第5話 黒歴史アール
今日も知が
「オーケー、灼眼、レディーを待たせないとは流石よ」
知は前回と同じく後ろを取った。
ブレーキランプ二回、戦闘開始だ。
知はがむしゃらに攻めるのを止めた。今回はじっくりテクニックを観察してやろう、と企図した。
「スムーズ」
「
「視線」
お手本のような走行。教習所で教わったことを極めるとこうなる、そこにスマートな速さを足した、そんな感じだ。なにか一本、筋、理論が通っているかの機敏な動作も見せる。
「そろそろ仕掛けるか」
右手に力が
またミラーを差す光。
「原付?」
知の瞳がスリムな車体を捉えた。
「セーブしていたとはいえ奴と私に追い付いた」
一瞬にして理解する。只者ではない。
カタナがスローダウンして路肩に寄った。知も様子を探るため灼眼の背後に入る。間を空けず華奢なブルーの機体が右を擦り抜けていく。
「シングル」
音が語る。だが知には機種名までは見当がつかない。記憶にない形状をしている。
灼眼と知がスロットルを煽る。未確認物体にパワーは無い。ストレートではすぐに詰められる。だがコーナーへの突っ込みは恐ろしく思い切りが良い。起ち上がりもシャープだ。
「厄介だわ、でも面白い」
青いナイフがつづら折りのエッジを刻み白氷の本能に火を点けた。気を察したのか灼眼は知を前に送る。
直線で捕まえコーナーで離される。繰り返されるパターンの中で知の脳裏を掠めるものがあった。
「あの背中、知ってる」
例のタイトターンが迫る。乾いたツーストサウンドとパラレルの咆哮に聞き慣れないビートが混ざったことでギャラリーに緊張が走った。
ひょろりと顔を現した
「なんだあれ?!」
「あんなのがあの二体を抑えてるのか?!」
リーンイン気味の重戦闘機二台を従え豪快なハングオンで突っ切るセスナ。半ば呆れつつも残す影の速さに圧倒される。
「難しいわね」
知に冷静さが戻った。戦況を分析すると植物園までに食うのは無理だ。いや、食えるかも知れないがリスクが高すぎる。後続する灼眼も手を出そうとはしない。
植物園前のストレートにかかる。フィニッシュを迎えた謎の単気筒が大きく手を振り知を誘う。「停まれ」の合図らしい。
植物園の玄関に二台が並んだ。小刀はいつもの如く軽く手を挙げ去っていく。
男が真新しいヘルメットを脱いだ。
「店長!」
後ろ姿に既視感があったのは道理だ。糸が切れた知はタンクの上に崩れ落ちた。
「もう、脅かさないでよ」
「ははは、そんなつもりはなかったんだけどな、ゴメンゴメン」
「そいつ、なに?」
「NZR」
「NZR? 聞いたことないよ」
「俺が造った、ベースはNZだ」
NZ250。超軽量車体に高出力油冷DOHC4バルブシングルを載せ特筆すべき運動性能を実現した迷車。迷車、そう、レーサーレプリカ全盛期にマルチと変わらない価格が設定された同車は鳴かず飛ばずマーケットの黒歴史となった。懲りたメーカーは後にグースで再起を図ることとなる。
そんな黒歴史も現在、見直され、再評価の機運が高まっている。店長のことだから素質を
どこから持ってきたのか理解に苦しむ細い倒立フォークとフォーポット対向ピストンキャリパー。最小限の補強が施されたアルミスイングアームにフレーム。コントロール性を確保するためのリアディスク化。重量と空力、冷却を考慮したであろう小さめのハーフカウル。そして素直な挙動をスポイルしない純正アルミリム。
知が信頼を寄せる店長の知識、技術、センスが凝縮されている。それが本物であることは先ほどの下りを制したことで証明されている。
「これ店長のバイクになるの?」
「いや」
「どうするの?」
「久ちゃんにどうかな、と」
なるほど、ライトウェイトで入門には良い。ストリートファッションで居留地辺りを流しても様になるフォルムもこの街にはピッタリだ。知は納得する。しかし「久ちゃん」この呼び名には納得出来ない。
「なんで私は知ちゃん、じゃないの?」
「なんでって、もう知で通ってるから別にいいだろ」
「なんだかなぁ」
不機嫌な表情の知に店長が振った。
「知、上りもやるか」
「いくら店長でも、そのパワーで上りはないでしょ」
「分からんぞ、ほら、第二ラウンドだ」
未だ愛着が湧かない
「ちょっと、店長! てんちょー!! 分かったわよ、ハンディくれてやる、この!」
慌ててキックを踏み下ろす知。
二人の勝負の行方は風だけが知っていた。
(注意) 言うまでもありませんが拙いフィクションです。公道は法規遵守で利用しましょう。また不必要な空吹かしなどは迷惑です。節度を持って乗り物に接しましょう。現実のバイク屋さん、二輪車取扱店、ディーラー、店員さんとも失礼に当たらない距離感を保ちましょう。
バイク屋の店長は店にいる時は「店主」、店から離れると「店長」表記になります。会話文では基本的に「店長」です。
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