14. お黙りくださいクソ市長

「おはようございます。ディーシーウェイブ、キャスターのガラドミアです」


 流れてきたのはニュース番組だった。

 スーツ姿のいかにも生真面目そうな女性が、デスクについて挨拶をした。

 彼女には一目で分かる特徴があった。

 耳の形がななめ上方にとがっている。分かりやすいエルフの特徴だった。

 だが、その印象は大きく異なる。

 穏やかであるとか超俗的であるとか、そうした一般的に認知されているエルフの雰囲気が、彼女からはまったく感じられなかったのだ。

 かわりにあるのは、殺す――としか解釈できない磨かれた鉛のような眼光と、あらゆる対話を拒絶する鉄製の硬い声音だけだった。

 その金属的な印象のすべてが整ったエルフの顔に収まり、こちらをまっすぐ見つめていた。

 ニュース番組を見ているはずなのに、僕は知らず息を呑んだ。


「諸君、ごきげんよう。昨晩に続き、また私だ」


 そしてガラドミアのとなりには、市長のゾラも座っていた。

 並んでいると、ゾラの大きさが際立って見えた。

 だが注意がいくのは、目の威圧感でガラドミアである。


「それではニュースをお伝えする前に」


 彼女は一度、ゾラを見た。


「昨晩、波乱の幕開けとなった第1999回のジャッジウィークですが、このままの継続は事前告知されていたものと大きく内容を異にします。

 これについて、市長はどのようなご意向をお持ちでしょうか」


 ゾラは鷹揚な笑みを作った。


「素晴らしいことだと考えている。

 何事にも不測の事態はつきものだが、嬉しい誤算は歓迎すべきだ。

 したがって、ジャッジは予定通り継続する。これは正式な決定事項である」


「市民全員と、たった三人との戦いということになりますが」

「そのとおりだ。それこそが前代未聞の闘争であり、私の期待する美しさでもある」

「美しさ、ですか」


 ガラドミアが眉をひそめた。


「きみも、私の元秘書なら分かるだろう」


 ゾラは横を向いて話し始めた。


「圧倒的な、絶望的な窮地に陥ったときこそ、我々の魂は真の闘争へと駆り立てられるのだ。

 その魂の輝きは、鞭で打たれた者にほとばしる汗と血の輝きによく似ている。

 そう。すなわちSMこそが真の闘争を理解するための原点であり、究極の……」


「お黙りくださいクソ市長。一切、分かりかねます」


 ガラドミアがさえぎった。


「ふむ。よかろう」


 うなずいたゾラは満足げだった。

 真の闘争がなんであるかは僕の方でも分かりかねたが、SMという言葉から分かったことが一つあった。

 昨夜の会見で、ゾラの道具という発言が笑いを誘った理由である。

 彼のその種の性癖は、大方の市民の知るところらしい。


「では、戦闘現場のVTRです」


 映像が何事もなかったかのように切り替わった。


「これは、昨晩の酒場の前でしょうか」


 シンシャがつぶやくと、ロスペインはゆったり頬杖をついた。


「いい風景ね。圧倒的な実力の前には、有象無象がいかに非力であるか、よく分かるわ」


 折り重なった数多の死体が、冬の朝日に照らされてしらじらと輝いているカットだった。

 そこにかぶるガラドミアのナレーションは、この光景がジャッジ開始後まもなくに作られたものであること、そしてロスペインが暴れた結果であることを伝えていた。

 画面がスタジオにもどった。

 鉄板のような声でガラドミアは言った。


「市長。ギャランティー分のコメントを」


「ふむ。まるで私が仕事よりも自分の趣味に走る変人であるかのような言い草だが。

 まあ、よしとしよう。

 諸君、空撮の絵に注目したまえ。この惨状からは三つの事柄が類推できる」


 打ち合わせにある進行なのだろう。

 隠された三つの事実、という文字が映像に重なった。


「一つ。知ってのとおり、ロスペインはデッドシティでも五指に入る実力者だが、今回はその仲間も水準以上の力を備えている」

「なぜでしょうか」


「死体の並びが不自然であることに着目したまえ。

 何かを取り囲んだまま一網打尽にされている。

 これを血を編む鎖ヘマトクリットがやったのであれば、その不意打ちを成立させるだけの囮役を、味方の二人が担ったことになる。

 つまり彼らは、二人で100を超える敵と対峙するだけの力がある」


「なるほど。残りの二つはなんでしょう」


「二つ目は、解説無用の明白な事実だ。

 諸君。諸君は早くもジャッジレートで対抗セクトに後塵を拝している。

 当然、このまま何もせず手をこまねいているわけにもいくまい。

 しかし自分たちが圧倒的に有利であると考えているなら、それは大きな間違いであるとも指摘しておこう。

 この広い街中にあって、諸君はどうやってたった三人の敵を探しだすのだろうか。

 見つけたところで敵が少なすぎて、レート差は思うようには埋まるまい。

 それだけでなく返り討ちに遭えば状況はさらに悪化する。

 となれば、三つ。戦術を特化させて諸君は敵に挑むしかない」


「その戦術とは」


「それは私が明かすべきではないだろう。

 指示したようでは決まりが悪いしな」


「ありがとうございました。

 市長のご慧眼けいがんに、ごく一部のファンどもも感服しているものと存じます」


「うん。コメントにとげを感じるのだが」


「気のせいではありませんか。

 ではここで、ウェストエンド・スクエアからの中継が入っております。

 現場のララノアさん」


 画面が替わった。

 スクエアとは方形の空き地という意味で、画面は今、中央に巨大なモニュメントのある広場を映していた。まわりには美術館や教会堂といった特徴的なデザインの建物が並んでおり、メインストリートの合流地点らしい壮美な景観を演出している。

 その画面に、明るい声が割って入った。


「はーい、ララノアでーす! みなさん生きてますかー、死んでますかー?

 わたしは今朝、ばらばら死体をたくさん見てきたんで、お口直しにチュロスを食べてます。

 もぐもぐ。ひゃーおいしい♪」


 ララノアと名乗った女性は、ガラドミアと同じくエルフだった。

 脳天気な言動そのままの、容姿と声と笑顔だった。

 ただし一つだけ、おかしな点がなくもなかった。

 それは彼女が片手でチュロスを食べながら、もう片方の手で巨大なハルバードを気軽にかついでいる点だった。

 ガラドミアの声が冷淡に響いた。


「食レポはけっこうです。中継をどうぞ」

「あ、はーい」


 残りを口に入れたララノアは、膨らんだ頬のまま中継を始めた。

 画面がスライドし、大勢の兵士を映しだした。


「ふぁい。現場はもう朝からふごい熱気なんでふねー。

 白い軍服、おふぉろいの腕章、直立不動で並ぶガフマスクの兵士さんたちは、言わずもがな、シュナイダーシュツルムの精鋭のみなさんでーす。

 直訳すると仕立屋の嵐! もう意味不明!

 とっても素敵なネーミングセンスだなって、ララノアは思います!」


 それではお邪魔しまーす、とララノアは威勢よく隊列に入っていった。

 彼女は今しがた、すごい熱気だとレポートしたが、映像にそのような気配は一切ない。

 動けば軍紀で処分される。

 そんな張りつめた緊張だけが、マスク姿の兵士たちからは感じられた。

 その空気の中で、ララノアだけが甲高い声を張り上げている。

 ハイ、チュロス♪

 彼女は迷惑がる兵士と記念撮影を始め、独自の視点でインタビューとレポートを強行した。


「何か予想と違うけれど。思いがけず、ちょうどいい中継が流れてるわね」


 ロスペインが言った。


「あれがシュナイダーシュツルムの軍隊よ。

 カールの言うとおり、さっそく仕掛けてきたみたい」


「彼らが私たちの敵になるのですか」 シンシャが言った。


「彼らが、じゃなくて彼らもよ。街の住民はほぼ全員が敵なんだから。

 とはいえ、実際はあいつらだけが相手になるでしょうね。少なくとも今日の午前中は」


「なぜですか」


「シュナイダーは腐っても最大手に数えられる組織だから。

 やつらがメンツのために私たちにケンカを売るなら、横槍はイコール、シュナイダーを敵に回すってことになる。

 だから中堅以上の組織は、外野からながめるだけに留めるはず。

 ごろつきみたいな連中だって、わざわざ流れ弾をもらいに戦場に出てはこないでしょう?」


「では、敵陣営が一つに固定される以上、シュナイダーの情報を手早く集められれば、有利にことを進められますね」

「そうね。まあ、中継はオマケみたいなものだけど。本命はこっち」


 ロスペインは、封蝋でとじられた書簡をシンシャに渡した。


「これは?」

「シュナイダーシュツルムの全戦力情報」


 僕は飲んでいた紅茶を吹きだした。


「何よ。汚いわね」

「いや、なんでそんなものがここにあるんだよ。さすがに手回しがよすぎじゃないか」


「なんでって、あなたも一緒に聞いてたじゃない。

 カールが言ったのよ? シュナイダーが来るって。

 それなら百パーセント、シュナイダーは私たちに攻撃を仕掛けてくる。

 だったらあとは金貨で情報を買うだけじゃない」


「そ、そうなのかな」


 薄々気づいてたが、ホテル・エルドラードは宿泊施設というより、裏社会の社交場といった側面が強い場所のようだった。

 その支配人であるカールはデッドシティの顔役であり、彼と旧知の仲であるロスペインは、今日のような場合を見越してここに足を運んだのだろう。


「そんなことより、ほら。クリーニング屋が雁首そろえてやってきたわよ」


 画面に目をやると、広場の東に作られた仮設舞台に、五人の男女が登壇していた。


「あれがシュナイダーの幹部ですか」

「みたいね。名前と特徴、書いてあるでしょ」


 シンシャは開いた書簡に目を落とした。


「女性三名、男性二名。首領は、中央にいるアストリットという少女です」

「あの子が……?」


 僕は画面をまじまじ見た。

 舞台の中央には、人形のような少女がいた。

 腰まで届くプラチナブロンドの髪をなびかせて、広場の噴水か、あるいは何もない虚空をぼうっとながめている。

 ただし着ているものは紛れもない軍服だった。

 つけられた階級章からも地位の高さがうかがえる。

 それだけに、小さな身の丈と生気のない視線が、人形のような、という奇妙な印象をいっそう強めている。


「一度だけ見たことがあるけど」


 ロスペインは言った。


「あいつはあんまり相手にしたくないタイプね。

 見境なく即死級の弾丸を乱射してくるようなやつだから」


「あの見た目で、そういう感じなのか」

「首領アストリットは、父である先代の一人娘で、触れた兵器を自律行動させる能力があるそうです」


 シンシャが補足した。


「そして、そのとなり。背の高い女性が、実質シュナイダーシュツルムを取り仕切っている、ナンバーツーのヒルデガルドです。

 ヒルデガルドの能力は強固な盾を作るという地味なものですが、首領のアストリットが攻撃に特化したスタイルであるため、二人がともに行動すると接近すら困難になる、とこちらの書簡には書かれています」


「ふうん。なら、二人を分断することが作戦の要になりそうね」

「そのようです」


 ロスペインはおもむろに立ち上がった。

 便せんを用意し、何かをさらさらと走り書きすると、


「この手紙。ダイナマイトでも吹き飛ばないように適当に保護して」


 と僕に渡した。


「なんで」


 何も答えず、ロスペインはリビングを出ていった。


「なんなんだよ……」


 しかし受け取ったからには放置もできない。

 左右の手でそれぞれべつの魔法陣を展開しながら、僕は画面に目をもどした。

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