第7話 ファンタイムワルツ
またガレージに二人。訪れる常連達は微笑ましく眺めている。
「知、コーヒー入れて上げて」
「あ、はい」
半ば店員と化した知が整備を待つ客にサービスする。
「店長、給料払ってんのー? いいの? 白氷様を
冷やかしの声が飛ぶ。
「いいのいいの。接客、覚えればものの言い方も変わるから」
「ちょっと、酷いじゃない。私をなんだと思ってるのよ」
不満をぶつける知。ほら始まったと白い歯をこぼすライダー達。そんな店内に元気玉が不意打ちを食らわせる。
「久、只今、参りました!」
「よ。用意しといたよ、バイク」
「ホントですか! 見せてください!」
店主が案内する。
「これだ」
「えぇ」
ブルーの機体を一周する久。
「私、これ、嫌ですー。お洒落だけど小さいし、こんなの速くないですー」
「久ちゃん、店長、これで私に勝ったんだよ」
知が助け船を出す。
「マジですかてんちょー! これ、そんなに速いんですか?」
「あー、なんというか、乗り方と場所次第だがな」
馬鹿正直な奴だ、速いと答えておけばそれで済むのに。不器用な店主に知が苛つく。
「じゃ、これにします!」
「え、えぇー!」「えぇー!」「ぇー!」
その場にいた全員がハモった。
「免許はどうするの、原付しか持ってないんでしょ?」
「今、教習所、通ってます!」
知の一刺しは無用だったようだ。
十日が過ぎた。
「てんちょー、知さん、免許、もらえましたー!」
いつにも増してエネルギッシュな拡声器が突入してきた。
「お、じゃ、早速、乗ってみるか? ヘルメットはあるか?」
「あります、買ってきましたー」
空気になっていた知が
「いきなり大丈夫なの? 教習所と公道は違うよ」
「お前が付いていけ。それならいいだろ」
首尾良く店主に押し切られる。
「二人ともヘルメットをこっちに」
店主はブルートゥースのインカムを二人のフルフェイスに装着した。
「これで自由に会話できる。さ、行ってきな」
NZRはもう店の外だ。
「行くよ」
無愛想に告げると知はNSRを発進させた。
「待ってくださいー」
久が続く。
取り敢えず街を流してみる。久は意外と飲み込みが早い。右左折とも難なくこなす。エンストすることもない。
「よし」
知の勘がオーケーを返す。
「付いてくるのよー」
「はいー」
初心者の久を待ち受けていたのは山だった。
「視線はカーブの出口。肘、肩の力、抜く。そうすれば勝手に曲がっていくから」
「怖いですー」
「外側のステップに力かけて、未だカーブでブレーキ使っちゃ駄目」
「はいー」
ギヤの選択やブレーキングのタイミングについては教える必要がないようだ。こいつ、なかなか。知の勘は正しかった。
「表」が終わる頃にはNZRはひらひらと舞うようになっていた。
決まり事のように
「どう? 上手く乗れそう?」
「うーん、分かりません! でも楽しいです!」
二人の横を赤い小刀が過ぎる。カタナは状況を察知し前方に脚を着いた。そして挙げた手を振る。
「一緒に来いって言ってるの? 灼眼。どういうつもり?」
一瞬の沈黙で事足りた。ここは従った方が久の為だ。知には分かった。
「乗って。あの赤いバイクに付いていって。私はその後ろを行くから」
二人が跨ったのを確認するとカタナはゆっくりとスタートした。
「いい、よく見て。前にいるのはここの教官なの」
「ここにも教官がいるんですかー?」
「つべこべ言ってないで集中して」
知が久を
やはり久には光るものがある。灼眼もそれを感じたのか徐々にペースを上げる。NZRのバンク角が増加する。
カタナの音が変わった。パワーバンドに掛かる。
「久、回転計を見て。一番、力があるところを使うのよ!」
知が渇を入れる。返事はない。久が了解したことはNZRのサウンドが示した。先ほどまでとは異なる鼓動と咆哮だ。
午後の下り坂を三台が軽快に駆ける。マルチ、シングル、ツーストがワルツを踊る。もう知がインカムを通じて語りかけることはない。赤い小刀が次々と久の引き出しを開けていく。
植物園でガイドを終えたカタナがピースサインと共に消えていった。
「久、どうだった?」
「楽しかったです!」
いつの間にか「久ちゃん」じゃなくなっている。
「そう」
呟くように相槌を打った知の眼差しは縁まで綺麗に融けたNZRのタイヤを捉える。
「帰るわよ」
「はい!」
疲れを知らない新兵は白氷を従え街へ帰還した。
(注意) 当然ですが拙いフィクションです。公道は法規遵守で利用しましょう。また不必要な空吹かしなどは迷惑です。節度を持って乗り物に接しましょう。現実のバイク屋さん、二輪車取扱店、ディーラー、店員さんとも失礼に当たらない距離感を保ちましょう。書き記すまでもありませんが、免許取得したての初心者を山、峠などに
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