06. はじめましょう。私たちの殺戮の時間を

 苦笑していると、店の奥からも拍手と歓声が聞こえてきた。

 時刻は0時5分前。

 彼らの視線を追うと、店に設置された水晶盤のビジョンに映像が見えた。


 無人の演壇と、紋章が刺繍された垂れ幕の背景が映っている。

 会見の中継らしい。

 ほどなくして映像に拍手の音が重なり、一人の男が演壇に現れた。

 灰色の肌を持つ、筋骨隆々の男である。


「諸君。私だ」


 低く太い、品格ある声が聞こえた。顔にも見覚えがあった。

 マルキ・ド・ゾラ。

 彼はデッドシティの市長であり、この街で唯一、名乗りの必要がない男だった。


「今宵もジャッジのときがやってきた。私はつねづね、暴力には新しい創造性が必要だと訴えてきた。もはや、引き金を引けば敵が死ぬといった牧歌的な時代は終わりを告げた。世界は新たな引き金を求めている。

 そこで私は、暴力そのものに、ある種の貨幣としての役割を持たせ、生と死をくりかえす者だけに共有される特別な市場を用意した。

 それこそがこのデッドシティであり、キルレートという純化された暴力の本質である。

 そして、円熟を迎えたジャッジシステムは、次回で2,000回の節目を数えることになった。これは私一人ではとうてい成しえなかった偉業である。

 市民よ。デッドシティにつどう五十万の愛すべき市民たちよ。栄えある世紀の瞬間を前に、私はきみたちに心からの賛辞を送ろう!」


 中継先で喝采が起こり、集まった人数の多さがうかがえた。

 店の客も同様に盛り上がり、手を打っている。


「さて。事前の告知通り、今回のジャッジは2,000回記念の前祝いとして、優勢セクトに所属した者全員に、キルレート百ポイントを与えることになっている。その甲斐あって、ジャッジの申請率は過去最大の92パーセントを超え、無事、皆が同一セクトに集うことになった。

 これはある意味、デッドシティにおける最初で最後の平和的な一週間と言えるかもしれない。なぜなら参加者全員が同じセクトに所属しており、殺し合いのしようがないからだ。

 むろん100ポイント程度では物足りないという猛者も大勢いるだろうが、なに、その場合は、特別にこの私が貴殿らの相手をするのもやぶさかではない。しかるに対戦を希望する者は道具を持参し、ぜひとも私の元へやってきたまえ」


 笑い声が起こり、また拍手があった。

 どうやら道具という発言が会場の笑いを誘ったようだが、そのあたりの事情は分からない。

 ゾラは笑いながら両手を見せて聴衆が静まるのを待ち、やがて口を開いた。


「しかし、だ。諸君には一つ、私から伝えなければならないことが増えてしまった。これは非常に残念なことに……いや、むしろ本質的には喜ばしいことだが……まあ、なんと言葉にすればよいものかな」

 ゾラが横に視線を移した。

 わきから紙が差しだされ、彼はうなずいた。


「なるほど。では伝えるとしよう。今回のジャッジには、対抗セクトの者が存在しないと私は言ったが、じつのところあれは数分前に覆った。これは確定事項である。命知らずの英雄が二名、デッドシティのすべてを敵に回し、反抗の狼煙のろしを上げたのだ。私は、このような美しい戦士たちを200年前から待っていた。敬意を込めて、ここに彼らの名前を読み上げるとしよう」


 ゾラは右手を高く掲げた。


「一人目は、錬金術の大家が一つ。かのノクス家が嫡男、アデル・ノクス。

 二人目は、アデル・ノクスの麗しき従者。銀髪のホムンクルス、シンシャ。

 この両名が、現時点をもって我々デッドシティの敵となった」


「……え?」


 聞き違いだろうか。

 僕は画面を見たまま停止した。

 ノクス家。アデル。銀髪のホムンクルス。シンシャ。

 世界に二つとない符号の一致が、ゾラの言葉には存在していた。

 聞き違いでなければ、ゾラの言い違いということだろうか……?

 何がなんだか分からない。

 僕は呆然としてシンシャを見た。

 いつもの調子で「御主人様、何か勘違いをされてませんか」そう彼女に言って欲しかった。


 だが、シンシャはこちらを見ていなかった。眉根を寄せて、しぼり出すようにつぶやいた。


「ロスペイン、あなたは」


 ふいにロスペインが立ち上がった。

 彼女は何も言わず、悠然とした足取りで酒場の奥に歩きだした。

 その背中には、あるべき場所に帰るような勝者の余裕があふれていた。


「私の挨拶は以上である。それでは諸君。今宵も、狂乱の宴を始めるとしよう!」


 ゾラの宣言と同時に、街中に大きな鐘の音が響き渡った。

 すると、客席に向かって歩いていたロスペインが、指揮者のように優雅な手つきで両手をあげた。


 その向こうに、僕は見た。

 比喩ではなく、目を赤く光らせながら、一心にこちらを見つめる男たちの姿を。

 腰からサーベルを抜き放つ者。

 両手で斧を握りしめる者。

 いしゆみに矢をつがえる者。

 銃の遊底をスライドさせる者。

 むちやりかぎなた、メイス、ハンマー、各々の武器をそれぞれにかまえ、次の瞬間、彼らはいっせいに椅子から立ち上がった。


 その光景は、現実に思考が追いつかない僕の目に、ひどくゆっくりしたものに見えていた。

 そうして何倍にも引き延ばされた時間の中で、最後に、こちらを振り返るロスペインの姿が目に入った。


「さあ、始めましょう。私たちの殺戮の時間を」


 彼女の口もとが愉悦に歪んだ。

 そのとき、ようやく理解した。


 僕たちは、裏切られたのだ。

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