13. こんにちは、死ね!
「さて、そろそろ会議を始めましょうか。あなたたちも席につきなさい」
僕をからかって満足したのか、ロスペインはそっけなく言った。
会議とは、今日のジャッジをどう切り抜けるかの相談だろう。
彼女風に言えば、どう攻め崩すかの作戦会議だ。
僕は対面のソファーに腰を下ろした。
シンシャは勧めても座らないだろう。
給仕に差し支えのない位置に彼女が移動したのを見て、ロスペインは口を開いた。
「まあ、といっても私はふだん一人で動くから、会議や作戦なんてそもそも性に合わないのよね。
司会進行とかダルいだけだし。
で、アデル。何か言いなさいよ」
「何かって。いきなりだな」
僕は左手をあごにやった。
「じゃあ、どういう作戦を立てるにしても、達成すべき目標をあらかじめ明確にする必要がある。
たとえば、この一週間で何をすべきか。そのために今日は何をするか。これを最初に決めよう」
「つまり、勝利条件?」
「そんなところだ」
「それなら言うまでもないじゃない。
ジャッジに勝つには、セクトの総レートが相手のそれを上回ってればいい。
ようするに、敵より多く敵を殺せばこっちの勝ちよ」
横から石筆を走らせる音がした。
どこからか石盤を持ってきたシンシャが、ロスペインの発言を記録していた。
勝利条件、1。敵より多く敵を殺す。
頭痛がした。
「……確認だけど、敵より多くっていうのは、そのままの意味でいいんだよな。
仮に相手がゼロだとしたら、こっちが一でも勝ちは勝ちって感じで」
「そうね」 ロスペインはうなずいた。
「じゃあ僕たちは、すでに勝利条件を達成してるわけだ。
昨日の夜に二人がレートを稼いだから。
このまま誰も死なずにいれば、それだけでセクトの勝利になる」
「は、こざかしい。いかにも貧乳好きが選びそうな戦略ね」
「ちょ、どういう意味だ。だいたいいつ僕がその……そういうのが好きって話になった」
「さっきそう言ってたじゃない。貧乳が好きと」
「言ってない!」
議事録をつける音がした。
備考。御主人様は貧乳が好きとは言っていない。カカッ。
ええ……?
「いずれにせよ、勝ち逃げのために身を隠すなんて、ジャッジの最中には許されないわ」
「おまえの性に合わないからか」
「違うわ。ハローポイントがゼロになるからよ」
「ハロー、……何?」
場違いな響きに僕は首をかしげた。
「ハローポイント。あなたみたいに、自分のレートを稼いだらあとは隠れてすごしましょうっていう三下を、まとめてぶち殺す最高の制度よ。
反対に、ジャッジウィークで稼ぐには最低限押さえなきゃならないルールでもある」
「どういうルールなんだ」
ロスペインはパンを指で千切った。
「ハローポイントは、一日のうち何人の敵と出会ったかを示す数値なの。
そしてこの数値は、毎日午前零時に、個人のジャッジレートに
で、ハローポイントの基本値はいつもゼロ。
20人の敵と接敵するとはじめて一になって、100人目から2……、200人以上で3……というように少しずつだけど増えていく。
まあ増えても零時にリセットされるけど。
つまり、いくらレートを稼いだからといって、次の日にずっと隠れていると、日付が変わった時点でそいつのレートはゼロになる。
一日20人という最低限の戦闘すら済ませていないってことでね。
見たことない? こんにちは、死ね! っていう街の張り紙。あれがハローポイントのスローガンよ」
「ああ、あれ……」
見たときはいったいなんの広告なのかと思ったが、話を聞いた今でも張り紙にする意味はまるで分からない。
あれも一種のプロパガンダなのだろうか。
「となると、稼いだレートを維持するためには、勝ち負けはべつにしても、とりあえず20人以上の敵と毎日会わなきゃいけないのか」
「そうね。同時に、ハロー成立には条件があるわ。
1、お互いが相手を認識している。
2、1が成立してから20秒以上経過する。
3、敵はジャッジウィーク中に初対面の相手である。
この三つ」
「なるほど。面倒、というか厄介だな」
イレギュラーは認められない。
どうやっても戦闘が発生するように仕向けられているルールだった。
たとえば、仮にハロー成立だけを目的に敵同士が示し合わせても、では20秒経ったので別れましょうとなったとき、どちらかが裏切れば不意を突かれた相手は圧倒的に不利になる。
逆に裏切る側はリスクが小さく、メリットが大きい。
であれば、ルールの意図通りに立ち回った方が、逃げるにせよ戦うにせよ、けっきょくのところマシということになる。
「そういえば昨日、杖を持った男が言ってたな。
慣例に従い20秒待つって。
あれはハローが成立するまでの20秒だったのか」
「そうね。だいたいその20秒で相手のレートを確認したり、あれば二つ名を見て対策を立てたりする。
気分が乗れば、適当な口上を並べたりして」
「じゃあ実質、不意打ちなんかはできないのか。
いや、やろうと思えばできるけど、ハローポイントが貯まらないから、最低20人とはまっとうに戦う義務が生じる」
「そういうこと。ただハローを済ませない戦闘はそもそも無効試合だから、殺した側にもポイントは入らないわ。
それがあるから不意打ちは少ないし、主流にならない。
でも、死んだ方のレートは死因がなんであれ必ず下がるから、
『自分に利益がなくても相手のレートをひたすら下げたい』
なんて場合には、手段を選ばず闇討ちや毒殺なんかが横行する。
まあ、それで死ぬやつは普通にやっても雑魚なんだけど」
そういうものか。とロスペインの言葉にうなずきかけたときだった。
「あれ? でも僕たちは、全員で三人のセクトだよな」 と僕は言った。
「そうよ。で?」
「ハロー成立に必要な二十人を、相手セクトはどうやっても確保できないんだ。
しかも一度でも僕たちに出会えば、ジャッジ中、初対面の敵がいなくなる。
だから今回、相手セクトの勝利は、そもそもルール的にありえないんじゃないか」
「ルール的にありえない、ということがルール的にあることはありえない、とは思えない?」
「え、ええと……」
「たとえばジャッジの存在を昨日知ったギルティーなオスが、ぱっと聞いて気づく程度の抜け道なんてとっくのとうに?」
「……ふさがれてる、と思います」
「そのとおりよ。賢いじゃないアデル」
優しげに微笑みかけられた。嬉しくなかった。
「じゃあ、変則ルールがあるのか」
「そう。細かい点を省くと、とりあえず今回の敵はハロー成立の条件が緩和されている。ハロー成立に必要な人数は一。もちろん初対面の縛りもなし」
「なるほど」
つまり敵は、僕たち三人の誰か一人を見つければ、それでハローをクリアできる。
「一つ、よろしいでしょうか」
僕たちは声に振り返った。
黙って書記役をしていたシンシャが手をあげていた。
「何、シンシャ」 ロスペインが答えた。
「私たちのレートを維持するためには、毎日20人以上の敵と接敵しなければならない、ということは理解しました。
では、元からキルレートがゼロである御主人様は、ハローポイントを気にせずに、安全な場所に隠れていてもよい、ということですか」
「普通ならそうね。だけど、今回はべつ」
「べつ、ですか」
「私たちのセクトが極端に数の少ないセクトだから。
少人数セクトの場合、メンバーの3分の1以上が、ジャッジレートゼロのまま日をまたぐと、セクトの総レートがゼロになるのよ。
戦闘の意思なしと見なされて」
「では……」 とシンシャが言いよどんだ。
何を迷っているのかは察しがついた。
僕のレートがゼロではいけない。
つまり僕は、誰かを一度は殺さなければならない。
そういうことだろう。
「何を言いたいのかは察しがつくけど」
ロスペインは肩をすくめた。
「先にシンシャの勘違いを正しておくわ。
ジャッジの参加者には一日につき1ポイント、自動でジャッジレートが加算される。
だからこいつのレートは今ゼロじゃないわ。よかったわね」
「では、毎日20人の接敵さえ済ませれば、あとは安全を優先してもよいと」
「そういうことね。残念ながら」
シンシャの表情が、変化に乏しいながら明るくなった。
そんな気がした。
「まったく。戦う算段を立ててるっていうのに、主従そろって逆のことばかり気にするなんて。
言っておくけど、今の状況じゃ逃げても隠れてもけっきょく戦いは避けられないのよ」
「分かっています」
シンシャはロスペインを見つめ返した。
「しかし無謀な戦いは可能なかぎり控えたい。
それが私の意向でもあります」
「私の意向ね。ま、いいけど。
どちらが正しいか、そのうち嫌でも理解するわ。
50万対3という現実をね」
ロスペインは右手の人さし指を壁に向けた。
そちらには大型のビジョンが据えられている。
酒場にあった水晶盤のそれより、いくらか古めかしいタイプである。
その画面がロスペインの指に合わせて映像を出した。
「おはようございます。ディーシーウェイブ、キャスターのガラドミアです」
流れてきたのはニュース番組だった。
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