第3話 傭兵の戦い(突撃)

 船に乗って辿り着いた、港町ハーミーズ。街の雰囲気は明るめで、人も多い。

 ツネヒコは真っ直ぐギルドハウスへと向かった。傭兵たちの寄り合い所の扉を開くと、可愛い受付嬢が出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。あ、ギルド登録者の方ですね。皆さん集まっていますよ」


 受付嬢はツネヒコの胸を見ていた。そこには登録費と引き換えに貰った、竜のバッジが留めてある。


「この辺で帝国との戦いがあるというのは本当か?」

「ええ、傭兵団が組まれています。百戦錬磨のリカルド様が指揮しております。あなたもご加入をお願いします。あの中で一番大きい人ですよ」


 受付嬢が指差す方向に、沢山の傭兵たちが集まっていた。剣や槍など武器を携えた、屈強な男達のなか、一回りも二回りも大きな男がいた。


「また新しいやつが増えたな。みたところガキのようだが……その高そうな服、没落した貴族が何かか」

「騎士ですよ。正確には騎士になれなかっただけですけど」

「案ずることは無い。傭兵は寄せ集めの部隊だ。どんな腕だろうと、私の指示に従ってくれればそれで勝てる」


 リカルド団長は自信ありげに答えた。顎についた切り傷が死線を潜り抜けた証なのだろう。


「頼りにしています」

「これで三十か頭数は揃ったな。そろそろ締め切りだ、野郎ども出発するぞ!」


 リカルド団長の号令に、男達は咆哮を上げた。ずいぶんと血の気の多い連中だ。ツネヒコは若干引きつつ、彼らに続いて港町を出た。



◇◆◇



「ギルドに届く王国からの依頼書通りだな」


 港町を出て街道を数キロは行った先、草原の向こうに黒い影が見えた。リカルド団長が待ての指示を出し、隊は止まる。


「帝国の兵でしょうか?」


 ツネヒコは目を凝らして、相手の一団を見る。太陽に反射して時折、鎧が輝いているように見える。


「だとしたら相手もこちらに気付いたかもしれないな。この辺りの草は背が低く、身を隠せない」

「偵察をします」


 女神から貰った魔法に、偵察に役立つものがあった。ツネヒコが唱えようとすると、団長は制した。


「必要ない。我々は騎士の軍隊じゃない。寄せ集めの傭兵だ。小難しいことをしても、活かせねえ。ただ突っ込んで暴れるだけよ! なあ、野郎ども!」

「おうとも団長! 俺らは剣を振れば勝てんのよ!」


 リカルドの脳筋の作戦に、部下達は呼応する。全然スマートじゃない。ツネヒコは溜息を吐く。


「そんなんで大丈夫なんですか」

「構わん、どうせ相手も傭兵だろう。このご時世、正規軍がわざわざこんな場所まで来るかよ。行くぞ!」


 リカルド団長は雄たけびをあげて突っ込んでいく。他の団員も全員が突撃だ。敵がいたから突っ込む、戦争というよりも単純な闘争だろう。

 ツネヒコも続いて走っていく。すると隣の男が話かけてきた。傷だらけの鎧が弾けんばかり、デブな男だった。


「おい、新入り。怯えてんのか?」


 金属をガチャガチャと鳴らし、横にふくらんだ身体がひた走る。意外と息が上がっていない、こいつは動けるデブだ。流石、傭兵といったところか。


「いや、別に。俺は騎士を目指していたんだ。だから、納得いかないだけだ」

「こまけぇことは考えるんでねぇ! 敵を血祭りにあげんだよ! へへへ! 早く悲鳴を聞きたいな……早く敵さんの悲鳴をよぉお」


 デブが走りながら汚らしい舌なめずりをした。気持ち悪い。ツネヒコが一瞬彼から視線を反らすと、豚が潰れたような悲鳴が出た。


「ふぎゃああああ!」


 デブの身体が爆発と共に吹き飛んだ。肉の焼ける香りがした、一気に焼き豚の完成だ。


「魔法だ! 敵に魔法使いがいるぞ!」


 リカルド団長が焦ったような声をあげる。前方の敵集団からキラりと、何かが光るたび熱弾が飛んでくる。


「ぎゃあああ!」

「うわああっ!」


 着弾するたびに、ひとり、またひとりと吹き飛ばされていく。しかし炎の雨あられの中を、突っ込むしかない。それだけが傭兵の作戦なのだ。


「ほんと頭悪いやつらが!」


 ツネヒコは悪態をつきながらも弾雨の中を突破した。敵の姿がよく見える。こっちの傭兵団と同じ、統一されていないガラやデザインの鎧。三十数名。元々の数はこちらと同じくらいだったが、今は三倍ほどの戦力差がある。

 敵集団の中心にはローブをまとい、杖を持った男がひたすらに呪文を唱えている。

 彼を護るように、敵は密集している。せっかく近づいても、魔術師に手を出すのは難しい。


「クソ! 邪魔なんだよ!」


 リカルド団長が吼える! 彼はまだ生き延びているが、魔術師に近寄れない。立ちはだかる敵剣士が次々に切りかかる。剣を剣で弾き返し、怯んだ敵の胴を薙ぐ。彼は確かに手練れだったが、多勢に無勢だ。新たな敵がリカルド団長の進軍を止める。

その横を、ツネヒコは駆け抜ける。


「待ちな! 王国の傭兵!」


 こちらにも敵が来る。ツネヒコは剣を鞘から抜き放つ。重たい鋼の剣だが、どうも手にしっくりと来た。知っている、身体が知っている。今の自分はしっかりと騎士の身体なのだ。


「でやぁ!」


 敵の剣戟をステップで躱し、上段構えの剣をツネヒコは振り下ろす。血を吐いて敵傭兵は倒れた。


「ぐはっ! 剣が見えない……!?」

「弱いな……いや、俺が強いのか。感謝するぞデブ女神」


 女神がくれた異世界の身体はとても騎士に合っていた。強さだけならだ。

 しかし魔術師に近寄れるだろうか、不安は残る。そうだ、女神からは魔法も貰っていた。五個あるうち、良いのが確かあったはずだ。


「【決闘隔離魔法】サクリファイス!」


 ツネヒコの手に魔力が集まり、紫色の魔法陣が発射される。敵魔術師を通過し、魔法陣は巨大化する。射線上にいた邪魔な傭兵たちは吹き飛び、魔法陣は半透明のドームを展開する。大きさは半径二メートルほど、中にはツネヒコと魔術師だけ。綺麗に分断された。


「バカな! 杖も使わずに魔法だと!? そんな事ができる奴は聞いたことがない!」


 敵魔術師は怯えた声をあげた。気だるそうな目が、充血して見開かれていた。


「へー、この異世界じゃそういうルールなんだ」


 魔力の媒介が必要という事だろう。常識を否定する、まさしくチートスキルだ。


「どうなってんだ! これは!」


 ドームの外から敵たちが壊そうと剣を振るっている。しかし簡単に弾かれ、彼らは入ってこれない。決闘ルーム。魔術師と剣士が一対一だなんて決まったようなものだ。


「燃やしてやる……我が魔力の爪跡! ファイアボール!」


 魔術師の杖がひかり、先端から炎が飛び出す。ツネヒコは難なく横っ飛びで交わし、一気に間合いを詰めた。

 一回の詠唱に一発だけ、こうも近ければその隙は甚大だ。ツネヒコはタックルし、魔術師を押し倒す。


「ぐはっ!」

「じゃあ、いただこうかな! 【征服簒奪魔法】 アポーツ!」


 倒した魔術師の胸に手を当てる。ツネヒコの手から魔力で出来た触手が伸びる。彼の身体を締め上げ、口の中に突っ込む。


「おぶぉっ! おごぉっ!」


 魔術師の身体が身悶えて震える。苦しそうな嗚咽と共に魔力の帯が煙のように吐き出された。触手を引き抜くとそのまま魔術師は気絶して動かなくなった。


「貰ったぜ。ここからが本当の戦いだ。我が魔力の爪痕! ファイアボール!」


 決闘隔離魔法を解除する。沢山の敵に囲まれた状態、ツネヒコは奪った魔法を撃ち放った。現れた火球は一度に十六個、それは八方に飛び散る。着弾した瞬間の大爆発。魔力の質、それは敵が放った時と比べものにならないぐらい強大だ。


「うああああ!」


 敵傭兵たちはバッタバッタと倒れていく。


「なんだあいつ、化物だ!」


 運よく炎に当たらなかった敵が逃げ出した。その背を後ろから狙い撃つ。ファイアボール十六発分、全部当てて消し炭にした。


「そうだ……これだ」


 ツネヒコはニヤリと笑う。


「これこそファンタジーだよ! 俺は今、輝いている!」


 騎士を超えた、魔法騎士。戦場の中心に立っていた自分に、酔った。


「すげぇ、なにもんだお前」


 リカルド団長が震えた声で、こっちを見ていた。



◇◆◇



「はっはっは! 勝利の美酒だ! 飲めよ騒げよ!」


 傭兵ギルドの詰め所は、酒場の宴会場へと早変わりしていた。リカルド団長は大らかに笑いながら、酒をかっ喰らっていた。

 仲間たちは随分と少なくなっていたが、彼らは生き残った事と戦死した仲間に敬意を払うように、大袈裟に騒いでいた。


「いや、俺は結構です」


 ツネヒコは酒を断った。既に勝利と自分の活躍に酔っていたからだ。


「なあ、ツネヒコ。お前さえよければ、俺の傭兵団に入らないか。さっきの戦い、杖も使わずに魔法を撃って全員倒しちまう。最高だったぜ」

「ありがとう、俺も傭兵は悪くないと思っている」


 さっき受付から戦勝報酬の金貨三枚を貰った。


「そうだろ! 傭兵は男のロマンよ! そうだ、酒が飲めないってのなら余興を楽しんでいけ。俺は勝つたびにショーを開くんだ」


「ショー?」


 寄り合い所の奥から、受付嬢は鎖を持って来た。先には何かが繋がっていて、引き摺られている。


「お待たせしましたリカルドさん、今回は新しい獣人の子を連れてきましたよ」


「新人の祝いには新人ってか、いいねぇ!」


 受付嬢が連れてきたのは、人間ではない女の子だった。長くボサついた銀色の髪、ピンとした二本の角が生えている。背中からは足と同じぐらいの太さの尻尾。モンスター娘、もしくはサキュバスに似ていた。首輪をつけられ、ボロの布を着せられている。貧相で幼い身体は汚れていて、それが分かるように露出が多い。

 見るからに奴隷だ。


「なあツネヒコ、一番はお前にやるよ。存分に楽しめ」


 リカルドの軽口だけでなく、周りからもひゅーひゅーと囃し立てられる。

 ツネヒコは理解した。この世界では奴隷は当たり前で、獣人なんて快楽の道具なのだと。

 倫理とかの問題じゃない。彼らは善意で、奴隷の初めてを押し付けてくるんだ。


「あの……誠心誠意、ご奉仕させていただきます。だ、だから酷いことしないでください……」


 奴隷の女の子は震える声で鳴いた。伏し目がちな瞳は濡れそぼっていて、今にも泣き出しそうだ。


「この子はいくらだった?」


 ツネヒコは受付嬢に聞いた。


「えっと金貨三枚です」


 さきほど報酬で貰った全額を、受付嬢へとツネヒコは返した。


「その奴隷、俺が買い取る。だからリカルド、傭兵団の誰にも渡さない」

「あははは、やるねツネヒコ。じゃあ、今晩は俺達の楽しみは無しかい? そりゃねえだろ。ちょっと、褒めてやれば調子に乗りやがって! ぶち殺すぞ!」


 リカルドは怒りを露わにして、立ちあがる。腰の剣を抜き放つのは彼だけでなく、この場の傭兵全員だ。

 くだらない、女の子よりも自分の楽しみのが大事なのか。この世界であたりまえであろうと、ツネヒコは怒りを抑えられなかった。ツネヒコも剣を抜いた。


「調子に乗っているのはどっちだよ、クズが!」



◇◆◇



「ねえ、なんで助けてくれるの?」


 獣人の少女が口を開いた。ツネヒコは彼女と共に、夜空を歩く。後方の港町からは火の手が上がっていて、騒がしい。傭兵ギルドは焼き尽くしておいた、当分は使い物にならないだろう。


「納得できなかったからだよ。別に君のことだけじゃない、リカルドの傭兵団には入りたくなかったしな」


 リカルド団長と切り結んだが、大したことは無かった。自分より弱いやつの下には付きたくない、そうツネヒコは思った。


「……ありがとう、その……私、ソフィーっていうの」

「ランク・ツネヒコだ。そうだな、君と旅ってのも悪く無いな」


 ツネヒコはソフィーの手を引っぱる。ソフィーは最初は戸惑いながらも、しっかりとついてきてくれた。

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