26. 反撃
気がつくと、景色が少しずつ左に動いていた。
何のことはない。実際は、自分の首が右に回っているだけなのだろうが、今はその
たとえるなら、空の雲をのんびりと眺めているような感覚だった。
裂けた額からこぼれ落ちる血の一滴一滴が、風圧ではじけ、空中で躍るさまが見えていた。
粉塵が舞い、その中に血ではない赤いものがちらと光った。
砲弾で魔力の障壁を貫かれたとき、耳から取れてしまったのだろう。
地面の血だまりに落ちてしまえば、あとから探しだす自信はない。
そんなふうに眺めるうちに、7秒がたった。
現実の時間がどれほどなのかは分からない。
だが自分の意思や感覚とはべつに、視界は流れ、首は動き、その角度はもうすぐ右側の20°に達しようとしていた。
こういう感覚は稀にあるのだ。
死が間近に迫ったときだ。
感覚が冴え、痛みだけが消え、思考の速度が極端にあがるため、相対的に現実がその速度を鈍らせるのだろう。
だから逆説的に、私は今、死に直面しているということになる。
たぶん死ぬだろうと脳が勝手に判断している状況にある。
となると死因は、首が回りすぎて骨折あたりが妥当だろうか?
砲弾をかわしきれなかった頭部から衝撃が伝わり、生理的可動域以上のストレスが
即死か、そうでなくとも気絶ぐらいはするだろうから、けっきょくのところ遅かれ早かれ死ぬしかない。
こんなところだろう。
そして、こう考えているうちにも、首は角度を少しずつだが変え続けている。
今、45°。
つまり残りの20°ほどが、命の残り時間といえなくもない。
では、どうするか。
渾身の力をこめれば、あるいは砲弾の加速度的な衝撃に抗い、今からでも首を正面にもどせるだろうか?
まあ、普通に無理だろう。
筋力でどうこうできるレベルではないし、そういう地味な努力は好みじゃない。
ならば逆転の発想で、首は折れてもかまわないから、治癒の魔術を今のうちから強化しておくのはどうだろうか?
これは案外ありかもしれない。
だがそもそも、折れたあとに千切れた場合、ヒール程度では間に合わないし意味がない。
つまり、私がここで生き残るための条件は、列挙していくとこんなふうになる。
首が千切れてはいけない。
これだけだ。
シンプルな結論はシンプルな行動に結びついた。
自分の首に、
これだけで動きを抑えきることはできないが、首が完全に千切れ飛ぶことは防げるだろう。
巻きつけた鎖の力加減は、ふだん敵の首を刎ねているのでよく知っている。
生活の知恵を存分に活かして、自殺には至らない程度に、しかし最大限、頭部の固定を促すように締めつけた。
すると変化があった。
景色の流れがさらに遅くなり、視界の下部から血飛沫が見えるようになった。
締めつけた首の皮膚が裂け、砲弾の衝撃に逆らうごとに血管が破裂しているためだろう。
そういえば、いつのまにか痛覚ももどっている。
これで気絶の心配も消えた。
痛みは覚醒と殺意を生む。
この理屈を根拠のない精神論だと言うやつもいるが、その精神論こそが、もっとも重要で不可欠であることをやつらは知らない。
皆、意思の弱さに鈍感すぎるのだ。
戦場では「敵を殺す」という純粋な殺意こそが、何よりも強い武器になるというのに。
やがて首から噴きだす血飛沫が、自分の目線より高くなった。
全身が、衝撃を受け流しつつ回転しながら倒れているからだ。
そのとき、ふと感慨が生まれた。
自分の血を、こんなにも明るい場所で眺めるのは久しぶりだった。
いい色をしている。
そんなふうに考えて、それから、敵もきっと私のこの姿を見ているだろうと思った。
彼らは不意打ちの成功を喜んでいる。
砲撃を受け、血を流し、無様に倒れる私の姿に、彼らは自らの勝利を疑いもしない。
――だからこそ、私はここで、瀕死で倒れる意味がある。
時間の感覚が現実にもどり、凄まじい圧力とともに全身が地面に叩きつけられた。
首から流れる温かい血が、仰向けに倒れた体のうなじや肩を濡らしていく。
その中で、ロスペインは口の端だけで薄く笑った。
――さて。
ここからが、私の反撃だ。
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