。
姿が豆粒になるまで行った後、Uターンして戻ってきた。
「――の力で脚力を上げるエルフに伝わる奥義ですの!」
声が戻ってきた。シム姫の槍を、ツネヒコはまたも弾く。
「スキルの名前はなんだって?」
「風を纏い練り上げる威――」
シムは止まらずに、また別方向へすっ飛んでいく。そして再び帰ってくる、加速力を増して。単純な行ったり来たりの突撃は、フィールド内を跳ねまわる刃そのものだ。
ツネヒコは槍の突撃を弾き防ぐ。
「ひとーつ! “威”を示すわ緑の羽――」
弾く。
「ふたーつ! “風”をたなびかせては回る雲流れ――」
弾く。
「みーつ! “残”る血の匂いを吹き荒れる――」
弾く。
「よーっつ! “光”の如き精霊槍!」
シム姫はツネヒコとまた相対する直前に跳躍した。つむじ風のように何メートルも舞い上がり、ツネヒコの直上から落ちてくる。太陽を背に、シムの身体は光を失った影となる。
加速を乗せきり、重力を重ねた落下攻撃。
「威風残光! それがワタクシのスキルですわあああ!」
神速の突きが降ってくる。
「さっきからビュンビュンビュン……鬱陶しいんだよ! 【征服簒奪魔法】アポーツ!」
ツネヒコの左手に魔力が集まる。イライラしていた分、量は膨大で爆発しそうなほどだ。むせ返るほどの魔力の雫を撒き散らし、大量の触手が噴出する。強靭な鞭のようにしなり、シムの槍を弾き飛ばす。落ちてくる彼女を絡めとった。
「な、なんですの!? きゃあっ!」
シムの四肢を拘束して、宙に浮かばせる。触手から滲みでる魔力の汁が、衣服を滲ませてく。触手は四本だけではない。無数の蠢くものが太ももに液体を擦り付け、腰を抱いて腹を撫で、胸に巻き付く。
「くぅう! いやぁん!」
切なげに喘ぐシムの口が開く。そこに触手をぶち込んだ。
「むぐっ……んううう!」
シムの体内から吸い上げるようにしてスキルを奪った。魔法を解除し、彼女は地面に倒れ伏す。
「けほっ……けほっ!」
「奪ったぞ、威風残光を!」
「ま、参りましたわ……」
ぐったりと倒れるシムにエルフ達が駆けよる。
「シム姫様! ご無事ですか!」
「ワタクシの負けですわ」
ツネヒコは振り返ると、ソフィーがランドドラゴンの背中で慌てていた。しまったやり過ぎたか。
「凄いね! なんかすっごいね!」
ソフィーは興奮した様子で、語彙力が皆無になっていた。
◇◆◇
「どうぞツネヒコ、ソフィー、何も食べていないのでしょう」
シムは焼いた芋のような物を手渡してくれた。ランドドラゴンがそこらで掘ってきてくれたもので、エルフ達が焚火で焼いてくれた。
「ありがとう」
「うわー、とっても美味しい!」
ソフィーは芋を頬張りながら、微笑む。そんな少女の頭をエルフ達が口々に可愛い、可愛いと言いながら撫でていく。
ランドドラゴンたちも彼女の近くで丸くなり、焼いていない芋を食べたりしている。ソフィーが輪の中心になっていた。
先ほど話したお蔭でしっかり、ソフィーが奴隷じゃないと認知して貰えたようだ。
「獣人を奴隷にしない人間を、ワタクシ初めて見ましたわ。さっきはごめんなさいね」
「いいって、俺もスキルを貰えた」
シムは申し訳なさそうに隣に座った。
「ワタクシ、貴方のことが好きになりましたの」
「うえっ!?」
ツネヒコは困惑した。決闘しただけで、どこに好かれる部分があったのか分からない。
「ワタクシより強い男なんて初めてですわ。滅茶苦茶にされたのに、なんでしょう? この胸の高鳴りは!」
「き、気の迷いじゃないかな」
ツネヒコの腕がソフィーに引かれた。
「むぅ、なんか変態っぽいからダメ!」
「違うのよソフィーちゃん、貴方のツネヒコを奪うわけじゃないの」
「じゃあ、いいよ。沢山の方が楽しいし」
「俺は誰のものでもないんだが……」
ツネヒコのツッコミはスルーされた。しかし、慕われて悪い気分はしない。仲間になってくれるのであれば、無下にはしない。ツネヒコはそう考えた。
シムは慇懃に跪く。彼女に連動してエルフ達も膝をついた。
「ワタクシ達エルフ族は、生涯の忠誠をツネヒコとソフィーに捧げます」
「……お前達もそれでいいのか?」
ツネヒコは他のエルフ達に聞く。彼女達は曇りなく叫んだ。
「既に姫様に生涯の忠誠を誓った身、反対などいたしません」
「分かった。シム、近くの街に行きたいんだが道は分かるか?」
シムは興奮した様子で、元気に返事をした。
「分かりますわ! 出発しましょう!」
「移動手段なんだが……」
「ランドドラゴンは差し上げますわ。ワタクシですか? もちろん走っていきますわ」
「君のスキルは奪ったんだ。ソフィーと一緒に乗ってくれ。俺が走って行く」
「まあ、優しいんですのね! 分かりましたわ」
「その代わり、しっかりあのランドドラゴンと仲直りしろよ」
「分かりましたわ、おいで」
シムが呼びかけると、ソフィーに懐いていたランドドラゴンがビクっと震える。シムが優しく長い首に手をかける。
「申し訳ありません、怖かったですよね。愚かなワタクシを許してください」
シムがランドドラゴンの首をさすると、だんだんと震えが収まっていく。
やがて魔物の方からシムの顔を舐めた。どうやら許してもらったようだ。
「あはは、くすぐったいですわよ」
シムはソフィーと共にランドドラゴンに乗り込む。エルフ達は焚火を消し、後片付けをして魔物に乗り込んだ。
「しゅっぱーつ!」
ソフィーの掛け声と共に、シム姫が乗った先頭が走り出す。続いて動く群れと共に、ツネヒコも駆け出した。
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