19. ごきげんよう。

 目を閉じると、白煙の向こうに敵の姿が鮮明に見えた。

 視界をさえぎることで、まぶたの裏側に人型の輪郭が光の線として浮かび上がるのだ。


「こういう基本を忘れるのよね。道具にばかり頼ってると」


 手首と指の動きだけで鎖を操りながら、ロスペインは静かに笑った。

 むろん、ふだんの戦闘で使えるようなテクニックではない。

 目を閉じていても安全であり、あらかじめ相手を視認しているときに限られた工夫レベルの小技にすぎない。


 ただ、シュナイダーは、そのようなジャッジらしい戦い方を忘れている。

 数の有利に慢心し、完全包囲という過剰な戦略を取ったのがいい例だろう。

 彼らは政治的アピールに気を取られるあまり、見えない敵に姿をさらすという、多大なリスクを軽視している。


「でも、逃げるやつらよりはマシか。

 正々堂々、正面から殺しに来るのは悪くないわ」


 指先がまた、感触をとらえた。

 わずかな時間差で、まぶたに映る複数の人型が、首から崩れ、ばらばらになった。


「さて……。そろそろ頃合いかしら。

 早く本気を出さないと、宣伝どころか全滅するわよ」


 つぶやいて、ロスペインは正面からゆっくり歩み出た。

 それから掲げた右腕を、横なぎに勢いよく振り下ろした。

 叩きつけられた血を編む鎖ヘマトクリットが、轟音とともに周囲の白煙を散らしていく。

 澄んだ光がさし込み、広がる血だまりと、白い戦闘服があらわになった。

 見れば、居並ぶ装甲車や兵器のたぐいも、純白の塗装で統一されている。

 それらは、煙幕の暗がりに慣れた目に、白く輝く宝石のように見えた。

 目を細めると、建物の上にも小さな光がまたたいている。

 複数の銃口が、今、私の脳幹を狙っている――。


 その想像は、体の深い部分に甘いしびれを伝えるようだった。

 深く息を吸い、彼女は、敵を迎えるように腕を広げた。


「ごきげんよう。僕がアデル・ノクスだ。

 ところで、今しがたシロアリを踏み潰した。

 あまりに貧弱だったが、貴殿らの軍隊とやらはどこにいる?」


 返答はなく、静寂があった。

 だが、嵐のような怒声と銃弾が降り注ぐまで、そう時間はかからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る