15. では、ここでCMである!
「総員、傾注!」
舞台上で、突然ヒルデガルドが声を張り上げた。
一点の乱れもない突き抜けるようなその声は、彼女の性格、ひいてはシュナイダーシュツルムの組織性を思わせた。
「我々シュナイダーシュツルムはこれより、デッドシティに降って湧いた災厄ともいうべき反社会セクト、ホワイトチョコレートに裁きの鉄槌を下すため、万機の進軍を開始する。
この、国家を憂う怒りの
『自由と幸福は、突然天から降ってはこない。恵まれるのではなく恵むために、我らはこの手で勝利をつかみとらなければならないのだ』
――この言葉を、我々は決して
自由と幸福と家族のために、我々は自ら戦地に臨み、以て死力を尽くすべきなのだ。
見よ! この今年度上半期予算を存分に投資した、絢爛きわまるイベントブースを!
となりのエーリカ婆さんもこの舞台の釘を打った。
孫たちも絵を描き手製のパンフレットを作成した。
この愛すべき仕事を守り抜き、新規顧客をつかめるか否かはすべて、貴様らの意志と妥協なき働きにかかっている。
立てよ、シュナイダーシュツルム! 我らに、白き栄光あれ!」
ハイル、ヴァイス。兵士らが声を合わせ敬礼した。
指三本を立てた右手を、ななめ上方に突きだす独特のものだ。
「では、ここでCMである!」
ヒルデガルドが宣言すると、画面が本当にコマーシャルに替わった。
アストリットが愛らしい衣装に身を包み、別人のような笑顔で着ぐるみと一緒に踊っている。
「何これ」
画面を見たまま僕は言った。
「クリーニング店のお知らせでしょう」
シンシャの声が返ってきた。
「年会費は50ウィール。
さらに追加で200ウィール支払うと、アストリット☆ファンクラブなるものにも入会できるそうです。
会員数は年々増加の傾向にあり、クラブのグッズ収益が彼らの大きな資金源になっているとか」
「それもその紙に書いてあるの」
「はい。戦力情報ですから」
「……」
まあ、資金源が何に依存しているかは、たしかに重要な情報ではある。
「ところで、残りの幹部ですが」
画面が再び舞台を映した。
「アストリットの左に赤髪の少女がおります。
名はエルネスティーネ。
彼女はアストリットの従姉妹にあたるそうですが、エルネスティーネのファンクラブはまだ作られていないようです」
「あ、その情報はけっこうです」
「では、肝心の固有能力ですが、エルネスティーネに関する記述は多いものの、いまいち特定できていないというのが結論のようです」
「どういうこと?」
「要約いたしますと、巨大兵器を好む性質があるとか、物理的に運用不可能な兵器を作りだすとか、しかし最後にはどれも爆発するから爆弾を作る能力の可能性もあるとか、全体的に具体性を欠く報告が多くあります」
「なるほど。まあ映ってる本人を見るかぎりじゃ、たしかに食えない雰囲気は感じるな」
その当人、エルネスティーネは舞台上で串に刺したソーセージをかじっていた。
となりの少年にちょっかいを出し、よく表情を変え、じっとしていることがあまりなかった。
そしてそれにも飽きるとアストリットの頭の上に自分のあごをのせ、うしろから彼女を抱きしめていた。気分屋であることは間違いない。
「反対に、エルネスティーネの双子の弟、フランツに関しては明快です。
彼には数秒から数十秒先の未来を予知する能力があり、この能力を活かして前線に立つことが多いそうです。
が、いつも決まって戦死しています」
「どうして?」
「姉の兵器に巻き込まれるからです」
「ああ……」
気分屋の姉に振りまわされる苦労人の弟。
非常に明快な関係だった。
ということは、この二人は一緒に行動すると見ていいのかもしれない。
「最後に、舞台左端の男性、ノーマンですが、彼は影が薄いことで有名です」
「なるほど。その書簡、無駄が多くない?」
「まあ、周辺情報が多岐に渡りすぎているきらいはあるかもしれません。
ただ、ノーマンのこれに関しては、重要情報の一部であると感じます」
「そうなのか……」
僕は舞台の端に立つノーマンに目をもどした。
彼は背筋を伸ばした折り目正しい姿勢で、にこやかに年下の幹部たちを見守っていた。
ただその顔色は非常に悪かった。
にこやかな顔のまま気絶して倒れそうな気配さえある。
「ノーマンは自他を問わず、その手で触れた生物の魔力を強制移動させる能力を持っています。
また移動させた魔力を専用のアイテムに保管しておくことで、緊急時には瞬時に味方を回復させることもできます。
くわえて敵に対しては、相手を即死させるほどの強力なドレインを行ってくるので、条件さえそろえば苦戦は必至の相手といえるでしょう」
「それは相当厄介な相手だな。
でもそんな人物が、なんで影が薄いなんてことに」
「まとめますと、ふだんから魔力をアイテムに移し続けているので、影というか、生物として存在そのものが希薄になっているとのことです。
ま他の幹部たちの印象が強烈であるために、組織内においてすら、影の薄い人、横にいる人、補佐の人、幹部衛生兵、などの不遇の呼ばれ方をしているとか。
ちなみに地位はナンバースリーです」
「……」
何か安易にコメントをすることが憚られるような人物だった。
仲間のために日々身を削ってアイテムを作っているのに、陰では幹部衛生兵と呼ばれている。
「どう? クリーニング屋の紹介は終わった?」
そこでいつものドレスに着替えたロスペインがもどってきた。
手には小さな包みを持っている。
「終わったけど、おまえはどこに行ってたんだよ。けっきょく会議も中途半端……」
だし。そこまで言って、僕は文句を飲み込んだ。
ロスペインは小さな包みの他に、もう一つ長い棒状のものを持っていた。
客間にあったコートハンガーである。
だが、そのコートハンガーからは今、瘴気ともいえるほどのどす黒い魔力が漏れ出ていた。
「なんだ、それ……」
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