28. バストよ燃えろ

 エルネスティーネの言葉どおり、その兵器は火砲を極端に巨大化させた、鉄の城を思わせる戦車だった。


 前方に突きだした砲身は、火砲部を支える本体とほぼ同じ長さを持っている。

 つまり50メートルの車体に50メートルの大砲を載せたような格好である。

 恐らくあれでは自重で満足に移動もできないだろう。

 ロスペインはそう考えたが、その印象は実際正しいらしく、車体の脚部にはキャタピラではなく、貨物列車をそっくり持ってきたような車輪の駆動部がついていた。

 見れば、周到なことに広場の石畳にも真新しい線路が敷かれている。

 ただ、その線路は車体のすぐ前で途切れており、移動の用をなすとはとても思えない。

 ようするに、大きさばかりが目立つ出来損ないの巨大兵器。

 それが一見した感想のすべてだった。


 ――でも、まあ。


 けっきょくのところ、壊すことに変わりはないか。


 ロスペインは眼前の死体を踏みしめた。

 それから大きく跳躍すると、空中でヘマトクリットを三度ふった。

 瞬時に伸びた鎖が、敵の砲身と脚部を縦横に叩きつけ、轟音が響いた。

 シュナイダーの他の装甲車ならば、ひとふりで爆発、炎上した一撃である。


 だが、ふり抜かれた鎖は周囲の地面を削っただけで、千切り飛ばすつもりで叩いたはずの装甲には変化がなかった。

 脚部の車輪がわずかに浮かび、ふたたび着地したとき、重いきしみをあげた程度だった。


 何かおかしい。

 ロスペインが違和感に眉をひそめたとき、エルネスティーネの悦に入った高笑いが聞こえた。


「ひゃひゃーひゃひゃひゃ! あー効かん。全っ然効かんわ、アホンダラがぁ。

 そないなハエ叩きじゃ、無敵装甲のゾロたんには傷ひとつつかへんわ。

 どうや? 考え直すんなら今のうちやで。

 今降参するっちゅうなら、土下座と裸踊りあたりで手を打ってやらんことも……」


 言い終える前に、エルネスティーネの声がかき消えた。

 わずかなへこみさえ見せなかったゾロターンの砲身と脚部が、今ごろになって突然爆発したからである。


「ぎゃーーー! なんや、何が起きた! ゾロたん早くも反抗期か!」


 彼女が叫ぶと、拡声器から消沈した声が割って入った。

 フランツの声だった。


「当たり前だろ……。全部、おまえのせいだぞ。分かってるのか、エル」


 叫んだときの勢いのまま、エルネスティーネは答えた。


「おうフランツ! 

 だんまり決めこんどると思ったら、いきなり言いがかりとはええ根性やな。

 何がうちのせいや」


「おまえ、歯車を使う前になんて言った」


「歯車の前? ああ、フランツがじつは女や言うたことか。

 まあ、あれはその場のノリというか、べつに悪気は……」


「そっちじゃない。ていうかそんなことはどうだっていい。

 いいか。おまえは言ったんだ。

 攻撃が防げないなら当たっても傷つかないようにすればいい。

 完璧な兵器、無敵の装甲を造るんだって」


「ああ、そっちか。せやな。

 それがゾロたんのデザイン・コンセプトやし」


「だから爆発したんだよ!」


 フランツは叫んだ。姿が見えれば頭を抱えているような声だった。


「え。意味分からん」


「完璧な兵器とか無敵の装甲なんてこの世に存在しない。

 ましてや血を編む鎖ヘマトクリツトの攻撃で傷ひとつつかない装甲なんてありえない。

 ありえないから矛盾が生じて消えたんだよ。

 いつもどおり、爆発っていうしょうもないオチでな!」


「えー? 爆発はしょうもなくないやろ。

 それより、ありえないゆーのがありえないと科学者であるうちとしては主張した……」


「何が科学者だ! おまえがトンデモ兵器を造るたびに科学が全否定されてることにいいかげん気づけよ!

 なんなら僕がその証明だ! なんだ、しゃべる生首って! 

 どうせこの容器だってそのうち勝手に爆発するんだろ! 

 そうやっていつもいつも、そばにいる僕にしわ寄せが……」


 二人の会話を聞き流しながら、ロスペインはため息をついた。

 腕をふると、横あいから叩かれたゾロターンの装甲が、今度は即座に爆発した。

 悲鳴が二つ重なった。


「つまりは、こういうことかしら」


 あちこちから黒煙をあげる鉄塊をにらみ、ロスペインは目を細めた。


「あれだけ大層な前振りをしておいて、そのオモチャは大きいだけのハリボテだったと」

「それはちゃうで!」


 エルネスティーネの声がすぐに響いた。


「うちの大いなる機巧の歯車シユベーレ・ゾロターンは、空想を本物ほんもんにするからスゴイんや!

 この80センチ列車砲かて、ほんまに動くし、ちゃんと撃てる。

 しかも本来なら2,000人がかりで1時間に3、4発しか撃てないところを、うちのゾロたんは全自動で発射し放題や。

 この技術がどれだけ画期的でロマンにあふれた兵器であるか、おのれなんぞに分かってたま……」

 

 言葉の途中でまた爆発が起きた。

 ロスペインが殴ったからである。


「やめろや! 卑怯やぞ! 空気読めん罪で訴えんぞ!」


「訴えたいのはこっちの方よ。とんだ茶番につき合わせられた気分だわ。

 いつまでたってもギャーギャーギャーギャーうるさいし。

 破壊兵器なら粛々と破壊だけを行ってくれない?

 よけいなスピーカーはオフにして」


「よけいやない! これはエルネスティーネちゃんの玉音放送なんや。

 でかければでかいほどみんなの士気もだだ上がりするパッシブスキルや」


「で、そのみんなとやらは、仲良くくたばっているようだけど」


「うーん! それはそのとおりやな!

 一本取られた気分やわ。わははっ」


「……」


 知らず、ロスペインは口中で舌打ちしていた。

 この馬鹿につき合っていてもメリットはない。

 むしろ会話を重ねれば重ねるほど、場の空気が損なわれていく気さえする。

 そして損なわれた印象は、勝利の価値を軽くする。

 これまでの苦労が無駄になるのだ。


 ――もう、終わりでいいか。


 小さく首をふり、ロスペインは無造作に死体を踏み越えた。


「お、なんや。ようやく観念してゾロたん砲と真っ向勝負する気になったか?」


 嬉々とした声が、高みからこちらを見おろすように響いた。


「よしよし、ええやろ。

 よーし。もう、それぐらいでええやろ。

 今、準備するからそのへんで止まって……。

 止ま……、おい、止まれや!」


 エルネスティーネの声が悲鳴に変わった。


「それ以上近づくと大変なことになるで!

 全部が台無しになるんを分かっとるんか!

 なあ、おいーーー!」


「分かってるわ。これ以上近づかれると、角度的に弾が当たらなくなるんでしょう?

 でかい図体が仇になったわね。まったく、馬鹿らしい」


「ぐ、この、うおおおおおおおおおお!」


 彼女が叫ぶと、ゾロターンの砲身がロスペインを狙おうと角度をさげた。

 だが気合いで構造が変わるわけではないらしい。

 雄叫び空しく、ゾロターンの主砲は虚空をさしてピタリと止まった。


「あかん。万策尽きたわ」


 フランツが叫んだ。


「バカ! ティーガーを使え!」


「あ、せやった。ナイスやフランツ。

 そして、ねやクソアマ! 全車フオイア撃ち方始めエアフネン!」


 エルネスティーネの掛け声のあと、一瞬、広場の端の空間が揺らぎ、赤い光が爆発した。

 光の尾をひき、ほぼ同時に四方からロスペインに向かってきたのは、広場を包囲していた重戦車からの砲撃だった。

 常人の反応速度を超えた刹那の閃光が、いっせいに着弾し炸裂した。

 瞬間、爆音とともに激しい炎が噴きあがった。


「やったか!」


 エルネスティーネの感嘆が聞こえた。


「ひゃひゃひゃ。さすが、無駄な脂肪がついとるやつはよう燃えるんやな! ええぞ! 燃ぉーえろよ、燃えろぉーよー、バストよ燃ーえーろー♪」


 もうもうと噴きあがる黒煙の中で歌声が響いていた。

 その声を聞きながら、ロスペインは笑いたくなる衝動を抑え手首をふった。

 弧を描いたヘマトクリットが足下の地面をなぎ、ひとふりで榴弾の炎を吹き散らした。

 視界が晴れた。


「んが……っ。なんでや!」

「なんで、ちゃんと当たったはずなのに?」


 ロスペインはエルネスティーネの言葉を引き継ぎ、静かに笑った。


「簡単なことよ。砲弾は全部、私じゃなくて私の鎖に当たったんだから」


 わずかな沈黙のあと、今度はフランツの声が響いた。


「嘘だろ……。重戦車の榴弾を、鎖で打ち落としたっていうのか」

「そのとおりよ」


 ロスペインは余裕たっぷりにうなずいてみせた。嘘だった。

 あの速度で殺到する複数の砲弾を、とっさに叩き落とすことなど普通はできない。

 ただ、撃たれることが分かっているなら準備はできる。

 エルネスティーネの号令に合わせて、あらかじめヘマトクリットを周囲にめぐらせておく。

 あとは砲弾が勝手にぶつかり爆発する。

 つまりロスペインがしたのは、相手の攻撃に合わせてタイミングよく武器を置いただけのことだった。


 だがロスペインのヘマトクリットを便利な鎖程度と認識している彼らには、砲撃を無効化されるという状況が理解できないのだろう。

 くわえて、号令をかければ相手に行動を気取られるという認識もない。

 撃てだの、退けだの、宣言してから動く彼らの様はいちいち滑稽で笑いを誘う。


「一つ忠告しておくと」


 ロスペインはブラフを重ねた。


「一度見せた攻撃が私に通用すると思わないことね。

 次に撃つなら、見た目だけじゃなく音も消してみたらどう?」


「っ……しゃらくさいわ! まぐれの当たりでいい気になんなや!」


 啖呵を切ったエルネスティーネが、ふたたび指示の声をあげた。


全車シユペーア制圧射撃フオイエル! 撃ちまくれ!」


 笑みを消さず、ロスペインは悠然と歩きだした。

 ブラフを真に受けたのか、今度の攻撃には時間差があった。

 初撃は正面の右から来た。

 景色の一部が揺れるように動き、わずかな時間、空間に赤い光点をにじませた。

 それを合図にヘマトクリットをふるうと、飛来した砲弾が勝手にぶつかり炸裂した。

 同じ要領で、左の二方向から来た弾をなぎ払った。

 轟音が間近で響き、風圧でドレスの裾が大きくなびいた。

 だが爆風や砲弾の破片程度ならば、障壁を抜いて来ることはない。

 返す手の動きで砲弾の発射位置を鋭く打った。

 すると鎖の直撃を受けた車両が大破し、何もなかった街道に炎があがった。

 ただ敵がひるんだ様子はない。

 そもそもエルネスティーネの口ぶりからすると、戦車は無人で動いているのかもしれない。

 考えたとき、続いた砲撃は七時の方向、背後からあった。

 それを正面を見たままでいなし、あえて回避のそぶりは見せずに、ロスペインは胸の内でつぶやいた。


 ――あと、3秒。


 予想にたがわず、数秒の間を置いて背後のべつの位置から砲撃があった。

 思ったとおりだった。

 敵の攻撃がルーチン化している。

 方角を変えるだけの一連の攻撃には、もちろん理由と思惑があるはずだ。


 ――たぶん、そろそろ。


  間隔を読み、周囲に意識を巡らせたとき、左右からちょうど気配を感じた。

 広場の端と端。建物の裏側から同時に発射された徹甲弾は、建物の壁を突き破って進み、しかしロスペイン本人を狙うことなく、彼女の手前の地面をえぐった。

 悪くない手だった。

 最初の砲撃を打ち落とされてから数分とたたず、彼らはこちらの迎撃がすべて着弾の寸前に行われていることに気づいているのだ。

 ゆえに少し離れた場所を狙い、足場を崩すことを優先した。

 逆に言えば、次に一撃が本命であることの証拠でもある。


 障壁への魔力を最大限にし、傾いた姿勢のままロスペインは足に力をこめた。

 そのとき、先ほどと同じ右の位置から砲撃があった。

 今度の砲弾はロスペインの頭上で炸裂した。

 数千本の小さな釘が瞬時に降りそそぎ、一帯の地面とそこに横たわる死体をミンチのようにぐずぐずにした。

 間髪入れず左の位置から放たれた砲弾は、もはや何で攻撃されているのか見当もつかないものだった。

 着弾と同時にすさまじい勢いで白煙が立ちこめ、肌や喉に痛みが走った。

 そこではじめて、ロスペインは歩くのをやめ、視線を落とした。


 チョーカーについたルビーの一つが、光を放ち反応していた。

 赤からさらに色を深くし、酸化するように黒ずみ、すぐ砕けた。

 つまり周囲の煙は有害なのだろう。


 胸元を見ると、ショールの毛先が燃えるように赤みを帯び、ちりちりと小刻みに揺れていた。

 つまり通常であれば、この空間は敵を焼き殺すのに十分な熱があるのだろう。


 濃度を増す白煙の中で、ロスペインは腕をさすり、ゆっくり呼吸をくりかえした。

 痛みも熱も、すでにサウナの空気程度にしか感じない。


 ――つまり、敵の兵器より、私の装備がまさっている。


 砲弾の発射数とおおまかな発射位置は覚えていた。

 残りの戦車をすべて叩き潰すさまを想像しながら、そのイメージを現実に重ねて腕をふった。

 11、12。

 記憶の数と一致する手応えがあった。

 音がしないのは、周囲の空気と熱を置換している装備の影響だろう。

 ただ、聞こえなくとも見えはする。

 白煙の向こうで複数の炎が塊となって揺れ、その光がゾロターンの影を、朝霧に浮かぶ巨大な城のように浮き立たせていた。


 わずかな時間、その影を眺めてから、また足を進めた。

 青空の下に出ると、全身にからみついていた白煙が千切れ飛び、耳元で風がうなりをあげた。

 音がもどり、ロスペインは自分の呼吸と声を聞いた。


「時間が惜しいわ。遺言があるなら、2秒でどうぞ」


 エルネスティーネの震えるような声がした。


「ま、待てや! 話せば分か……」

「さよなら」

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