第4話 草原のエルフ(敵対)
ツネヒコは連れ出したソフィーと共に夜空の下を旅する。
「君は何の種族なんだい?」
ふと気になってツネヒコは問いかけた。
獣人なので奴隷となっていたようだが、彼女は犬や猫とは違っていた。月光のような銀髪に、二本の鋭い角。足のように太くて、しなやかな尻尾が生えている。ソフィーが纏っているボロ衣は背中がガラ空きで、尻尾の付け根が良く見えた。
小ぶりで柔らかそうな臀部よりも少し上、ちょうど腰の辺りから生えている。
「お、お尻を見ないでください……!」
ソフィーの尻尾がぴたんと、お尻の割れ目を隠す。彼女のボロ布は穴だらけでついでに腰までしか布地が無い。当然のように下着もつけていないのだということに、ツネヒコは今更気が付く。
「ご、ごめん! 尻尾が気になっちゃって!」
「そんなにジロジロ見ても、わたしの種族わからないと思います。自分でも分からないんですもの」
ソフィーは悲しそうに目を伏せた。
「もしかして生まれた時から……?」
「はい、わたしは奴隷商人の牧場で生まれました……母の顔も分からない……あそこにはわたしと同じ境遇の人がいて、でもわたしと同じ姿の子は誰もいなくて……わたしは誰の輪にも入れなくて……わたしは……わたしは」
ソフィーの尻尾が感情の高ぶりを表すように、ピンと天を差す。華奢な手が頭を抱え、角が星々のように不思議な光で明滅する。
「もういい! 大丈夫だって!」
「あ……」
ツネヒコはソフィーの手を引いて抱き締めた。
「君は自由だ。俺が守ってやる、だから安心してくれ」
ソフィーの身体は華奢で、今にも折れそうだった。でも優しく抱擁するにつれ、彼女の震えは収まってきた。
「はぅう……すみません……もう大丈夫です」
ツネヒコは抱き締めたソフィーの身体を離す。彼女の涙は渇きかけていた。
「落ち着いたようだな。今日はここで寝るか」
港町からは随分と離れた、来た道を振り返っても草原しか見えない。
ツネヒコは右手に魔力をため、魔法を発動する。【決闘隔離魔法】サクリファイス。紫色の魔法陣がドーム状の膜を形成し、二人を包み込んだ。
この中なら寝込みを襲われる心配ないだろう。
「では失礼します」
ソフィーはツネヒコの金ボタンを外し始めた。高そうな貴族服は脱がしづらそうだ。
「ちょ、ちょ! 待て待て何すんだ!」
ツネヒコが慌てて彼女の手を掴むと、ソフィーはキョトンとした。
「はぅ? だって寝るんでしょう?」
「違うから! そういう意味じゃないから! まったく……」
ツネヒコが横になるとソフィーは馬乗りになってきた。
「はぅわん! 上が良いのですか? 分かりました」
「だから違うっての! 普通に横に寝てくれ」
ソフィーはおずおずとツネヒコから降り、遠慮がちに横になった。
「ごめんなさい。わたし、そうするんだって教えられていたから……」
「もう奴隷じゃないんだから、そういう事は忘れろ」
「う、うん」
ツネヒコはソフィーの頭を撫でてやる。やがて、安心したのかソフィーは寝息を立て始めた。
◇◆◇
「はぅう~! 風が気持ち良い~!」
翌日、天気の良い原っぱをソフィーは駆け出していた。爽やかな風が彼女の銀髪を濡らしていた。
「元気になったみたいだな」
ソフィーの姿を見て、ツネヒコは安心した。
「旅って好きなんだ。なんだか解放感を感じられて。港街に売られた時も、到着するまではワクワクしていた。おかしいよね」
「良いんじゃないか。ここは良い風が吹くみたいだし」
見回してもどこまでも草原、道も分からない。食料も水もないし、ツネヒコは不安を覚えた。
「ソフィー、街への道は分かるか?」
「ごめん、来た時は馬車だったから分からない……」
「仕方ない【鳥瞰偵察魔法】を使うか……」
「待って、向こうのちょっと高い所から見てくる!」
「あ、ちょっと……」
ソフィーは東に見える、丘の方へ向かって走っていった。彼女は本来なら無邪気な
子かもしれない。現実世界ならば中学生くらいだろうか。
「ん?」
踏み締める地面に違和感を覚えて、ツネヒコは下を見た。そこには草が抉れいて、足跡があった。人間よりも大きくて三本指だ。
「きゃああああ! 助けてえええ!」
丘に走っていったソフィーが急いで戻ってきた。物凄い土ぼこりが巻きあがっている。いやソフィーからじゃない。彼女の後ろから何かが追いかけてきている。
「待ってろソフィー!」
ツネヒコは走り出す。応戦する為に剣を抜いた。
ソフィーの後方にいる動物。いや、モンスターか。四本脚で毛が無い、岩のような体表に長い尻尾。細長い顔にギザついた歯、デカいトカゲだった。しかし大きさは馬並み、二メートルはある。
「はぅわん!」
すれ違ったソフィーを、ツネヒコはすかさず後ろに隠す。襲いくるトカゲに向けて切り付ける。
「ぐっ! 堅い!」
刀身が岩のような表皮に弾かれた。トカゲの首を落とすつもりが、受け止められた。
「この野郎!」
ツネヒコはそのまま無理矢理に振り抜く。力任せに吹き飛ばした。
トカゲは地響きと共に地面に転がる。すぐさま起き上り、赤い舌を出した。
「まだかかってくるか!」
ツネヒコは威圧するが、トカゲはそれきり襲ってこない。首をせわしなく動かし、ツネヒコの後ろを覗きこもうとしている。
「はぅわわわわ……」
ツネヒコの後ろにはソフィーが震えている。もしかして、と思いソフィーを前に出す。
「ソフィー、ちょっと」
「な、なんでー! 守ってよ!」
ソフィーの姿を見た途端、トカゲはひっくり返った。白いお腹を見せ、きゅうと可愛い声で鳴いた。
「あいつ、どうやらソフィーの事が好きみたいだぞ」
「ふえええ!?」
ソフィーがおずおずと手を出すと、トカゲはすぐさま起き上った。そのままソフィーの手を舐める。
「はぅわん!?」
ソフィーは最初ビックリしていたが、徐々に慣れていった。彼女が頭を撫でてやると、トカゲは再び鳴いた。
「ほら、大人しい子だろ」
「この子、ランドドラゴンです。あんまり人には懐かないって聞いたことがあるんだけど……」
ソフィーには懐いている。やはり半獣だから、通じ合う所があるのだろうか。
「飼う?」
「いいの!?」
「旅は大勢の方が楽しいだろ」
「やったー!」
ソフィーが抱きつくと、ランドドラゴンも嬉しそうに身体をくねらせた。
ソフィーが頷くと、ランドドラゴンも同じように首を振った。
「ふむふむ……ねえ、ツネヒコ。この子が背中に乗せてくれるって」
「言葉分かるのか!?」
「えっと、言葉じゃなくてなんとなく感じるの……それにほら手綱も付いているし」
よく見るとランドドラゴンは、くつわを咥えさせられていて、そこから手綱が伸びていた。
「誰かに飼われていたのに、逃げ出してきたんじゃ……まあいいか、こいつに乗れば次の街まであっという間だ!」
「うん! いこー!」
ツネヒコとソフィーは、ランドドラゴンの背に跨った。すぐさま四足の獣は走り出す。
◇◆◇
「うわー! サラマンダーより、ずっとはやい!」
ツネヒコは魔物の背中で歓喜する。変わり映えのない緑がすぐさま後ろに流れていき、爽やかな風を目いっぱい感じる。この分だと、すぐにでも新しい街に着きそうだ。
「サラマンダー? そんなモンスターいないよ」
ツネヒコの身体に腕を回し、後ろにいるソフィーが疑問を投げかける。
「いないのかサラマンダー……」
よくゲームや小説で聞いた、カッコいいドラゴンの名前だが、この異世界には存在しないようだ。
「待ってツネヒコ! 何か追いかけてくる」
「サラマンダーか!?」
「ち、違うけど……」
振り返ると、遥か後方に土煙と黒い群れが見えた。
「【鳥瞰偵察魔法】イーグルアイ!」
ツネヒコはすぐさま魔法を詠唱する。練り上げられた魔力が鳥の形となり、後方に向かって飛び立つ。視覚情報がリンクされ、右目の視力が鳥の見た映像に置き換わる。
魔法の鷲が追手を捉える。大量のランドドラゴンだ。しかし、一匹一匹に誰かが乗っている。
太陽のように輝く金髪、草原に同化する緑の衣服。麗しく素足を出していて、魔物の背を挟むふとももがまぶしい。顔立ちは整っていて、耳は尖っている。槍を持っていた。
「エルフだ……止まれ!」
ツネヒコは魔力の鳥を霧散させ、ランドドラゴンの手綱を引いた。
停止すると、猛スピードで迫るエルフ達はすぐに追いついてきた。群れがツネヒコ達の前で止まった。
「待ちな! ニンゲン! そのランドドラゴンは私達のモノだ、泥棒め!」
ランドドラゴンに乗った先頭のエルフが、槍をこちらに向ける。
「ツネヒコ、エルフは人間嫌いなんだって……」
ソフィーは震えながら耳打ちしてくれた。
「大丈夫だ、穏便に済ませるから」
ランドドラゴンはエルフの所から逃げ出してきたのか。厄介なことになったが、見たところ群れには女性しかいない。
エルフだって女の子。落ち着いて話をすれば、解決できるに違いない。このままずっと追いかけられるよりはマシだと、ツネヒコは考えた。
「殺すぞニンゲン! その魔物を置いて死ぬか、今すぐ詫びて死ぬかを選べ!」
初めて異世界で会ったエルフは、とても狂暴でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます