第2話 騎士の日常(刹那)

「おはようございますツネヒコ様、朝食をお持ちしました」


 豪奢な貴族の部屋、ふかふかのベッドの上でツネヒコは目覚めた。

 可愛い顔のメイドが銀トレーに乗った朝ご飯を運んで来てくれた。


「ありがとう、そこの机に置いておいて」

「かしこまりました。では失礼します」


 メイドはトレーを置いてから、慇懃な礼をして出ていく。

 こっちの世界に来て、約一週間。ツネヒコは概ね満足している。有名らしい騎士の家系の息子として生まれ変わり、貴族みたいな優雅な生活を送っている。


「ステータスオープン……もぐもぐ」


 メイドが持ってきたパンを口に運びながら、ツネヒコは網膜にウィンドウを映した。


ランク・ツネヒコ

職業 騎士

スキル【騎士団長の極意】ランクSSS 複合スキル

【騎士の剣技】


 見る度にニヤついてしまう。職業騎士ってのが良い。騎士の息子は生まれながらに騎士なのだ。しっかり騎士としての剣技も身についている。

 それに今日はこの世界での俺の十六歳の誕生日。慣例通り、父上から部隊を頂ける

のだと言う。夢だった騎士団長としての戦いが出来るのだ。


「ツネヒコ様、失礼いたします。ゴーギャン様がお呼びです」


 扉が叩かれた。さっきと同じメイドだ。


「父上が? わかった、今いく」


 恐らく誕生日プレゼントとして騎士団をくれる話だ。ツネヒコは喜び勇んで寝間着を脱ぎ捨て、一目でボンボンと分かる貴族服を着込んだ。



◇◆◇



「お待たせしました、父上!」


 ツネヒコは父の書斎に入ると、そこには母もいた。珍しい、母はあまり父の仕事部屋には入らないのだ。


「おお、来たかツネヒコよ。今日はお前の誕生日だな」

「はい、父上!」

「お前に騎士団をあげる約束だったが、すまぬ。忘れてくれ」

「はい? どうしてですか? 私は実力ならあるはずです!」


 転生した段階で、騎士の訓練は既に受けている身体だ。それに加えて女神から貰っ

たスキルもある。力不足なはずはないと、ツネヒコは喰らい付く。


「そういうわけでは無いのだ、お前の問題ではない。我が家の問題だ……」


 父は顔をしかめて、皺の寄った眉間を揉んだ。話しづらそうな父を見かねてか、母が代わりに口を開いた。


「……ツネヒコ、ランク家はおとり潰しになったのよ」

「潰れる? 名門家なのに?」

「最近の戦争は散発的でね、常備軍は必要なくなってきているの。好きな時に使える傭兵が主流になってしまって……うちのような騎士一家には仕事が無いのよ」


 母の言葉は暗く、今にも泣き出しそうだった。その母の肩をポンと父は叩く。


「すまない……母さん、ツネヒコよ。ランク家は本日を以って解散とする」


 父は泣いた、母も泣いていた。ツネヒコは泣けなかった。転生して一週間しか愛着ないし。

 感慨もない間に名門騎士家ランクは没落し、一家離散となった。



◇◆◇



「ふっざけんじゃねー! あのデブ女神!」


 城下町の路地裏、ツネヒコは思い切り壁を殴った。何が騎士団長にしてやるだ、家がなくなって今の自分はホームレスだ。

ボンボン感まるだしの襟つきの貴族服に、稽古で使っていた何の変哲もない剣。それ

が今の持ち物の全てだ。


「王国に住まう者達よ! くすぶっている情熱をお金に変える気はないか! 傭兵ギルドへ登録を! 今すぐにでも誰でも稼げる!」


 大通りに出ると、旗を持った男が喧伝していた。ランク家を潰した憎い傭兵か。

 ツネヒコはその男に殴りかかろうとしたが、冷静に考えた。待て、この世界で自分にあるのは剣の腕だけ。つまり傭兵になるしか選択肢は無いのではないか。


「くっ……勘違いするなよ、仕方なく。仕方なくなんだからな!」

「はい?」


 どこぞのツンデレキャラみたいなセリフを吐きながら、ツネヒコは詰め寄った。宣伝の旗を持った男は困惑していたが無理矢理迫る。


「ギルドに入ってやってもいいと言っているんだ」

「あ~その服。元騎士のおぼっちゃんですか?」


 男は合点がいったような表情をした。


「ぐっ、悪いか?」

「最近、多いんですよね。騎士業じゃ食っていけなくて、傭兵になる人。ああ、勘違いしないでください。悪いって言っているんじゃないんですよ。時代の流れってやつです」

「時代の流れか、神にも読めないものかね」


 心の中で悪態をついても変わらない。傭兵でも何でも良い、食い扶持を稼がないと。


「神様です?」

「こっちの話だ」

「そうですか。では傭兵ギルドに入るのでしたら、加盟料として銀貨一枚を頂きます」


 銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨十枚で金貨一枚だ。ランク家での生活でそれは学んだ。

 ツネヒコはポッケをまさぐると、ちょうど銀貨が一枚入っていたので男に渡す。


「まいどありー。ではこれがギルド証です。ギルドは王国の領地内の町や村ならどこにでもありますので、自由に仕事を受ける事ができます。気ままな旅をしながらでもどうですか?」


 二匹の竜が逆巻く意匠を凝らしたバッジを受け取った。


「旅か、それも良いかもしれない。どうせ家も無いしな」

「では新人くんにサービスで情報を上げます。港から南の町ハーミーズ行きに乗ってごらんなさい。そこにある砦で、帝国との戦いが始まるとかないとか。各地から傭兵が集められているようです。貴方もそこに行けば、稼げると思いますよ」

「ありがとう。じゃあ旅に出てみるとするよ」


 ツネヒコは男と別れ、城下町にある船着き場へと向かった。

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