27. ハッピーデストロイモンスター・ゾロたん

 大型のエンジンがうなりをあげると、瓦礫をき潰しながら進むキャタピラの気配に、少女の声が重なった。


「ファーーーーー!! 見てみい、フランツ!

 あのあま、徹甲弾一発で死によったで!

 まあ、今回は戦車で頭部射撃ヘツシヨ決めるっちゅう、エルネスティーネちゃんお得意の神エイムが神すぎただけの話やけどな!」


 その喜色満面といった甲高い声に、少年の冷静な声が応じた。


「……いや、どうかな。なんか直前で避けられたような気がするんだけど」


「はぁん! なーにが気がするやや。気がするで弾が避けられたら、この世に防弾チョッキ職人はおらんねん。

 というかなんで避けたんなら、あいつはぶっ倒れて血ィ流しとるんや。話が合わんやろ!」


「それは、そうだけど」


「つまりはこういうことや。

 戦車どーん! 頭ばーん! 血ィぶしゃあー! これ。な?

 とどのつまり、この偉大かつえげつない戦果を目ぇにして、今ごろ天国の部下さんたちも、ありがとうございます大佐とむせび泣いて、うちのためにソーセージ焼いて喜んどるっちゅうわけや」


「天国って……。うーん。まあ、あの血を編む鎖ヘマトクリツトが不意打ちで死ぬとは思えないけど、一応、奇襲自体は成功ってことでいいのか。とりあえず」


「せやろ!」

「じゃあ、前進はやめ。ここで停止だ」


 少年が言うと、キャタピラの気配が静止した。


「は? なんで止まるんや。戦果も見ずに様子見とか、さすがはフランツ。

 首だけになったら、より小っさい男になったんやな」


「うるさいな! 僕だってこんな状態で生きてたくないんだよ! むしろさっさと帰って死にたいよ!

 ……ったく。そうじゃなくて、この場所からもう2、3発、ロスペインに撃ちこめって言ってるんだ。

 死んでるならそれでいいし、死んでないならここで完全にとどめを刺す。

 死体がばらばらに吹き飛ぶまで、僕たちはまだ油断すべきじゃない。絶対にだ」


「なるほど。ばらばらのやつが言うと重みがちゃうな。

 軽いのに重いっちゅう哲学的な……」


「だからそういう無駄話をやめろって言ってるんだよ!

 いいから早く撃てよ、このボケ姉!」


 フランツは怒鳴ったが、エルネスティーネはひゃっひゃと笑うだけで、堪えたふうでもない。


「まあ、そう焦らんと。同じ弾ばっか撃っても芸がないやろ?

 じつは予備に白燐弾はくりんだんっちゅう愉快な弾があってな。

 こいつは爆発すると、中のリン酸が大気中の水分子と水和して分散媒になる、いわゆるエアロゾルになるんやけど、見た目はただの煙霧でも……」


 エルネスティーネが何か専門的な話をしはじめた。

 その講釈を突然フランツの声がさえぎった。切迫した叫び声だった。


「エル! そこから跳べ!」

「ん? おう! じゃあ伏せるで!」

「なんでだよ!」


 直後、エルネスティーネが指示どおりに動いていれば頭のあった位置に、鎖の一閃が駆け抜けた。

 空間を貫くように横一直線に動いた鎖が、戦車の装甲をかすめ重い音を響かせた。

 鎖は勢いのまま近くの建物にめりこみ、一帯を盛大に破壊した。

 ――へえ。今のを避ける?


 仰向けに倒れた状態のまま、ロスペインはひそかに感嘆した。

 依然、目を閉じたままではあったが、敵の動きはディビジョンでおおよそ見えていた。


 今の一撃は、広場に山積する死体の隙間にヘマトクリットを這わせ、大幅な迂回を経て、敵の死角からさしこんだ必中のはずの一撃だった。

 それが今、冗談のような偶然で回避されたのだ。


 ――まさか、弟の方。本当に私の動きを予知してる……?


 予想とは違う展開に興味を覚えながら、ロスペインは身を起こし、敵の反撃を警戒するでもなく、ゆっくり立ちあがった。


 喉の血はまだ止まっていないが、話すうちに治るだろう。

 それより今は、敵の予知能力について少し探りを入れておきたい。

 考えて、確かめるように軽く咳をしたロスペインは、口内の血を吐きだしてから声を出した。


「まったく、調子が狂うわ。本当にどういうことかしら。

 跳べと味方から忠告を受ければ、普通は素直に跳ぶものじゃない?

 だから少し狙いを上にずらしたのに」


 問いかけてから、ロスペインは改めて周囲を見まわした。

 倒れる前と変わった点は一つだった。

 シュナイダーの幹部、例の双子の姉弟が、白塗りの仰々しい戦車で広場の外周部に居座っている。

 よく見ると、弟の方はいるというより、あるといった方が適切な状態だった。

 聞こえていた会話のとおり、彼は首だけの状態で小さな容器に入っていた。

 側面が透明な円柱の容器は、内部を薄い水色の液体で満たしている。

 なぜあれで生きているのか。なぜ発話できるのかは不明だった。

 ただ、動けないという点では殺しやすくなったので疑義はない。


「あーーーー! あいつ、やっぱ生きとったんか!」


 そこへ、ややくぐもったような怒鳴り声が聞こえた。

 視線を移すと、戦車の砲塔部からエルネスティーネが頭を出したところだった。

 伏せると宣言して、彼女はあそこから中に隠れたらしい。


「死んだふりして騙し討ちとは卑怯なやつや!

 やっぱり胸のでかい女は性格からしてやらしいてほんまのことやな!

 この卑怯もんが!」


「いや、奇襲したおまえが言うなよ」


 容器の中からフランツが言った。

 彼の容器は、エルネスティーネが顔を出した入口の横に固定されている。


「ていうか僕も疑問なんだけど、なんで伏せたんだよ。僕は跳べって言っただろ」

「は、愚問やな。跳べと言われたら跳びたなくなる。それがうちという天才のサガや」

「ああそう……」


 だが、その気紛れのせいでエルネスティーネは先ほどの一撃を回避した。

 もしもフランツの予知能力が万能なら、彼はエルネスティーネにはじめから伏せろと言ったはずだ。

 もしくは彼女の性格を見越した上で跳べと言ったはずで、今の言動と一致しない。


「ふうん。だいたいつかめたわ」


 つぶやいて、ロスペインは左手をまっすぐ突きだし、フランツをさした。


「そこの死に損ないの生首は、噂にあるような予知の能力を持ってるわけじゃない。

 実態は、予知というより予測の類いね。

 高感度、広範囲の索敵をつねに行っていて、そこから得られた小さな変化―特に魔力の変化に反応して、周囲の事象を予測してる感じ。

 だからハンガーが上空から降ってくることは分かっても、赤毛の気紛れまでは把握できない。

 そもそも本当に未来が分かるのなら、私が砲弾一発じゃ死なないことを、あらかじめ予知していたはずでしょう?

 つまり生首の能力は、現実を見てからやってるただの計算。未来を見ているわけじゃないわ」


 フランツの顔から表情が消えた。

 意図的に表情を抑えている顔に見えた。


「だとしたら、なんだって言うんだ。

 僕はおまえの推理に答えなんか出さないし、当たっていても僕の予知が無効化されることはない。

 それにもし間違っていたら、おまえは見当外れの先入観によって自ら死地を招くことになる。

 まあ、どっちでもいいさ。

 たしかなのは、この程度で揺さぶりをかけてるつもりなら、おまえは僕たちを舐めすぎだってことだ。ヘマトクリット」


「あっそ。じゃあ正解ね。あなたみたいな理詰めのやつって、自分の嘘に納得するために勝手にべらべらしゃべりだすし」


 む、と眉をひそめたあと、フランツはおもむろに目をそらした。

 分かりやすい男である。


「なんやフランツ。もう論破されたんかい」


 にやつきながら、エルネスティーネが口を挟んだ。


「な、バカ、論破とか言うなよ!

 今のは沈黙することで答えを確定させないための戦略で……」


「いやいや無理やろ。

 引き際が肝心って、いつも口とがらせて言うとるのはフランツやで」


「うるさい」


「まあ、実際バレても困らんのはホンマやし、ええんとちゃう。

 それより、あんたらがおしゃべりに夢中んなってる間に、こっちは準備万端や。

 つまり、引き際が見えてないのはおまえの方や、ロスペイン! 覚悟しいや!」


 威勢よく言って、彼女は戦車の上で立ちあがった。


「覚悟? もしかしてそれは、私に対しての勝利宣言か何かなのかしら」


「そのとおりや。

 もうあんたの周りは、エルちゃんお手製のステルス重戦車『ケーニッヒス・ティーガー ドキッ!榴弾だらけの市街戦、あなたのうしろは大丈夫?』で、完全に包囲されとるからな。

 どうあがこうが徹甲弾一発で伸びてたやつには、こっから逃げだすことは絶対できへん」


「そう。やっと移動が終わったのね」


 鼻で笑い、ロスペインは喉に手をやった。血はすでに止まっている。


「もう話すこともないし、どうしようかと思っていたのよ」

「は? どういう意味や。うちにハッタリは効かへんで」


「ハッタリも何も、私はあえて待っていたってだけの話。

 あなたたちが、ない知恵を絞って準備を終えるそのときまでね」

「嘘やな。どこにそんな必要がある」

「どこに? まあ、主に大衆へのアピールにおいて?」

「アピール? 意味が分からん」


 それはそうだろう。だが説明する義理も理由もない。

 ロスペインはそれとなく周囲の建物に目を走らせた。

 ララノアたちは行方をくらましたあと、ほぼ確実に引き返してきて、適当な物陰から今も中継ないし撮影を継続しているだろう。

 他にも複数の人員が、戦況を報道するために各所を奔走している。

 つまり、自分の戦う姿を見せつけるならば、敵は強ければ強いほど都合がいい。

 ゆえにエルネスティーネたちの裏の動きを見過ごした。

 それだけの話である。

 フランツの能力を語ってみせたのも、場を盛りあげるためのリップサービス以上の意味はない。


 正面に視線をもどしたロスペインは、答えるかわりに右手を掲げ、相手にヘマトクリットを見せつけるようにした。


「ところで、包囲完了の報告はけっこうだけれど。

 それ以前に、ちゃんと理解しているのかしら」

「理解? 何をや」

「私が指を動かしたら、あなたは簡単に死ぬってこと」


 ロスペインは指でカードを放るように、軽く手首を上下にふった。

 すると空中高く伸びあがったヘマトクリットが、しなう鞭のように地面を叩き割り、エルネスティーネたちの戦車の手前まで一直線の深い溝を作った。

 ロスペインは首をかしげ微笑した。


「次は当てるわ」


「……ほ、ほーう。なかなか、やるやないか。

 ま、まあ、寸止めされんのは分かっとったから?

 うちはもちろん、逃げも隠れもせえへんかったけどな!」


 戦車の上で仁王立ちをしていたエルネスティーネは、たしかに微動だにしていなかった。

 単に反応できなかったようにも見える。

 彼女は引きつった笑みを浮かべたあと、さっとかがんで生首の容器に小声で言った。


「フランツ! どないなっとんのや。

 いつものお天気予報プラスアルファはどこいった」


「ちょ、誰が天気予報だボケ。

 どうなってるって言われても、あんな速いのに反応なんてできるか。

 今のではっきりしたけど、あいつの素の攻撃には、予備動作とか魔力の起点がほとんどないんだ。

 僕一人なら回避ぐらいはできるけど、誰かに口頭で伝えてる暇なんかない」


「じゃあどないすんねん! フランツのバリアかて、あんなの何発ももたんやろ」

「……いや。今の一発で消し飛んだ」

「はぁ!?」


 エルネスティーネの小声が単なる会話からさらに怒声に変わったところで、ロスペインは右手の人さし指だけをリズミカルに動かした。


「1、2、3、4、5。今のであなたの命を5回も救ったんだけど、私はいつまで待てばいいのかしら。まだ準備があるのなら早めに言ってもらえる?」


 エルネスティーネがふりかえった。


「ハ、ハハ。ずいぶん余裕ないか。その油断が命取りになるかも分からへんで」

「ふうん」


 ロスペインは腰に手をやった。


「知ってる? これはデッドシティでは有名な学説なんだけど。

 油断がどうこうとか、そういう小物っぽい台詞を吐いたやつは漏れなく惨敗するって説があるわ」


「アホかい! そないなふわっとした学説あってたまるか。科学なめんなや」

「あとそうだ。発言したやつが貧乳の場合、学説の有効性は五倍になるわ」

「はあーーーーん!?」


 エルネスティーネから血を吐くような怒声があがった。

 事実、表情筋を最大まで広げたような鬼の形相で、彼女は頬をひくつかせながら歯を見せた。


「おのれカスゥ……。

 言うていいことと悪いことの区別もつかん畜生やったかボケェ。

 いったいどこの誰が貧しい乳や言うとんのやコラ……。

 おう! 言われとんぞ、フランツ!」


「いや、なんで僕だよ。男に貧乳っておかしいだろ」

「じゃあフランツ、じつは女やったんか!」

「おまえが貧乳って言われてんだよ! もうそこは認めていけよ! めんどくさいな!」

「まああああああああああ!!」


 認めない、という意思の表れだろうか。脈絡のない雄叫びをあげたあと、エルネスティーネは取りだした鉄兜をフランツに叩きつけた。

 だが、それは八つ当たりではなかった。

 フランツの容器に鉄兜をかぶせ、そこに手を置いたままエルネスティーネは静かに言った。


「……ああ。なんや、知らんうちに一瞬、うちは気絶しとったようやけど。今バッチリ、目ぇ覚めたで。

 で、フランツのバリアが役に立たんいう話の途中やったか?」


「あ、はい。もうそれでいいです」


 フランツが合わせた。


「せやったら、もう出し惜しみはなしや。

 敵の攻撃が防げんようなら、当たっても傷つかん、完璧な兵器を造ればええ。無敵の装甲を持ったごっついやつや」


「完璧で無敵……?

 え、いや、やめろそれは。そんなもの現実に存在しな……」


「――万物よザイト学びて経巡れフライゼヒ!」


 エルネスティーネの声が、周囲一帯に奇妙に反響した。

 音自体に膨大な魔力を織りこみ、触れたものすべてに干渉する高位の詠唱だった。

 その声にロスペインの肌がわずかに粟立ったとき、エルネスティーネの頭上に、巨大な光の歯車が浮かびあがった。


 世界の裏側の構造を可視化したような、それは無数のパーツからなる精緻な構造体だった。


 眺めていると、構造体の中央を貫く螺旋形の回転軸がゆっくり回った。

 重々しく、しかし透きとおった音が響き、もっとも巨大な歯車がその歯の一つぶん回転した。

 そこにエルネスティーネの、奇妙に響くささやき声が重なった。


「エス イスタイン アイゼナーリーズ ダー マインハーツファイント シュトルディー アダトゥインク ダスメア アン ファンニヒト アンザーファインダ」


 彼女のささやきと、2秒ごとに鳴動する歯車の音に合わせて、世界が動いていた。

 比喩ではなく、空間が歪み、物質が砕け、宙を舞う瓦礫が螺旋を描いて、エルネスティーネの周囲に収束していた。


 やがて、彼女を中心とした半径20メートルほどの空間が、地面ごと回転し宙に浮かんだ。

 するとひときわ重い轟音がし、箍が外れたように歯車の回転が突然なめらかになった。

 それを契機に、歯車の光が強さを増し、周囲の瓦礫も呼応するように光をまとった。


 そこから先は一瞬だった。

 ロスペインが目を細めたとき、光の塊となった無数の瓦礫が動きを止め、空から降りかかる矢の雨のように、中心にいるエルネスティーネに殺到したのだ。

 彼女は大きな光と一体化し見えなくなった。

 一拍おいて、光が徐々に収まっていくと、集まった瓦礫の質量にふさわしい巨大な何かが姿を見せた。


「我が意を致す鉄の巨人よ。大地を揺らし、海を飲み干し、我らの敵を破壊せしめよ。うなり来たれ――」


 ――大いなる機巧の歯車シユベーレ・ゾロターン


 熱せられた金属が急激に冷め鋳造ちゆうぞうされるように、光の中から蒸気とともに現れたそれは、これ以上なく単純な見た目の兵器だった。

 そしてその性能についても、ご丁寧に相手から説明があった。


「おうおう、おうおう。

 遠からんもんは音に聞け、近くば寄って目に見いや!

 これが大砲というロマンを極限まで肥大化させた真の大量破壊兵器。

 名づけて、ハッピーデストロイモンスター・ゾロたんや!

 うひゃっひゃひゃひゃ。どうや驚いたか?

 総重量1,500トン! 全長47.3メートル!

 兵装は一つ、主砲のみ!

 人ひとりが余裕で入る砲口径80センチの巨大カノン砲が、一発5トンの弩級どきゆう榴弾で、クサレ外道をその脂肪ごと木っ端微塵にしていくで! いざ、豊乳どもをぶち殺して、我が世の春へ進軍や! ひゃっひゃーー!」


 姿は見えないが、要塞のような兵器からエルネスティーネの声が拡大されて響いていた。

 ロスペインは両耳をふさいでいた手をおろし、敵を見あげた


「ふうん。強そうでよかったわ。

 少なくとも、見てくれだけは」

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